第36話 謁見に先立ち。

 寮に帰って悩むが、やはり思い出せない。何だろうと思い、転生直後に忘れないようにと書き記したメモを探す。


「あれ……。荷物の一番奥に入れておいたつもりなのに……」

「ウィナ。どうしました?」

「私の子供の頃の思い出の品とかしまってある箱わかる? お花の彫ってある木箱なのだけど」

「百合の花のですか?」

「え? 知ってるの?」

「ええ。大事にしてるようですのでこちらに……」


 とハンナが部屋の奥から私の箱を持ってきた。中身を見られても困ることは無い。中のメモは日本語で書かれている為、ハンナに読まれることも無いからだ。だけど、そんな珍妙な文字を見られるのも少し良くない気もしてしまう。


「あら?」


 箱の中には私が親などから貰った子供向けのアクセサリーや、小物などが入っている。その中に十年ほど前に思いつく限りメモをして折りたたんだ紙が入っているはずなのだが。箱の中にはそれと同じような紙切れが入っているのだが、妙に新しい気がする。


 少し慌てながらその紙を広げる。


 ……。


 ――やあ。パパだよ。ウィナが王都に行ってしまうのがさみしくて、ウィナの宝箱から、ウィナが子供の頃に書いた不思議なデザインの柄の紙を記念にパパが貰っちゃうよ。代わりにこの紙に、パパからウィナへの想いのこもった詞――


 ビリビリビリビリ……。


 私は父の手紙を読み終えず思わず破り捨てる。


「ウィナ! なんてことを。旦那様のお手紙を……」

「……ハンナ。これ、知ってたのね?」

「え、えっと……。出発の日に旦那様がお部屋を訪れて……」

「ああ……」


 私は頭を抱え崩れ落ちる。


 ――あいつ夏休みに帰ったらぶん殴る……。


 それにしてもやばい。もっと定期的に思い出すようにメモを見ればよかった。十年近く前に読んだ小説の中身をそこまで詳細に覚えてられるわけはない。


 ああ。なんかモヤモヤする。でも分からないものはしょうがないのだけど。

 


 ……。


 

 あっという間に二週間が経つ。モヤモヤする感覚は置いておいて、陛下との謁見を目の前に、緊張とドキドキの中私は王城へ生きていく服を悩んでいた。殿下がスーツNGを出したので、ドレスになるのだが……。


「ちょっとやばい女の雰囲気を出すのはどうかしら?」

「やばいってなんです?」

「やばいって……うーん。なんというか偏執的な?」


 そうか、メンヘラとかそういう言葉この世界に無いわよね。説明が難しい。


「確か、ゴスロリっぽいのが……」


 以前、父が私に買ってくれた服があったはずだ。私だってもうお姉さんのつもりなのに、いつまでも子供扱いしたがる父が、少しゴスロリっぽい服をプレゼントしてくれたことがあった。


 あまりそういう趣味は無いのでほとんど着て無いのだが……。ああ。あのクソ親父を思い出すとちょっとまた怒りが込み上げてくる。


「ああ、そんな服ありましたね。でもウィナ、ちょっときついんじゃない?」

「ダメかあ」


 普段着ない衣装ケースの奥から出してきた服は、どうももうサイズアウトしてるようだ。実際私は14歳。もう数ヶ月で15歳。どんどん成長する時期だ。しょうがないだろう。


「でも、ウィナ。あまり悪印象を持たれないほうが良いんじゃないの?」

「だって許嫁の解消のためなのよ? 殿下は許してもらえなくて私が行くのだから。その上、こんな素敵な令嬢、手放すんじゃないぞ! なんて話になっても困るわ」

「もう、許嫁の解消には何も言いませんが……。そうでなくても印象が悪くなってしまうのですから、少し可愛らしい服が良いと思いますよ」


 かと言って、謁見内容から考えて派手な服もおかしい。うーん。可愛らしいか。


「少し子供っぽさを出す感じはどうかしら」

「十分子供っぽいですよ?」

「し、失礼ね! でも淑女が来るより女の子っぽさが出たほうが陛下の気持ちも優しくなるに違いない!」

「どうするんですか?」

「フラットカラーのワンピースの服があったわね。シンプルな。そして靴下は三つ折り……」


 イメージはピアノの発表会で出てくる女の子のような清楚であどけない感じ。まだ私でも行けるに違いない。ホントなら学院の制服がきっといい感じなのかもしれないが流石に不味いと思う。

 キツめな自分のイメージを崩そうと、割と柔らかい印象の服は多く持ってる。これもそんな服のひとつなのだが……。


 うん、髪も七三にして、少しおでこを出す感じで。

 鏡の前に座り、髪型などをいじってみる。


 ……うん。恐ろしいわ私のスペック。


 若干きつそうな目が頂けないが、何をしてもそれなりに似合ってしまう。よし、これで行くとしよう。



 明日は朝、殿下が寮の前まで迎えに来てくれるという。それまでに準備をして寮の外に行くとなると……。早く寝るべきだろう。


 ――きっとなんとかなる。


「ハンナも一緒に寝ましょう」

「私はもうちょっと片付けをして……」

「明日でいいよー。一人じゃ寝付けない」

「……はいはい。もう。ちゃんと明日の朝起きるんですよ?」

「そのために早く寝るの」


 服を選んで散らかしまくったクローゼットを整理していたハンナが諦めたようにその手を止め、シャワーを浴びに行く。

 使用人は私達のように寮の共同浴場を使えない為に、部屋の隅に小さなシャワールムがある。ベッドに入るならちゃんと体を洗って着かえる。ハンナは生真面目ね。


 ベッドの上でゴロゴロしながら、ハンナのシャワーを浴びている音を聞いているうちに。私はいつしか眠りについていた。

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