第31話 遅く起きた昼は 2

 小説の中で悪役令嬢はあくまでもエリーゼの敵として存在していた。そしてその存在はそこまで大事にされていなかったように思う。だから小説の中では悪役令嬢視点での話が書かれたことは殆どない。

 あるとすれば(あの子……なんのつもり……)みたいな一瞬の心のつぶやきくらいだった。


 これまでの状況から考えるに、イライジャは私に何らかしらの興味を持ったのかもしれないが……。


 私は必死に思い出そうとするが。なかなか出てこない。そんなシーンは小説には出てこないのは確かだろう。そして……。イライジャの登場はどういう形だっただろうか。


 ……。


 たしか。イライジャの登場は、エリーゼがショックを受けて涙を流しているところを偶然見かける感じだったと思う。そしてその涙に……あれ?


 うん。ちょっと待って。今回イライジャは私が泣いていた時に登場した?


 ……やめてよ。

 まさか涙がフラグになってるとか言わないでしょうね。どうするの、これ。


 えっと。えっと。エリーゼがショックを受けて涙を流すのって……。


 

 ……あ。私だ。


 殿下と悪役令嬢がキスをしているところを目撃するんだ。

 と言っても、実は悪役令嬢が無理やり的にそういうシチュエーションを作ってという話だったのだけど。……無いわ。私が殿下とキスするなんて。

 特に今の殿下との関係でそれはありえない。


 本当にどうすればいいの?


 ……。


 ……。


「ウィナちゃん。面白いね。コロコロと表情が変わって」

「え……。じょ、女性の顔をそんなマジマジと見ないでください。失礼ですっ」

「ほらほら、そうやって怖い顔しないの」

「怖い顔をさせているのは貴方です!」


 もう、本当に面倒くさい人だこと。


 食堂についた私達はカウンターでポットに茶葉とお湯を入れてもらう。二分ほどしたら自分たちでカップに注いで飲む感じだ。

 

 イライジャがポットを受け取ったので、私はカップやミルク、角砂糖をお盆に乗せて運ぶ。

 私たちはテーブルを挟んで向かい合っ……わずに、何故かイライジャは私のとなりの椅子を引き、そこにデンと座る。しかも座って足を組むものだから、その足が私に触れそうな距離だ。


「ちょっ。せめて向かいに座ってください」

「別にお昼を食べる訳でもないし」

「近いです。近いですって」


 駄目だ。この人何を言っても聞かない……。

 だんだんこの精神バトルに押されつつある。


「で、こんな強引に……。何か私に用でもあるのですか?」

「ん? うーん。何か特別な用が必要?」

「そ、それは、当然です。私に授業をサボタージュさせたのです。当然理由をお聞かせ頂きたいですわ」

「そうなか。素敵な女の子とお話をする。それで十分理由にならないか?」

「ま、また貴方はそういやって……」


 うぐ……。


 嫌いなキャラとはいえ、イライジャの設定もかなりの美男子だ。殿下が真面目な正統派の美男子だとすれば、イライジャは少し軽いナンパな美男子。

 私だって一人の女性だ。こんな間近で顔を覗き込まれたら……。少しドキッとしてしまう。


 まずい……。


 私は前を向き、イライジャの顔を見ないようにする。


「貴方はブルーノートの人間です。それが私に近づいてきたら、何か悪いことでも企んでると考えるのが普通なのでは?」

「うーん。だって学院では身分の差など、家のことは持ち込まないって決まりだろ?」

「それはあくまでも建前じゃないですか」

「建前であろうとも、だよ。そんなつまらない事で素敵な女性とお近づきになる機会が失われるなんて僕はゾッとするね」

「じょ、女性なんて私以外でもいくらでも居るじゃないですか」

「まあそうだね。でも、君ほどの美人はなかなか居ないと思うよ」

「そのようなこと、何度も言われましても困ります」

「はっはっは」


 何がおかしいのか、イライジャは楽しそうに笑う。

 それでも私は前を向いて視線を外していた。


 と。


「でもさ。諍いって言うのは国のためにもあまり良いことじゃない気はするのよね」

「え?」

「だから、僕とウィナが仲良くなるというのは、そんな悪いことじゃないと思うんだけどね」

「それは……」

「今は王国では3分の2の貴族が、何らかの派閥に属しているという。そして主要派閥は5つあるのは分かるよね?」

「……何を言いたのですか?」

「その内の2つの派閥が王兄派と言われてる。そして現王派はアンバーストーン家だけと言われる。やはりここで中立のブルーノートと仲良くすることの意味というのは分かると思うのだけど」

「わ、私は政治には疎いもので、そのような事を言われても……」

「分かるはずだ。君は十分に聡い」


 イライジャは自信あり気に片目を瞑る。


 ……いや。おかしい。


 元々ブルーノート家もゴリゴリの現王派だったと思う。

 そして現王と私の父が学院の同期ということで親しく、アンバーストン家を中心とする派閥も比較的現王寄りだ。そして私が王子に嫁ぐことで、現王派の主流をアンバーストーン家に取られる事を嫌がり対立していたはずだ……。

 私の断罪イベントの裏での派閥間の駆け引きはそこにあったはず。


「ちょっ。ちょっと待ってください」

「何かな?」

「ブルーノート家が中立だという話は嘘なのでしょ? 間違いなく現王派閥だったと思いますが」

「ん? うーん」

「ふざけないでください!」

「あら、本当に政治に興味がないと思っていたのに」

「興味はありませんが、それは誰でも知ってることじゃないですかっ」

「うーん。ふふふ。じゃあ、同じ現王派どうし、仲良く出来るじゃないか」

「なっ……」


 気軽に嘘をつき、それがバレても全く悪びれる様子がない。

 そんなイライジャに私は絶句してしまう。


 ――もう知らない。


 私は色々と諦め、イライジャの相手をする。そんな様子にもイライジャは嬉しそうな表情を浮かべ話を楽しんでいた。


 ザワ。ザワ。


 やがて二限目の授業が終わったのだろう、食堂にぞろぞろと学生たちが入ってきた。

 結局こんな時間まで話し続けてしまった。私はため息混じりに話しかける。


「授業が終わったようですね。残念ながら私は聞きそびれてしまいましたが」

「それは残念だ。でも、もしわからないことがあったら先輩の僕が教えてあげるから、いつでも頼ってくれよ」

「ははは……」


 食堂に入ってくる面々を見ていると、アマリアがテリーとドリューと共に食堂に入ってくるのが見えた。私は手を上げてアマリア達に自分の事を知らせる。


 いいタイミングだ。


「さて、私はお友達と一緒に食事をする約束があるので」

「そうか、残念だな。食事も一緒に楽しみたかったんだけど」

「また機会があれば、で」

「ああ、そうだね。期待しているよ。楽しかったよ」

「はぁ、あまり期待されても困るんですけどね」

「ふふふ」


 ちょうどその時、殿下もクルーガーと共に食堂に入ってきた。殿下は空き席の様子でも確認するかのように食堂の中を見回し、私と目が合う。


 ――げ。


 いや、良いのか。別に私が他の男性と話をしていても。


 その殿下は私の横に座るイライジャを見て少し驚いたように目を見開く。私の視線を追ったのだろう、イライジャも殿下に気づいたようだ。立ち上がり、少し大げさに挨拶をする。


 すると殿下がクルーガーになにかささやくと、一人こちらの方に歩いてきた。


「これは、イライジャ先輩。珍しい組み合わせですね」

「そう見えますか? うん。これでも僕はウィナとは友達でしてね」

「ブ、ブルーノート様っ!」


 何てことを言うんだ、この人は。私は慌てたように抗議の声を上げる。しかし殿下は特に気にしていないといった表情で私の方に向かう。


「ウィノリタ」

「は、はい」

「別に君の交友関係に色々言うつもりは無いが……」

「はい……」

「今の立場を考えて、きちんと真面目に授業を受けてほしいところだな」

「すいません」

「こんなところで授業をサボって、一体君は何を考えているんだ」

「すいません」

「……まあいい。立場を考えてくれれば良い」

「はい」


 確かに、まだ私は殿下の許嫁だ。王族や貴族といった立場のある人間が面子を重んじるのは当然だ。でも……。


 ――許嫁を解消する予定なんだから少しくらい……。


 そう思ってしまうのも否定できない。

 殿下は少し不機嫌そうに列に並んでいるクルーガーの方へ戻っていく。


 私はその後姿を見つめながら、惨めな気分を感じていた。



※うう……。間に合うのか。文章や内容がちょっと荒くなっちゃうかもしれませんがご了承ください。

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