喪家の狗、伝説になる

麦田 花太郎

第1話 最期の夜

夏が近づき18時を超えてもまだ明るい中、住宅地で建設作業をする数名の大工。

その中の責任者と思われる老齢の男性が声を張り上げる。

「おいおめえら! 今日はここら辺で終いにするぞ」

はい!と各々声をあげ、慣れた手つきで片付け作業を始める。

そんな中、未だ作業を続けてる一番若手と思われる男に再度声をかける男性。

「山崎! 今日は終いだって言ってんだろ! 今日の夜は雨らしいから、対策しっかりしとけ。今週にはそれ仕上げだぞ」

ビクッと肩を震わせた男は手を止め声をかけてきた方を見る。

「はい親方!すみません!」

作業を止め、片付けを始めた山崎に満足した親方は自分の作業に戻る。

山崎の周りの大工たちも焦ってもいいもん出来ねえぞと笑って声をかけ、山崎は頬を掻く。


流石に夕日の赤が強くなった時刻。

それぞれが帰路につく中、山崎は慌てたように走って現場を後にしようとする。そんな山崎をからかうように中年の大工が声をかける。

「なんだ山崎彼女できたか?」

数名の他の大工も似たような声をかける。山崎は振り返り困ったように首を横に振る。

「違いますよ、幼馴染です。男の」

山崎が久しぶりに会うんですという言葉を言い終わる前に、なんだ男かよ、解散解散と興味を失った男たちはそれぞれの車に乗り込む。そんな男たちに苦笑いしながらお疲れ様でした!と今度こそ走り去る山崎。


飲み屋街には大学生から仕事終わりの社会人が溢れかえり、山崎の行く手を阻む。

信号待ちの間に携帯で「悪いもう少しでつく」とメッセージを送るとすぐ狼のOKスタンプと「ゆっくりでいいぞ」のメッセージが送られてくる。

青に変わったタイミングで走り出し、人ごみに消えていく山崎。


大通りから一本外れた路地にある小さな居酒屋の暖簾をくぐり、約束の相手を見つけ向かいに座る。

「悪い、待たせた涼」

店員からおしぼりを受け取りとりあえずビールを頼む山崎は向かいに座る男に向けて謝る。そんな山崎に気にすんなと笑う涼。

笑うと目が線になる昔ながらの笑顔を見せる涼は記憶よりも疲れて見え、どことなくいつもと何かが違う気がして何かあったか?と声をかけようとしたタイミングでオーダーしたビールが届き店員に礼を言う。

「おら、乾杯しようぜ大地。久々の再会に」

寒いこと言うなよと言いながらグラスを合わせる二人。


話をしているうちに涼に感じた違和感を忘れ、気づいたら閉店時間になっていた。

「いやー、久々に大地と話せてよかったわ」

涼は駅までの道を並んで歩きながら酒を飲み赤くなった顔で言う。

「これからはちょいちょい飲もうぜ、お前も転職して時間あんだろ?」

ちょっとの間の後そうだなとつぶやく涼。変な間と心なしか声に元気が無くなったことに違和感を感じ、隣を見るが今日は飲み過ぎちまったわーと笑ういつもの涼がいて気のせいかと納得する。

改札を通りホームに着くと遠くに涼が乗る方面の電車の灯りが見える。

「今日は俺の話ばかりでお前の近況聞けなかったから、また来週か再来週にでもどうよ」

涼は曖昧な困ったような笑顔を浮かべる。どうした?と大地が聞くが少しの間流れる沈黙。アナウンスが聞こえ騒がしくなるホームでちょうど雨が降り出した空を見上げる涼。

「なあ大地、毎日毎日今日が早く終われって思いながら生きる人生に意味ってあると思うか?」

電車がホームに入ってきて扉が開き、大地がどう言う意味だよと問いかけるが、涼は言ったことに満足したのか答えず電車に乗り込む。そんな涼におい!と声をかけ、引き留めようと手を伸ばすが、電車内の扉付近で振り向く涼はいつもと変わらない笑顔を浮かべている。

「俺、お前に会えてよかった。今日はこれだけが言いたかったんだ。今までありがとうな」

言い終わると同時に扉が閉まり、電車は走り去ってしまう。

急いで携帯を取り出し「大丈夫か?また何かあったのか?」とメッセージを送り、次の電車の時刻を確認するが涼が乗った方面は今のが最終であったことに気づき舌打ちをする。いつもはすぐ返信する涼が既読すらつけないことにやきもきして、追撃でメッセージを打ち込もうとしたところで先輩大工から電話がかかってくる。電話に出ると明日の集合時間が早まるとの連絡だった。ただでさえ比較的早い時間から仕事を始めているので今から帰ると4時間くらいしか眠れない。電話を切った後再度舌打ちをすると涼から「悪い、ちょっと飲み過ぎておセンチになってたみたいだわ。大丈夫だから、お前も気をつけて帰れよ」メッセージが来る。「本当に大丈夫なんか?お前の家行くぞ?」と送ると「来んな来んな笑 今部屋汚いからお前泊められねえし、また今度な」とあいつお気に入りの狼のスタンプでダメと返信が来る。そのタイミングで自分が乗る電車もホームに入ってくる。「わかった、じゃあ今日は帰るけど、お前が部屋汚いのはいつもじゃねえか」と電車に乗り込みながら送ると間髪入れずに怒った狼のスタンプが送られてくる。


次の日、案の定一回のアラームで起きられず、何度目かのスヌーズアラームで目が覚めた大地は慌てて身支度をして家を飛び出す。今日はまだ朝早いのにもうすでに気温が上がり始め、昨夜の雨で蒸し蒸しとした空気を感じ思わずあっつと声が出る。事務所に着くと親方がすでにいておはようございます!と挨拶をする。すると親方は片手を上げ、おうと言うとそのまま手に待っていた朝刊を読み続ける。

日課の事務所の掃除を終え掃除道具を片付けながらポケットに入れた携帯を見ると涼からメッセージ通知があることに気づく。ロックを解除しようとパスコードを打ち込もうとした時、全員が集まったのか先輩から声をかけられる。

「山崎ーそろそろ行くぞー。昨日の雨結構降ったらしいから大変だぞ今日」

はいと返事をして携帯をあとで見ればいいかとポケットに仕舞い、先輩の後に続いて現場に向かう。


予報通り昼になるにつれてぐんぐんと気温が上がり始めいつもより早めに昼食をとることになった。弁当を持参していない何人かで近くのコンビニに行きレジを待つ間、そういえばと自分の携帯を取り出す。ロックを解除しアプリを立ち上げ涼のメッセージを開くと思いの外長文で眉間にシワがよる。涼は普段、短文を連投しめんどくさくなるとスタンプしか送らない。しかも大地の出勤後すぐのメッセージであることも鑑みると違和感が拭えない、昨日の態度もあっていつもと違うと不安感に襲われる。何だ何だと焦る気持ちを抑え落ち着け落ち着けと言い聞かせる。

「大地、昨日は最後に変なこと言ってごめんな。でも本当にお前に会えてよかったって思ってるんだ。何だかんだ幼稚園の時にお前が隣に引っ越してきてからだから人生のほとんどをお前と過ごしてきてさ、大地の嫌なところもムカつくところもそりゃいっぱいあったけど笑 俺はお前の親友になれて幸せでした。お前は昔から責任感強いからこんな役割任せるの本当に申し訳なく思ってるんだけど、発見遅れると修繕費とか色々高くつくらしいからさ。仕事終わりでいいんだ、うち来てくれないか? 部屋は片付けておいたからさ笑 くれぐれも止められなかったとか自分を責めないでくれな。これは全部俺が悪いんだ、お前は本当に何一つ悪くないからさ。ごめんな。次の飲み行けなくてごめんな! 俺が弱いせいでお前を傷つけてごめんな! 最悪なお願いしてごめんな! 大好きだぜ大地。さよならだ」のメッセージとごめんとありがとうのスタンプ。

読み終えたのに頭が理解してないのか、何度読み返しても字面が滑って頭に入ってこない。レジのバイトが次の人どうぞと声をかけてきているが動けない。

そんな大地を不審に思った先輩か山崎どうした?と声をかけてくるので返事をしなきゃと思うが、涼が涼がと言う言葉しか口から出てこない。様子のおかしい大地に悪い携帯見るぞ?と声をかけ、震える手で携帯を握る大地から携帯をとる。メッセージを読みながら先輩は目を見開き固まってしまう。他の同僚たちもどうしたと声をかけながら後ろから携帯を覗き見る。少しの沈黙の後、正気に戻った先輩は後ろから覗き見ていた同僚に親方に自分と大地が抜けることを伝えるよう頼み、一人が店の外に駆け出す。他の一人が大地が持っていた弁当を奪い、先輩は大地の頬を思いっきり叩き、手を引き外に出る。

「しっかりしろ! まだ何も決まってねえ! 親方には今話しつけに言ってる。お前そいつの住所知ってるな? 車乗せてやるから乗ったらすぐ携帯でマップに打ち込め! わかったか? おい、返事しろ山崎!」

動揺が隠しきれない大地は震える唇ではいと答える。っちと舌打ちをした先輩は車のロックを解除すると助手席に大地を押し込む。自分も運転席に向かおうとした時

「三井! くれぐれも安全運転だぞ! 山崎を頼むな! 行き先わかったら信号待ちにでも連絡してくれ」

後ろから親方が大声で三井と呼ばれた先輩に呼びかける。その声で自分の手が震えていることに気づき落ち着け落ち着けと言い聞かせる。

「はい!わかったら連絡します」

三井が頷き運転席に乗り、車を走らせる。


車の中では何度も三井が大地に大丈夫だまだわからねえ大丈夫だと言い聞かせる。

「親方が警察と救急に電話してくれてる。なんならそっちの方が早い」

大地は何度かけても繋がらない涼への電話をかけながら、はい、はいと自分に言い聞かせ、震える手で震える手を止めようと抑えようと試みる。

人生でこんなに長い40分はあるのかというくらい途方もなく感じながら、ようやく涼の家に着くとすでに警察と救急車が到着していた。大地は慌てて車を降りるが、現実を目の当たりにするのが怖くて部屋に向かって歩き出せない。三井がそんな大地を心配そうに見つめ山崎と声をかけようとした時

「連絡をいただいた方ですかね?」

突然警官に話しかけられ、大地は返事をしようとするが、口を動かせても声を発することができない。

三井が代わりにそうですと答える。心中を察してくれたのか視線を大地から三井に変えると警官が状況を説明し始める。

「今救急の方が」

大地は2人の隣に立っているのに警官と三井が話している声がだんだん小さくなっていくのを感じる。しっかりしろお前が話すんだと意気込むが、そんな意思とは関係なく視界すらも白みはじめる。

そんな大地の方を見た三井が慌てて駆け寄るのが見えるがここで記憶が途切れた。


目がさめると病院のベッドに寝かされており、いつの間にか駆けつけてくれた親方と三井そばで見守ってくれていたことに気づく。

力の入らない体を無理やり起こそうとして三井が支える。そんな三井にしがみつき涼の安否を尋ねる。

2人が言いづらそうに、でもしっかりとした口調で涼が死んだことを教えてくれた。予想はしていた。もう間に合わないだろうこともなんとなくわかっていた。それでも大地の頭は理解を拒否し、思考が止まる。

退院後、現実を受け入れない大地を無情にも時は待ってくれず、あれよあれよという間に涼の葬儀の日になった。あの日からずっと心配してくれていた親方と三井も一緒に涼の葬儀に参列してくれた。葬式後に涼の母親から

「そういえばあなたって大工よね? 発見が早かったんだけど修繕費結構かかるのよ。友人価格で何とかしてくれない?」

と話しかけられるが何一つ頭に入ってこない。返事もせずただぼうっと醜いなと思っていると親方が何か怒鳴ってくれている。そして隣で三井さんが震える手で大地の肩を抱き、帰ろうと優しく促してくれている。大地ははいと頷き外へ出る。


遅れて出てきた親方と三井さん、大地と並んで車に乗り込み家まで送ってもらう。

「山崎、お前しばらく休め」

俯いていた顔を上げ親方を見る。

「え、大丈夫です。働けます」

親方はバックミラー越しに大地を見ながら

「今の現場はもうすぐ終わるから入るのは次からでいい。少し休め」

有無を言わさない空気にはいとしか答えられず車内に沈黙が流れ、大地の家に到着する。二人に礼を言い車を降り見送る。

部屋に入ると散乱した衣服や空のペットボトルや弁当箱等があちこちに放置されている。

それを気にせず踏みつけスーツのままベットにダイブし眠りについた。

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