リングメイカーと夕闇に手繰り寄せる糸

江ノ橋あかり

夕闇に手繰り寄せる糸

第1話 鈴の音の鳴らない日



 私の名前は咲華世さかせふら。宮城県にある松島町の小学校に通う小学6年生の女の子です。


 指輪専門店「RINRIN堂」で出会った指輪職人の弟子・不動明夏ふどうめいかさんという中学3年生の男の人のことが好きになってしまい、毎日のように店に通う日々を送っています。


 ──リンリーン。


 指輪専門店の戸口にはドアベルが取り付けられていて、扉が開かれるたびに透き通るような綺麗な鈴の音が鳴り響いてお客さんの来店を知らせてくれます。


 ただ単に指輪を買い求めて来店する人もいれば、指輪のことで悩み事を抱えた人が来店することもあります。


 指輪のことならどんなことでも解決に導く「指輪探偵」の話を耳にしたからです。


 けれども、今日の相談者は鈴の音を鳴らさずに来店してきました。指輪専門店「RINRIN堂」が開業して以来初めてのことなのです──。



 * * *



 ──ミーンミンミンミー。


 8月のお盆真っ只中のある日のこと。


 私、大変なものを見てしまいました。


 夏休みも終盤に差し掛かり、明夏さんに勉強を教えてもらおうと夏休みの宿題を持参してお客さんのいないRINRIN堂に訪れて、商業スペースのカウンターにテキストとノートを広げて勉強をしていた時のことです。


 空調が効いたひんやりした室内、お客さんがいないので布がかけられた商品展示用のガラスケース、カウンターの裏手にある工房から明夏さんが指輪製作のためにコンコンコンと木槌を振るっている音を聞きながら私はRINRIN堂の玄関口の戸口を眺めていました。


 勉強の疲れからぼんやりとしていたのです。

 

 不意にカシの木で作られた赤褐色の扉の中央に何か人の鼻のようなものが見えたと思うと、ぬるりと扉をすり抜けて姿が半透明な30代くらいの男の人が店内に入ってきました。

 

 白シャツの上に黒のベストを着ていて、襟元にはネクタイがきちんと締められています。キリッとした目と眉、背筋が真っ直ぐに伸びていて真面目そうな人、というのが初めて見た瞬間の印象です。


 こんな真夏の日差しの中、長袖を着て暑くないのかななんて思いましたが、足元を見ると足のすねからその下が半透明で、足首から先が完全に無いことに気付いて驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまいました。


「えっ、えっ、えっ!? どうなってるのそれえ!?」


 頭の中がパニックです!


 というより私の反応を見た半透明な男の人も驚き戸惑っているようでした。


「うおっ! 君、もしかして私のことが見えているのか!? えっ、ええっ!?」

 

 お互いに驚きあっててなんとも奇妙な光景です。


「ふら、どうかしたのか? 凄い音がしたが……」


 工房から指輪制作の途中だった明夏さんが心配そうに表に出てくれました。私のことを心配してくれてる……!


「め、明夏さん! そこ、そこに!」


 私が指差す方へ明夏さんは目をやりましたが、一通り店内を見回した後に怪訝そうに首を傾げました。


「虫でも出たのかな。ほら手を取って立ち上がって」


 明夏さんに差し伸べられた手をギュッ握って私は立ち上がりました。


 明夏さんの手……!! 優しい……!!


 ホッとしたのも束の間、私が見て驚いたものが虫だったらまだ良かったです。


 半透明な彼はカウンター前に立っていて、二人して手を繋いでいる私達をニコニコと微笑みながら見つめていました。


「ひやあっ!」


 私、大変なものを見てしまいました。


 幽霊……見ちゃってる。


 大好きな人の前で変な声を上げて足の力が抜け後ろから倒れそうになったところを焦り顔の明夏さんに背中を抱えられて助けられてしまいました。


 はあ……明夏さんって本当に優しいな……。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る