第25話 精神病院
「昨夜から未明にかけて、突然、謎の有毒ガスで七人が亡くなったとの情報が・・」
「○○会社の寮で多くの人が倒れるという・・、事件事故の両面でも捜査が・・」
その日は雨だった。純は朝いつものように父親の車で学校に連行されていく。純が乗る父親の運転する車のカーラジオから、今朝起こった不可解な事件のニュースが流れていた。
「・・・」
純はなんとなく心ここにあらずでそれを聞いていた。
それは後に松本サリン事件として日本の歴史に刻まれる重大事件だった。
とにかくすべてが真っ暗だった。心も世界も地の果てまでも絶望色に真っ暗だった。なんの光もない、なんの希望もない真っ暗な世界。心も外の世界もとにかく真っ暗だった。
「多くの負傷者も出ている模様で・・、事件の全容は未だ・・」
自分だけじゃない。世界もみんな真っ暗なんだ。純は思った。
親に強制連行されても、担任に無理やり学校に来い来いと言われても、やはり、行けないものは行けなかった。心がどうしてもついていけなかった。
無理やり学校に連れて行かれ、教室の机に座っていても、ただ堪らない虚しさがあるだけだった。だから、無理やり学校に連れていかれても途中で帰ってしまう。結局、そんなだった。
そして、そんなことが続いていたある日、純は担任に精神病院に連れて行かれた。当時、ただ不登校というだけで、頭がおかしいと思われる、そんな時代だった。
純は、自分でも何かがおかしいと思っていた。だから、自分が病気なのかという疑問と、精神病院という響きに違和感と抵抗感を感じながらも、担任の言われるがままに純は病院に行った。
「気分が落ち込むことは?」
「よく・・、あります」
「夜眠れないことは?」
「はい、あります・・」
医者に訊かれるままに純は答えていく。妙に口紅の赤い若い女の医者だった。美人で妙に色気があった。自分が辛い状況にいるはずなのに、そのことに、妙に心をかき乱されている自分が、奇妙だなと純は思った。
「朝起きようとは思うんですが・・、朝起きれないんです」
「じゃあ、睡眠薬を出すから、それで寝る時間をコントロールしてみたら」
女医は純にそう提案した。
「・・・」
その日、純は、睡眠薬と安定剤を処方された。薬で心をコントロールすることに、純は違和感を覚えながら、薬を受付けで受け取る。副作用も気になった。
その夜、医者の言う通り、実際に睡眠薬を飲んでみた。だが、逆に、その強烈な睡眠作用によって余計に朝起きれなかった。しかも、朝起きるために早めに寝たら十四時間も寝てしまっていた。
安定剤も飲んでみたが、安定剤は効いているのかいないのかよく分からなかった。少し気分が高揚するような感じはあったが、それは、日常でも感じるレベルのものだった。
結局は慢性的な無気力で、それを薬でどうこうしようとしても、根本にやる気のエネルギーが湧いていないのではどうしようもなかった。
病院に通っても何かがよくなるとは到底思えないまま、しかし、他に何かがあるわけでもなく、希望があるわけでもなく、純は週に一回病院に通った。
今日は、母親と一緒の診察の日だった。
「死にたいと思ったことはありますか」
様々訊いた後、ふいに、その女医は純に訊いた。
「はい」
純は正直に答えた。嘘をつく気力もなかった。後ろで何か声がすると思い振り替えると、母が号泣していた。
日明は、部活後の近くの小学校の校庭通いを続けていた。社会人の練習のない日は、小学校の校庭で毎日毎日、思いっきりボールを蹴った。少年サッカーの練習がなくても、真っ暗な中、小学校の校庭でボールを蹴った。そこには中学時代のような、高揚感と喜びがあった。
どこか充実している自分がいた。ずっと、部活をさぼりまくっていた去年よりも日明の心は不思議と充実していた。あの中学の時、ただひたすら向上心に燃えていたあの頃の日明がそこにいた。
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