36.生徒会執行部の女子会【前編】

「さ~て、始めよっか!!」


「は、始めるって何をですか……??」


 生徒会女子四名が一緒に寝る大部屋。四名分の布団が敷かれ、その数の倍はあるが皆の手に握られている。

 不敵な笑みを浮かべるルリに琴音が恐る恐る尋ねた。ルリがにっこり笑って手にしていた枕を振り上げ琴音に言う。



「これに決まってるでしょ~!!」


 そう言って枕を思いきり投げつける。



 ドン!!


「きゃあ!!」


 頭を押さえる琴音。それを見た計子がルリに言う。



「琴音さんの仇っ!!」


「きゃ!! やったなぁ~!!!」


 お約束と言うか定番と言うか、枕があったら投げなきゃいられない性分のルリが当然の如く『枕投げ』を始める。元気な彼女達と違い少し疲れ気味の優愛が少し離れて言う。



「ちょ、ちょっとあなた達。そんなことしたら危な……、きゃ!!」


 問答無用に投げつけられる枕。疲れと薬の副作用で元気がなかった優愛もカッとなって枕を掴む。



「や、やったわね!!! 許さないから!!」


「うわあぁ~、生徒会長さん、参戦よ~!!」


 ルリがふざけて言う。

 こうして女子会の前座となる枕投げは大いに盛り上がった。






「きゃ~、やめて~!!!」

「あははははっ、やだーーーーっ!!!!」

「いった~い!! やったなぁ!!!!」


 離れた個室でひとり勉強する優斗は、女子部屋から聞こえて来る大きな騒ぎ声に耳を塞いだ。



「何やってんだよ。本当に元気だな……」


 優斗は黙って机の上に開いた参考書に集中した。






「いや~、楽しかった!!」

「もう、汗だくだくだよ~!!!」


 ひとしきり枕投げを楽しんだ女子四名。空調の効いた部屋だがそれでも思い切り暴れると薄っすら汗をかく。

 その中でも人一倍汗をかいた琴音。着ていたTシャツが肌にぴったりとくっつき下着がはっきりと透けて見えている。計子はすっと彼女の背後に立ち、後ろからそのたわわに実った胸の膨らみに手をやる。



「琴音さん、本当に大きいですね。柔らかいし……」


「きゃっ!! け、計子ちゃん、何するの!!??」


 琴音が両手で胸を押さえながら逃げるようにして言う。



「だって、琴音さんの大きくてとても魅力的だから」


 そう言いながら計子はまな板のような自分の胸に手を当てる。琴音が言う。


「わ、私、そっち系の趣味はないから!」


「私もないですよ。でも琴音さんとなら……」


 そう言って微笑む計子から琴音が逃げるようにして言う。


「やだ〜、助けて〜!!」



「もう、何やってんだか……」


 優愛が呆れた顔で言う。




「さ~、飲むわよ~!!!」


 そこへ大量のジュースとお菓子を手にして部屋に戻って来たルリが現れる。優愛が驚いて尋ねる。


「ど、どうしたのよ、そのお菓子??」


「どうしたのって、女子会やるのにお菓子なしじゃ話にならないでしょ~? ちゃんと買って置いたのよ~!!」


 それでもとても四人で食べきれる量ではない。唖然とする皆にルリが言う。



「さ、早くテーブル持って来て!」


「あ、うん!」


 すぐに琴音と計子が部屋の隅に置いてあったテーブルを用意。その上に大量のジュースとお菓子が置かれる。そしてルリが満面の笑みで言う。



「さあ~、みんな食べて食べて~!!」


「え、ええ……」


 戸惑う計子。そもそも陰キャ系の彼女はこのような集まり、女子会など参加したことはない。



「計子ちゃん」


「ん?」


 そんな戸惑う計子に、突然琴音が手にした大量のを彼女の口に入れる。



「うぐっ!? ぐぐぐっ……」


 お菓子を口に詰められ驚く計子。琴音が笑いながら言う。



「さっきのお返しだよ。きゃははっ!!」


 戯れるふたりを見ながら優愛が言う。



「もう、何やってるのよ。でも女子会だからって何も特別話すことなんてないよね」


 優愛も計子同様、こういった女子会にはあまり参加したことはない。

 その言葉を待っていたかのようにルリがどこからともなく持って来た紙袋を取り出し皆に言う。



「大丈夫だよ~、これに従って行けば話なんて楽勝~!!」


 そう言って三つの紙袋をテーブルの上に置く。その袋にはそれぞれ【誰が】【誰に】【何する】と書かれている。計子が尋ねる。



「これは、何ですか……??」


 ルリが笑顔で答える。



「簡単だよ~、これを引いて行ってその指示に従うだけ。じゃあ、まずルリからやって見るね~!!」


 そう言ってルリが【誰が】と書かれた紙袋から自分の名前の紙を取り出し、その後【誰に】の中から一枚引く。



「私が〜、……あ、優愛だ」


 その紙には『優愛』と書かれている。そして最後に【何する】から紙を引き皆に見せる。



「『抱き着く』だって! それ!!」


 そう言ってルリが優愛に抱き着く。



「きゃあ!! ちょ、ちょっとルリ!!??」


 ひとしきり優愛に抱き着いたルリが皆に向かって言う。



「分かった? これを順番にやるわけ。じゃあ、始めようか。最初はじゃんけんで負けた人ね~」


 そう言って戸惑う皆に無理やりじゃんけんをさせる。



「うわ、負けた……」


 全員がパーを出す中、計子ひとりがグーを出す。



「はい、じゃあ計子からね~、どうぞ!」


 そう言って【誰に】と書かれた紙袋を差し出す。



(どうしよう……)


 こう言ったゲームに全く慣れていない計子。信頼できる仲間ではあったがやはり恐怖心はある。戸惑っている計子にルリが紙袋を更に差し出して言う。



「大丈夫だって~!! さ、早く早くっ!」


 心からこのようなゲームを楽しんでいるように見えるルリを、計子は一瞬羨ましく思う。無言で紙袋に手を入れ一枚の紙を引く。




「あっ」


 そこに書かれていたのは【優斗】の二文字。ルリが言う。



「あら~、優斗君じゃない? これは面白いわね~、さ、次もどうぞ!」


 そしてもうひとつの紙袋【何する】を差し出す。無言で紙袋に手を入れる計子。皆の視線がその手に集まる。



「大切なものを……、借りて来る……?」


 取り出した紙を読んだ計子にルリが言う。



「は~い、じゃあ計子は優斗のところへ行って『大切なもの』を借りて来てね~!!」


「た、大切なものってなに??」


 戸惑う計子にルリが答える。



「えー、それは分からないよ~! 優斗が決めることだからね、さ、早くっ!!」


 そう言って計子を立ち上がらせると部屋の外へと追い出す。




(ど、どうしよう……)


 ひとり廊下に放り出された計子がどきどきしながら立ちすくむ。

 ゲームとは言えあの優斗がいる部屋へひとりで行かなければならない。男が寝る部屋。ベッドだって無論ある。



「ゲ、ゲームだから……」


 計子は自分自身に言い聞かす。なぜか沸き上がって来る高揚感。経験はないがそれはまるでお酒の酔いのようなふわふわとした気持ち。どきどきと心臓は脈打つが間違いなく『彼の部屋に行くこと』を喜んでいる。




 コンコン……


 計子が優斗の部屋の前に立ちドアをノックする。



「あ、だれ??」


 中から聞こえる優斗の声。



「わ、私です。計子です……」


 自分の名を告げる計子。残念だったと思われたかな、つまらない女が来たって思われたかな、色々な感情が交差する計子だったが、開けられたドアのその彼の顔を見てそんな心配はすぐに消えてなくなった。



「あれ、計子、どうしたんだ??」


 驚いたような表情。でもすぐに笑顔になって計子を迎える。



(私、来ても良かったんだ……)


 安心という感情が計子の体を包み込む。そして自然と声を出した。



「あの、入ってもいいですか……?」


 優斗はいつものおさげと違い、髪を下ろした計子に一瞬どきっとしながら答える。



「あ、ああ。いいよ。どうぞ」


「ありがとうございます」


 計子も軽く会釈をして部屋へ入る。



(ベッド……)


 否が応でも目に入る優斗が寝るベッド。短パンやTシャツから出た優斗の筋肉質の足や腕に目が行く。どきどきしていた彼女に優斗が椅子に座って尋ねる。



「どうしたの? みんなで仲良く遊んでいたんじゃないの?」


 先程まで聞こえた賑やかな声。そう尋ねる優斗と机の上に置かれた参考書を見て計子が答える。



「あ、あの、そうです。みんなと遊んでいて……、優斗さん、お勉強しているところごめんなさい……」


「いいよ、全然」


 そう言いながら優斗は開いていた参考書を閉じる。



「それでなんか用事があった?」


「え、ええ、その彼女らと一緒にしていたゲームで、その……、私が優斗さんの、何か大切なものをお借りしなくちゃならなくて……」


 最後は申し訳なさから消え入りそうな声で話す計子。夜の勉強中の彼に、一体自分は何をしているのだと恥ずかしくなってくる。優斗が答える。



「大切なもの??」


「え、ええ、ごめんなさい……」


 優斗はすぐにそれが優愛達の考えたゲームなんだと理解した。笑顔になって机の上のペンを取り計子に渡す。



「え、ペン?」


 優斗が答える。



「そうだよ、ペン。今勉強しているからそれがないとすっごく困る。だから大切なもの」


「あ、そうですね……」


 計子は渡されたペンを持って頷く。



「あとで返してくれればいいから」


「はい! ごめんなさい。お邪魔して」


 計子が頭を下げてお礼を言う。



「いいよ。楽しんで来てね。ゲーム」


「はい!」


 計子は色々な気持ちを感じながらも優斗とふたりで過ごせた時間に満足して部屋を出る。




「え? ペン……??」


 意外な戦利品。皆が戸惑う中計子が説明をする。



「なるほどね~、じゃあ次行こうか」


 ルリが嬉しそうに皆に言う。



「次は計子が【誰が】を引いてね~」


「あ、はい」


 その言葉通り計子が紙袋から一枚の紙を引く。




「あ、神崎さん……」


 そこには『優愛』と書かれている。引かれた優愛が渋い顔をする。


「わ、私なの……??」


「そうよ。じゃあ次は優愛が引いてね」


 ピンクの髪を揺らしながらルリが【誰に】の紙袋を差し出す。優愛が言う。



「やらなきゃいけないの?」


「当然~!!」



 ルリが嬉しそうに答える。


「はあ、仕方ないわね……」


 そう言って紙袋から引いた紙を見て驚く。



「え? 優斗……」


 ルリが確認する。



「あら~、また優斗ね。大人気じゃん!!」


 戸惑う優愛。この先一体何をさせられるのか分からない。



「ね、ねえ、こんなのやめて他のことしようよ……」


 少し弱気になった優愛が小声で言う。それを聞いた計子がすかさず言う。



「あれ~、これって私やったんですよ。まさかあの神崎さんができない筈はないですよね」


 自分の番が終わり突然煽りだす計子。優愛がむっとして答える。



「で、できるに決まってるわ。だって私なんだもん!」


 そう言って最後の紙袋【何する】から一枚の紙を引く。そして彼女の時間が止まった。




「えっ……」



 固まる優愛にルリが近付き紙を確認。



「わっ! 『愛の告白』だって!! やっほ~!! 大当たり~!!!」


 自分が用意した一番の紙が、最高のタイミングで引かれひとり喜ぶルリ。

 ただ残り三名は決して冗談にならない事態に顔を青くした。

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