金儲けのためにあるイベントだろ?

TK

金儲けのためにあるイベントだろ?

「よし、じゃあ今日の業務は終わりだ。みんな、お疲れ様」


「「「お疲れ様でしたー!」」」


この会社で経理として勤め始めて、15年が経つ。

仕事は楽じゃないが、さすがは東証一部上場企業だ。

給料は割が良く、俺は満足している。

いや、東証一部じゃなくて、プライムだったな。

2022年4月4日、日本の株式市場の名称は一新された。

理由は「各市場区分のコンセプトが曖昧であり、多くの投資者にとっての利便性が低い」とか「上場会社の持続的な企業価値向上の動機付けが十分にできていない」とか、まあいろいろある。


俺がしっくりくるのは「コンセプトが曖昧」っていう表現だ。

今までは市場が5つあったわけだが、管理すんのはダルいし、利用者側もイマイチ違いを把握できてなかった。

市場は3つに一新されたわけだが、まあこれくらいがわかりやすいだろう。

名称変更に伴い、東証一部から格落ちした企業も結構あった。

だが、俺の会社は余裕で最上位のプライム市場に振り分けられた。それくらいの大企業ってことだ。

なんで俺が大企業で働けているか、理由は明白だ。

親父が「金」と「教育」を惜しみなく与えてくれたからだ。

親父は工務店を経営しており、毎日毎日、ずっと働いていた。

休んでいる姿を、見たことがない。

まあそのおかげで、塾には通い放題だったし、就活時のように金がかかる時期にも、バイトは一切しなくて済んだ。

だが金よりも、親父の偏った「教育」が、俺をここまで押し上げた気がする。


親父は中卒だった。

15歳の時から大工として必死に働き、確かなノウハウと実績を積み上げて、自分の工務店を持てるまでになった。

立派な話だとは思うが、なぜか親父は、自分の人生に誇りを持っていない。

詳しくは知らないが、辛いことが多すぎたみたいだ。

幼少期から俺は「勉強しろ」「良い会社に入れ」「低学歴は苦労する」こんなセリフばかりを聞かされてきた。


ガキなんてのは、親の言葉が全てだ。

母親は俺が2歳の時に病気で亡くなってしまった。

だから親の言葉と言っても、それは親父の言葉のことと言っても過言ではない。

こんな教育を受けた俺は当然の如く、なりふり構わず勉強するようになった。

結果的に立派な社会人になれたわけだが、何か大切なものを、受け取り忘れている気もする。


「先輩、今日、飲みに行きませんか?」


入社4年目の後輩が、遠慮ない面持ちで語りかけてきた。


「いや、俺、酒飲まないから」


「えー、ホント先輩は堅いですよねぇ。お酒を飲めば、楽しくお喋りできるじゃないですかぁ」


「喋りたいんだったら、酒を飲まない方が良くないか?シラフの方がまともにコミュニケーションを取れるはずだが」


「理屈だけで生きるよう、教育されてきたんですか?」


後輩は冗談混じりの顔で、なかなか失礼な質問を投げかけてくる。


「その質問、あながち間違ってないな。親父からは、勉強しろとしか言われてこなかったし」


「そ、そうすか。あっ、再来週って父の日ですよね。なんかプレゼントしてあげたらどうですか?」


勘のいいガキは嫌いじゃない。

今の会話だけで、俺と親父の関係性を感じ取った後輩は、心温まる提案を申し出てきた。


「・・・父の日ねぇ」


くだらね、なにが「父の日」だよ。

これは結局、金儲けのためにあるイベントだろ?

「父の日」という冠をつければ、どんなものも割高で売れるからな。

そんなもんに、俺は振り回されない。


「はい!何かお父様の好きなものを渡してあげましょうよ」


好きなものか。知らねえよそんなもん。


「まあ考えとくわ。じゃ、お疲れ様」


「あっ、帰っちゃうんすね!お疲れ様です。今度は行きましょうね」


「はいはい」と無愛想な返事をした俺は、会社をあとにした。


***


18時ちょうどに、一人暮らしのマンションへ着く。

リビングには、ゆったり座れるソファ。

観葉植物を眺めながら腰掛け、コーヒー片手に読書するのが帰宅後の日課だ。


「そういや、親父にプレゼントってしたことないな」


親父のおかげで、良くも悪くも今の俺がある。まあ客観的に見て良い方が大きいから、感謝はしている。

だけど、感謝の気持ちを表現するタイミングが全くなかった。

親父はいつも仕事で家にいないし、帰ってきても無愛想なことしか言わない。

で、いつしか金を与えてくれるのが当たり前になっちゃって、俺は感謝の言動もないまま自立してしまった。


「明日、久しぶりに会いに行くか・・・」


こういうのってたぶん、勢いが大事だ。

明確な計画もないまま、実家へ帰る決意をした。


***


時刻は22時。実家に到着。

仕事人間の親父も、この時間には基本家にいた。

ゆえに、連絡はしていないが、家にいる確信はあった。

・・・いや、連絡すればいいだろ。

なんで俺は急に押しかけるように、実家に来ているのだろう?

理屈で考えれば、俺のやっていることは変だ。

ちゃんと連絡を取り合って、実家にて会う約束を取りつければいい。

その方が親父も、何かしらの準備ができるだろう。

でも、きっと家族って、なんの約束が無くても、なんの連絡が無くても、会っていい関係だ。

堅苦しいやり取りなんかいらない。会いたくなったから会う。

たぶん、それが俺の想い描く家族像なのだろう。

自覚してなかった本音に気づき、少々恥ずかしくなってくる。

気持ちを整えてからチャイムを鳴らすと、数十秒後に親父が出できた。


「・・・おお、お前か。何しに来た?」


約10年ぶりの再会で「何しに来た?」か。相変わらず無愛想だ。


「いや、特別な用事があるわけじゃないんだけどさ。後輩と話してたら親父の話になって。久しぶりに会おうかなと思っただけだよ」


「そ、そうか。まああがれよ」


そう言った親父の口角は、ほんの一瞬上がったように見えた。

中に入ると、俺が出ていく前と変わらない風景がそこにある。

不思議と、安堵の気持ちが俺の心を満たしていった。


「どうだ?仕事の調子は?」


そう聞く親父の表情は、どこか柔らかさがある。


「順調だよ。大企業に入れたから、給料も良いし」


「そうか。良かったな」


良かったと言った割には、どこか寂しいというか、よそよそしさが滲み出ている。


「親父は?仕事どうなの?」


「昔と変わらず、休まずバリバリ働いてるぜ」


そう答える親父の顔は、なんだか晴れない。


「そうだ、俺、渡すもんがあるんだよ」


「そ、そうか。何を持ってきたんだ?」


次は、親父の口角は一瞬上がった。

今日の親父は、なんだか情緒がおかしい。こんな人じゃなかったと思うんだが。


「100万円だよ。俺に投資してくれた金額には全然足りないけど、まずは100万円でも返そうと思って」


そう言いながら帯付の100万円をテーブルに置くと、親父は明確に落胆した。


「・・・いらねえよ金なんて。自分の生活費くらい自分で稼げる。俺はお前のガキじゃねえんだぞ」


予想していなかった反応に、俺は動揺した。

必死に金を稼いでいたのに。金を稼げるように俺を教育したのに。金がいらない?


「で、でも、親父には世話になったからさ。遠慮なく受け取ってよ」


「いらねえって言ってんだろ!悪いけど、今日はもう帰ってくれ」


「・・・わかったよ。じゃあな」


疑問と虚しさに包まれながら、逃げるように実家を飛び出した。


***


「なんか今日の先輩、暗いっすね。まあ普段明るいわけじゃないけど」


デスクで昼飯を食っていると、不意に後輩が話しかけてきた。

コイツは失礼なことばかり言うのに、なぜか腹が立たない。


「実はな・・・」


事の顛末を伝えると、後輩は大袈裟に呆れ返った。


「先輩、そりゃないっすよ!久しぶりにあった息子に100万円渡されて、喜べる親がどこにいますか?」


「え?俺、そんなに変なことした?」


「はい!めっちゃ変なことしてますよ」


「でも、子どもの頃から金周りの話ばっかりだったからさ。金を渡せば喜ぶと思って」


「そんなわけないじゃないですか。きっと、不器用な方なんですよお父様は。お金で苦労したから、息子にお金で苦労させたくなかった。ただ、その想いに囚われすぎて、愛情表現するタイミングを失ったんだと思います」


コイツは普段お調子者のくせに、真面目な話もできる優秀ちゃんだ。


「だから、先輩が用事もなく会いに来てくれたことも、何かを渡そうとしてくれたことも、嬉しかったんだと思いますよ。口角が上がったように見えたのは、自分が表現できなかった愛情の片鱗をそこに感じたからです。お金の話にムスッとしてたのは、払拭したい自分のイメージと重なったからです」


「・・・なるほどな」


「まあ人って、恩は受けた形でしか返せないですからね。先輩がお金を渡す発想になったのも仕方ないと思いますが」


実年齢では優っていたが、どうやら、精神年齢では明らかに完敗しているみたいだ。


「で、俺はどうすればいいの?」


「来週の父の日に、もう一度会いに行きましょう。今度はプレゼントを持って」


「プレゼントって、何を渡せばいいんだよ?俺、親父の好きなものとか知らないけど」


「別に、好きなものじゃなくてもいいんですよ。今のお父様に必要そうなものとかでもいいんです。お父様のことを必死に考えれば、喜びそうなものは浮かんできますよ」


「親父に必要そうなものねぇ・・・。あっ」


そんなもん浮かばねえよと言いそうになったが、1つ良い案を思いついた。

そうか。俺、考えるのをサボってただけだったんだな。


「お前のおかげで、良い案を思いついたよ。サンキュー」


「いえいえ。じゃ、今度なにか奢ってくださいね」


「それとこれとは話が別だ」


「ケチ!」


後輩が俺を貶めると同時に、携帯の着信が鳴った。

登録していない番号からだったが、無視してはいけないような気がした。


「はい、もしもし・・・。えっ!?」


俺は、絶句した。

結論から言うと、電話は病院からのもので、親父が倒れたという報告だった。


「わりい、親父が倒れたみたいだわ。病院行くから、あと頼むわ」


「わ、わかりました!すぐに行ってあげてください」


親父の無事を祈りながら、俺は病院へと向かった。


***


「親父!大丈夫か?」


ドアを開けながらそう叫ぶと、ベッドに座る親父の姿がそこにはあった。


「おう、来たか」


無愛想な返事が、元気であることを認識させてくれる。


「仕事中に倒れたって聞いたけど、体調はどうなの?」


「ちょっと疲れて倒れただけだ。心配はいらん。大丈夫だ」


大丈夫とは言うものの、親父はもう70歳だ。

そろそろ、休んでもいい年齢だろう。


「これを気に、少し休んだらどうだ?親父ももう歳だしさ」


「職人たちにもそう言われたよ。だけどよ、休んだってやることねえよなぁ」


「・・・退院したら、温泉旅行に行こう!俺がプレゼントするよ」


俺は先程思いついた妙案を、思い切ってぶつけてみた。


「お、温泉旅行?なんでまたそんな」


突拍子もない提案に、親父は困惑する。

だけど、以前と同じように、僅かに口角が上がっていた。


「ち、父の日だからだ!」


「は?父の日?」


「そう、来週は父の日だ!父の日なんだから、父親にプレゼントするのは普通のことだろ?」


普通のことと言いながら、父の日になにかしてあげた経験がない旨に即気づき、恥ずかしさが込み上げる。


「それに、今までずっと働きづめだったからさ、温泉でゆっくりするのもいいかなって思って・・・」


ついでに言ったように見せたが、これが俺の本音だった。

親父は明らかに働きすぎだ。だから、他人が無理やり休ませなきゃダメなんだ。


「そうか、そうだよな。父の日なんだから、子どもからプレゼント受け取るのは当たり前だよな。じゃ、ありがたく受け取るよ。退院したら、すぐにでも行こうや」


初めて、親父と心が通じ合った気がした。





なんで「父の日」なんてもんがあるのか、ようやく理解できた。それは、俺たちみたいな不器用な人間に口実を与えるためだ。世の中には、家族だとしても、心の底から幸せを願っている相手だとしても、素直に愛情を表現できない馬鹿野郎共がたくさんいる。弱音を吐けない頑固者がたくさんいる。そんな奴らには、言い訳が必要なんだ。


これから俺は、もっといろんな形で親孝行をしていくつもりだ。その度に口実が必要なんだが、まあ大丈夫だろう。


幸いなことに、父の日は毎年必ずあるらしい。

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金儲けのためにあるイベントだろ? TK @tk20220924

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