第40話 秀への想いと秀の想い

どれだけ寝ていたのか、目が覚めた時は病院のベットの上だった。

側には今にも泣き出しそうな貴志と、すでに涙を流している両親がいた。

その中に秀の姿がなく、言いようのない不安から慌てて体を起こと、それを貴志が静止する。

「天音、まる1日寝込んでいたんだ。急に動いたらダメだ」

「しゅ、秀は?お、俺、気を失う前に秀を見たんだ。俺を助けに来てたんだろう?なのに、秀は?秀はどこにいるの?」

パニックになっている俺を、貴志は大丈夫だと力強く抱きしめる。

そして、ゆっくりと俺を横たわらせると、状況を説明してくれた。


あの酔った男は、どこかの伝手で会場に入り込んでいた記者だった。

以前、スクープとして無断で俺の実名などをネットに載せた、記者でもあった。

当時は他にもニュースや記事にもなっていたから、どの記者なのかは思い出せずにいたが、あの男は俺の家にまで来てあれこれと聞き回っていた。それを晒した事で、編集部をクビにされた。

行き過ぎた記事を貴志の両親が訴えたからだ。

それを根に持っていた男は、ずっと何かしらで復讐を考えていたそうだ。

あれからもずっと家を張っている記者がいる事は知っていたが、それがあの男だったのかと思うと震えが止まらない。


それから、やっと俺が聞きたかった話を貴志は口にする。

「秀は天音がなかなかトイレから戻ってこないのが気になって、電話も繋がらないし、様子を見に行った時に襲われている天音を見つけたんだ。それから男を殴り付け、倒れ込んだのを確認した後に俺に電話しながら天音を抱えた時、背後から椅子で殴られた」

その言葉を聞いた瞬間、血の気が引く感覚が全身を走る。

「しゅ、秀は無事なの?お、俺、あの椅子に座ったけど、とても丈夫な椅子だったはず・・・」

震える声で尋ねる俺に、貴志は優しく微笑みながら口を開く。

「大丈夫だ。幸い俺も警備もすぐ駆けつけられて、男を取り押さえた。秀は頭を何針か縫ったが、検査も問題ない。ただ、頭だけでなく背中にも受けたようで鎖骨にヒビが入って、今、隣の病室で入院している。意識もはっきりしていて、天音の事を心配していた」

「秀はバカだ・・・俺より怪我しているのに、俺の心配なんか・・・」

俺は涙を流しながら秀に会いたいと告げるが、貴志が首を振る。

「秀も安静が必要だが、天音も必要だ。あの男にかけられた即発剤は発売禁止になっているもので、麻薬にも似た幻覚症状を起こす。だから、明日、もう一度検査して様子を見てから会いに行こう。すぐ、隣なんだ。心配要らない」

貴志の言葉に頷きながらも、秀の姿が見えない事が不安でたまらなかった。


翌朝、目覚めるとそこに秀の顔があった。

俺は驚いて体を起こすが、寝てろと秀に促される。

頭に包帯を巻いて、病院着から見える胸元にも包帯が巻かれていた。

車椅子に乗った秀の腕には点滴が繋がれていた。

「秀・・・ごめんね。大丈夫?」

「なんだよ、泣くなよ。貴志がさ、天音が目覚めて俺の心配して泣いてるって言ってたからさ、朝一で来てやったんだ」

「ごめんね・・・秀も安静にしてないといけないのに・・・」

「謝るなよ。俺が心配しすぎて、会いに来ただけだ」

秀はそう言いながら、俺の頭を撫でる。

ふと病室に誰もいないのに気付き、その事を尋ねるとにこりと笑う。

「おばさん達は着替えを取りに戻った。貴志はあの男の事で弁護士と話しに行ってる。一時間で戻るって言ってた」

「そう・・・」

「・・・なぁ、天音」

「何?」

「今から俺、変な事を言うが引かないで聞いてくれるか?」

真剣な顔で俺を見つめてくる秀に、俺はこくりと頷く。

「お前が襲われて、全然目を開けてくれなくて、このまま死んでしまうのかと怖かった」

「・・・・・ごめん」

「謝って欲しいんじゃない。だって、天音は何も悪い事はしてないだろ?」

「でも・・・・」

「いいから、聞け。それでな、俺の中にあったモヤモヤが、こう、バーっと吹き出してきて気付いたんだよ」

「もやもやって・・・?」

「あぁ・・・俺、天音が好きだったんだなって」

「え・・・?」

「あ、今までは普通に友達としての気持ちだったんだ。ちょっと離れていくのが寂しいかなって思ってたくらいだったんだけど・・・貴志と会えない間、泣いたり落ち込んだりしてるお前をずっと側で見てきただろ?多分、あの時からだと思う。俺が天音を支えてやりたいって・・・」

「・・・・」

「そんな心配そうな顔するなよ。俺、天音の事大好きだけど、貴志のことも友達として大好きなんだよ。だから、2人の幸せを願ってるのは本音だ。ただ、天音が死んでしまうんじゃ無いかと思ったら、気持ちを伝えておけば良かったと後悔したんだ。

なんとなく胸の中にあったモヤモヤがそうじゃ無いかとは思ってたけど、幸せになって欲しかったから、この気持ちだけは気づいちゃいけない、言ったらダメだって蓋をしてたんだ。でも、あの時、吹き出したんだよ」

そう言いながら秀は少し悲しそうな笑みを浮かべる。

「天音、俺は天音が好きだ。だから、俺を振ってくれ」

「え・・・・?」

「そうしたら、きっと元に戻れる。少し時間はかかるかもしれないけど、好きな気持ちより、俺は天音と親友でいたい気持ちが大きいんだ。だから、親友に戻るために振ってくれ」

「秀・・・・」

秀の言葉に涙が溢れてくる。だけど、俺は秀に言葉を告げる。

「ごめんね。俺は貴志くんが好き」

「あぁ・・・ありがとう、天音。これからも俺達は最強の親友だ」

そう言って頭を撫でた秀の手は、ほんの少し震えている気がした。

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