第19話 支え合う
重々しい沈黙を割いたのは、意外にも父さんだった。
真っ直ぐに貴志の両親を見つめ、口を開く。
「南條さん、申し訳ないのですが、私達は天音の夢を奪う事はできません。
私の妻はオメガ故に、ご存じのように当時の酷いオメガ差別に苦しんできました。当時の妻の希望を根こそぎ奪ったんです。私はベータで妻とは幼馴染だったので、その時の妻の悲しみはよく知っています。支え合っている内に私は妻の事を好きになりました。当初は私がベータなのを理由に踏み出せずにいたんですが、妻も私を愛してくれるようになり結婚して、天音が生まれました。
天音がオメガと分かった時は妻は酷く悲しみましたが、それでも2人で守り、愛情をいっぱい注いで育てようと決めたんです。今はだいぶ差別が緩和されてきているのに、そんな時代に生きている天音の希望を何一つ奪いたくないのです。貴志くんと言う希望も、やっと見つけた夢という希望も、何一つ諦めて欲しくないんです」
父さんの言葉に俺は涙が溢れる。
隣りで聞いていた母さんも負けずと口を開く。
「大きな名前の嫁になる事は重々承知しています。これから礼儀とかマナーとかは私がしっかり教えます。それに、貴志くんが成人するまでは、少なくとも留学から戻るまでは私達が今までと変わらず、天音を守り続けます。ですから、天音から希望を奪わないで下さい」
母さんはそう言い終えると、深々と頭を下げた。
「父さん・・・母さん・・・」
俺は嗚咽を漏らしながらそう呟く。そして、俺も深々と頭を下げる。
「僕は今まで自信なく生きてきました。でも、そんな僕に自信をくれたのも、僕の夢を見つけてくれたのも貴志くんです。そんな彼と僕も一緒に生きていきたいです。貴志くんの側にいる為に僕は努力を惜しみません。ですが、一緒に見つけた夢も諦めるつもりもありません。だから、お願いします」
「天音・・・」
貴志が名前を呼ぶ声がするが、顔を上げれずにいた。
ただ、ひたすら家族三人で頭を下げ続けた。
すると、貴志の父親が口を開き、頭を上げるように促す。
「私達は本当に反対している訳ではないのです。ですが、心配な故に少し度が過ぎた言い方をしてしまった。本当に申し訳ない」
「私も悪かったわ。本当にごめんなさい。私達夫婦はお見合いではあったけど、互いに信頼しあって想いあってきました。ただ、互いにアルファとして厳格な教育を受けたせいか、家庭というより使命を優先してしまって、貴志には本当に寂しい思いをさせていることはわかっていました。この子、本当に笑わないんです。
でも、天音さんと知り合ってから時々私達の前でも笑ってくれるようになって、
だから、天音さんには感謝しているし、反対をするつもりもないわ。
本当にごめんなさいね、泣かせてしまって・・・。私達の悪い癖だわ」
母親は困ったような表情で、俺にハンカチを差し出す。
俺はそれを受け取り、涙を拭いながら大丈夫ですと答えると、貴志が手を差し伸べてきた。俺はその手をぎゅっと掴む。
そんな俺達の姿に貴志の父親が笑みを浮かべる。
「天音さんのお母さん、お父さん、私達も当時の差別は痛いほどわかっています。ですから、2人のお気持ちも痛いほど伝わりました。貴志は私達より遥か上をいくアルファの気質を持っています。その為に、より厳しい教育を受けています。
それ故に天音さんを困らせる事があるかと思いますが、それは私達が責任を持って貴志に教えていきます。中身は大人びていますが、この通りまだまだ子供なので長い目で見てやってください」
そう言って父さんに手を差しのべると、父さんも手を取り握手をした。
ホテルを出てから貴志が少しだけ時間を下さいと、俺の手を引いて両親達から少し離れた所へと連れていく。
そして、俺の両手を握り、俺を見上げる。
「天音、今日はすまなかった。今日ほど自分の不甲斐なさに腹が立ったことはない」
「ううん。そんな事ない。貴志くんのご両親が頭ごなしに反対しなかったのは、それだけ貴志くんが俺の事をちゃんと話してくれたからでしょ?俺はそれが嬉しい」
「天音・・・」
「俺はてっきり劣性オメガはダメだっとか、学がない事で反対されるもんだと思ってた」
「そんな事はありえない。天音は天音だ。劣性とか学とか関係ない。俺の優しくて可愛い天音だ。もし、反対されたら俺は迷わず天音を選ぶ」
「そんな物騒な事言わないでよ。ご両親は貴志くんの事を大切に思ってる。もし、反対されたら悲しませる方法じゃなくて、2人で認めてもらえるまで頑張ればいい」
「ふっ、天音らしいな・・・天音、俺は天音を絶対に悲しませない。寂しい思いもさせない。だから、俺を信じて、俺だけを愛せ」
「うん。俺も貴志くん以外はいらない。大好きだよ」
俺の言葉に返事するように、貴志はいつものように手の甲にキスを落とし、微笑んだ。
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