第17話 夏の終わり

浮気騒動の一悶着が終わり、秀は家に戻ると帰っていった。

取り残された俺と貴志の間には、ほんの少し気まずさが残った。


「天音、少しドライブしないか?」

沈黙したまま立っていた俺に、貴志がまだ少し膨れた顔で手を差し伸べる。

その顔が可愛くて、つい笑ってしまう。

貴志は笑っている俺にため息を吐くと、今度はいつもの優しい微笑みを向けて俺の手を取り、車へと向かう。

どこに行くのかと尋ねても内緒だと言いながら、車に乗り込む。

車が動き始めてもずっと俺の手を握る貴志に、俺は進路を決めた事を話した。

「俺ね、貴志くんがくれる花が好き。一緒に見た花が好き。俺も花達みたいに貴志くんの隣にいれる事に誇りを持って顔を上げていたいんだ」

「ありがとう、天音・・・。自分の夢を見つけられる事だけでも凄い事なのに、俺の事まで考えてくれて、俺の側にいてくれる事を望んでくれて、俺はとても嬉しい」

そう言って俺の手にキスをする。

俺は顔を赤めるが、秀の言葉を思い出してそっと貴志の手を引き、その甲に唇を当てた。

目を丸めている貴志がおかしくて、俺はまた笑った。


「着いたぞ」

そう言われて窓の外を見ると、植物園だった。

貴志に手を引かれながら着いていくと、花が咲き乱れる温室みたいな所につく。

外が薄暗いせいか、ライトアップされた花達はとても綺麗だった。

あまりにも幻想的な風景に俺は顔をキョロキョロと忙しく動かす。

中央には開けた場所があり、そこで貴志が足を止める。

「最初からここに来る事を決めていたが、幸運にも天音が花が好きで花屋になりたいと言ってくれた。俺にとって最高の場所になったな」

貴志はそう言いながら、俺の手を掴んだまま膝をつく。

そして、スーツジャケットのポケットから箱を取り出す。

「天音、まだ早いかと思ったんだが、夏休みが終われば互いに先の事で忙しくなる。その前に俺の気持ちをきちんと伝えたい」

目の前に向けた箱の蓋を開けると、シルバーのシンプルなリングが目に入る。

「俺はこの先も天音以外欲しくない。生涯をかけて天音を愛し、幸せにすると誓う。天音、好きだ。愛している。俺の番になって欲しい。天音に花を贈り続けられる相手に選んで欲しい」

真っ直ぐに俺を捉える目が、俺の鼓動を早くする。

何も言えないまま固まっている俺の名前を、貴志はもう一度口にする。

その声に俺は我に返り、貴志を見つめる。

心臓が耳元にあるのでは無いかと思うくらい忙しなく打ち鳴らす鼓動、少し汗ばむほどの体の暑さ、どれもが俺を息苦しくする。

それでも、震える手を差し出し、緊張で音ににならない程の声を捻り出し応える。

「俺も貴志くんと番になりたいです」

微かな声はしっかりと貴志に届く。貴志は満面の笑みでゆっくり立ち上がり、箱からリングを取り出して俺の指に通す。

そして、俺を見上げながら口を開く。

「すまないが、屈んでくれないか?」

その言葉に頭にハテナマークを浮かべながら、俺は言われた通りに屈むと、貴志の手が伸びてきて俺の頬を包む。

そして、触れるだけのキスをする。

「天音、愛しているぞ」

そう言って微笑む貴志の足元に視線を落とすと、ほんの少し踵が上がっているのが見えた。

その姿に俺は緊張が一気に解け笑みが出る。

「俺も貴志くんが大好きです。俺を見つけてくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。貴志くん、俺も愛してます」

俺はそう言って、さらに身を屈め貴志を抱きしめる。

貴志はゆっくり踵を地面に付け、恥ずかしそうに、見ていたのかと呟いた。

その呟きに俺は吹き出してしまったが、そんな君も好きだと返すと、貴志は苦笑いをするが、もう少し待っててくれと頬にキスをしてくれた。

心が満たされる感覚に、秀が愛される事が一番自信に繋がると言ってた言葉を思い出す。

愛されている自信、愛し続けるという自信、どれもが沸々と湧き上がる。

心地よい温かさに俺は身を浮かべていた。

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