第8話 合宿
夏休みが始まって2週間が経った頃、それまで連絡がなかった貴志からグループL
INEから連絡が来る。
それは、貴志が最初に家に訪れた際、今後のデートの為にと俺と秀、貴志で連絡先交換した時に作ったグループトークだ。
毎回、デートのお誘いはこのグループトークに連絡がくる。
(家業が忙しくて連絡ができずにすまない。何とか時間が作れたから、突然だが三日ほど合宿をしないか?)
(合宿?)
貴志の連絡に、秀がすかさず返事を送る。
(天音のご両親から、進学の勉強もあるので塾に入れるつもりだと聞いた。邪魔をするつもりはないが、そうなると俺との時間が削られる。俺も夏休みは家業の手伝いをしているから尚更だ。そこでだ、勉強合宿をする事になった。
俺が教えれば塾に通う事もなく経済的で、尚且つ天音との時間も作れる。ご両親からもそれならと許可を得た。時間が作れれば、合宿も増やすつもりだ)
連なる貴志の言葉に、何勝手に話を進めてるんだよ!と両親にツッコミたくなったが、実際、貴志は頭もいいし、教え方も上手だ。
あの天才になったかのような気分を味わえるなら、ぜひ、教えを乞いたい。
(うへぇ・・・勉強合宿とか勘弁だわ)
(俺は行きたい)
(えーー)
(秀、安心しろ。秀でも楽しめる様に用意してある)
(行きます!)
秀の掌を返した返事に俺は吹き出す。それから、貴志の希望日が告げられ、俺達はそれに同意した。場所は迎えを寄越すとだけ告げられ、話は終わった。
「わぁお・・・」
案内されたマンションの部屋は、ただただ広い部屋だった。
マンション一階にはコンシェルジュがいて、色々確認もされた。
緊張している俺とは違い、秀は嬉々として部屋中を駆け回る。
カチャリ・・・
ドアが開く音がして後ろを振り向くと、貴志と岬さんが部屋に入ってくる。
「遅くなった。迎えに行けずすまなかったな」
そう言いながら、ネクタイを緩めている貴志に俺はドキリとする。
何でこんなに色気があるんだ!?
何度も見慣れているはずの姿に目が離せない。貴志は大抵デートの時はスーツだ。
子供らしい姿はあまり見た事がない。
それでこそ、遊園地では私服で来たが、泊まりで遊びに行った時すら、寝る寸前までシャツとズボンの姿だった。
それなのに、ただネクタイを緩めている貴志の姿に鼓動が止まらない。
「どうした?天音。顔が赤いぞ?」
秀の言葉に我に返った俺は、何でもないと慌てて言葉を返すが、貴志へと視線を戻せばネクタイを掴まえたままにやりと笑う。
まるで俺の心の中を覗き見たかのように、意味ありげな笑みだった。
その笑みですらドキドキする俺は、自分の中に小さな器が出来ているのに気付く。
その器には蓋が閉めてあるのに、グツグツと中の物が湧き立ち、蓋をガタガタ揺らしているのだ。
その事に俺はダメだという焦りと、妙な心地良さで軽いパニックを起こした。
「貴志、ここは特別に借りたのか?」
秀の問いかけに貴志は違うと答える。
「高校に入る前に買った俺の家だ」
「買った!?」
俺と秀は同時に声を上げる。貴志は何でも無いかのように言葉を続けた。
「南條カンパニーの家系はある程度の歳を行くと、簡単な事業を運営できる。もちろん未成年だから親の管理下にはあるんだが、俺の名前での株をいくつか所有しているんだ」
「かぶ・・・」
まるで合わせた様に俺達の口からは、同時に間抜けな言葉が漏れる。
「どうせずっと1人なんだ。あんなデカイ家にいてもつまらないと思っていたから、進学と同時に家を出たんだ。これくらいの広さが丁度いい。これなら岬も遠慮せずに泊まれるしな。俺のサポートだけでも大変なのに、あんな家で気を使って寝るよりいい。仕事が多忙な時期になると尚更な」
「ご配慮、感謝しています」
2人の会話に互いに信頼しあっているのを感じる。だが、それより貴志の言葉が気になっていた。
(どうせずっと1人なんだ)
この子は、どんな思いで今まで暮らしてきたのだろう。
遊園地での会話でも、その寂しさが垣間見えていたのに、このだっだ広い部屋がちょいどいいなんて、どれだけ大きな家で1人過ごしてきたのだろうか・・・。
改めて見渡す部屋には、本当に必要最低限の家具しか置いていない。
夏なのにほんの少しひんやりする感覚に、俺は言葉を返せずにいた。
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