人格感染ラボの許されがたき不祥事

ちびまるフォイ

そこに人格はあるんか?

「博士……!」


「ああついにできたぞ! これがエジソンの人格だ!」


「あとはこれを選ばれた人間に適用すれば……」


「そうだ。現代に歴史上の天才が戻ってくる。

 きっとこの世界はもっと良くなるはずだ」


「ムダに生きているだけのゴミみたいな人類が、

 みんな天才になってくれるんですね!」


「そうだ!」

「博士! 最高です!」


博士と助手はお互いを祝福し固く握手を交わした。

その拍子に持っていた試験管をうっかり落としてしまった。


「あ」


試験管は地面で割れてしまい中の液体が床に広がった。


「助手くん!」


「は、はい! 急いで換気を!」


「バカ! そうじゃない!」


部屋を密室にしろと言う前に助手は換気のスイッチを入れた。

人格液は蒸発して空気になって空高く散布してしまった。


「は、博士……これからどうなるんですか」


「わからん……。まあたぶん、大丈夫だろう……」


その日は梅雨の時期でうすまった人格液は雨に混じって地上に降り注いだ。

人格液の成分を含んだ雨を肌から吸収してしまっても、その人自身には影響がなかった。


それから数日後のことだった。


「助手くん、起きたまえ。実験をはじめよう」


「んだよ、うっせぇな」


「じょ、助手くん!?」


「なにが実験だよ、勝手にやってろこのカスが!!」


「えええ!? いったいどうしたと言うんだね!?」


助手はまるで別人のような人格をなしていた。

それを見た博士はかつての研究で起きたトラブルを思い出した。


「ま、まさか……」


「てめぇ、なにしやがる!」


「おとなしくしなさい! 今、血中の人格成分を調べてるんだ!」


成分を解析すると助手からは別人格が検出されてしまった。


「やっぱり……君は別の人格になっている。でもどうして……」


「こっちはてめえのように研究室に引きこもってねえんだよ!」


「か、感染……したのか!?」


あきらかに助手の大人しい性格からは考えられない暴力的な言動。

別の人の人格が感染したとしか思えない。


「ちょっと町へ出てくる! 最悪なことになってなければいいが……!」


博士は車を走らせて町へと向かった。

けれど事態はもっと深刻なことになっていた。


暴力的な人格に感染した人が大暴れし、

悲観的な人格に感染した人は自殺をはじめ、

複数の人格に感染した人は精神が壊れ始めている。


「なんてことだ……! 私はなんてことをしてしまったんだ!」


人格液の凶悪な感染力を甘く見ていたことを後悔した。

影響は人間だけでなく、犬や猫も人間の人格に感染し凶暴化している。


「早くもとに戻さないと! このままじゃ社会は終わりだ!」


博士は車を研究所に戻らせようとアクセルを踏む。

けれどタイヤが空転するばかりで前に進めない。


「くそ進めない! 一体何が……!?」


博士がバックミラーで見たのは、大木が車を持ち上げようとしているところだった。

あわてて車から飛び出すと、大きな木が来る前をくの字に折りたたんでいた。


「じ、人格は植物にも感染するのか!?」


暴力的な人格を宿した街路樹や雑草が足を絡めようと襲ってくる。

なんとか振り切った博士はやっと研究所にたどりついた。


「早くすべてもとに戻さないと……」


博士はあらゆる知識を総動員し、アンチ人格液を完成させた。


「できた……! しかし、これを使うべきか……」


完成こそできたが博士はふんぎりがつかなかった。

この薬を散布すればすべての人格が吹っ飛んでしまう。


人格が吹っ飛んだとしても、

人間のカラダに宿る断片的な記憶が

しだいに元の人格を構成するので元通りにはなるはず。


だが、もしも、まだ人格感染しているものが残っていたら……。


「一度白紙にされているから、感染は爆発的に増える……か」


人格を消してしまうので、逆をいえば人格耐性のない瞬間が訪れる。

もしも人格感染がどこかに隠れ潜んでいたら、今度はその人格にすべて感染されてしまう。


けれど迷っている時間などなかった。


「このままじゃどのみち破滅しかない!

 だったらここでやるしかない!」


博士はアンチ人格液を世界中に広く散布した。

もう失敗は許されない。


「50……70、80、90、99、100!!

 やったぞ! すべての生物にアンチ液が浸透した!」


博士は世界中の生物の人格状況を漏らさずモニターしていた。

急ごしらえではあったが、アンチ人格液は全生物へと感染し切った。


「よし、あとは様子を見よう。

 私が外に出てしまったら、私の人格を再感染させかねない」


まっさらになったあとに人格が取り戻される数日を博士は自分を絶対隔離して過ごした。


「そろそろかな」


博士は絶対隔離室から出てきた。

一度まっさらになった人格も、元に戻るだけの時間が過ぎた。


「助手くん、助手くん、いるかね」


「……」


「なんだいるじゃないか。人格は戻ったかい?」


博士は一度まっさらな人格になった助手に声をかけた。

助手はうつろな顔で答えた。



「……ワキマシタ」



「は?」



「オフロガワキマシタ」


「え……?」



「オフロガワキマシタ。オイダキシマスカ」



助手が繰り返す言葉に博士は自分の見落としを理解した。

あくまで人格をゼロに戻したのは生物のみが対象であったことを。



「まさか、物にも人格が感染していたなんて……!?」



今、世界では炊飯器や冷蔵庫などの人格になった人で溢れかえっている。

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