夏の青空

とろり。

第1話 まだ炭酸の残るソーダ水


 自転車で坂道をくだる。自転車が加速していくのにしたがって、体に受ける風が強くなる。汗ばんだシャツに真昼まひるの、少しぬるい空気が吹き抜けていく。


「ふうーーーっ! わあーーーっ!」

 馬鹿みたいに叫びながら下って行く。都会から離れたこの町は、少し気が楽。人はあまり見かけない、見かけたとしても、犬の散歩をするおじいさんぐらいだ。だから、こんなに叫んでもつかまることはない、多分……。


 坂道の先のコンビニが僕の目的地。お気に入りの炭酸飲料を買い、店内のイートコーナーで早速キャップをひねる。


プシュッ


 炭酸が弾ける。キンキン、とまではいかないが、冷えたその炭酸飲料は僕の頭をリフレッシュしてくれる。


「っ! 美味いっ!」


 小言こごとをボソッと叫ぶ。さらにもう一度ゴクッと炭酸をのどに通す。満面の笑みを浮かべながら、「美味いっ!」と続けた。


「隣、いいですか?」


 はたから見たら不気味ぶきみそうな僕に女の子が話し掛ける。突然のことで驚いた僕は、「ひゃい?」と返事をすると大きなゲップを吐き出した。


「ハハハッ! 何それ、面白いよ! もう一度やって!」


 こういうことは頼まれたからって、すぐに出来るようなことではない。


「お願い! もう一回!」


 見ず知らずの女の子は図々ずうずうしく、僕にそう言った。


「そんなの、頼ま、れ、たからって、ゲフッ」

「ハハハッ! 最高!」


 都合の良い僕だった。


「将来お笑い芸人になれるよ、青空そら


 全く見識の無い女の子は僕の名前を呼んだ。僕と同じくらいの背丈で、おそらく同じ中学生だろうか。


「同じ中学ですか? 僕は空下そらした中学の二年生です」

「私は、……、中学校には行ってない、よ」


 さっきまでの笑顔は消え、少し俯いた顔でそう言った。

(じゃあなんで、僕の名前を?)


「じゃあなんで僕の名前を?」

「それは、……」


 女の子は僕に背を向ける。顔を少し覗かせて「それは言えない。でも君にようやく出会えた。君にあのを見せたくて、私は。私の名前はソラ。カタカナでソラ。君と同じ発音の名前」と言った。次いで、手招きをして店の外に僕を連れ出した。



 まだ太陽がてっぺんに昇っている。気温が高いなか僕はなんか見たくはない。コンビニの中でひんやりして居たいのだ。


「あのにはね、沢山の想いがあって、今も地上を見つめている。でも、想いは地上には届かない。の中をぐるぐると堂々巡りしているだけ。悲しい想いが積もると雨になって地上に降りる。けどその雨は想いそのものじゃない。に目を向けるキッカケにすぎないんだよ」

「センチメンタルな話ですね。僕はまだ子供ガキ、果たしてそのが意味するものが一体何なのか、イマイチ実感にわかないです」

「だから連れて行くよに。今日はそのために

「は、はぁ……」

「信じてないなぁ?」

「ま、まぁ。いきなりそんなことを言われてもって感じ」


 パチンッ!


 ソラはデコピンを僕の額に打った。そして微笑みながら、僕の手を握った。



――――


 コンビニの店内にはまだ炭酸の残ったソーダ水が、ぽつんとひとつ置き去りにされていた。ペットボトルの周りには温度差から生まれた水滴が、暖かさと冷たさを中和するように泣いていた。



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