第3話 透明な季節3



 半刻の時間制限が、すでに半分はすぎている。

 ワレスは戦法を変えることにした。


「ジェイムズ。ちょっと」

「うん。なんだい?」

「寮長に頼んで、今度はあの子たちの部屋で、個別に話をさせてもらえないか?」

「わかった」


 ジェイムズはワレスの言葉なら、なんでも嬉しそうに聞いてくれる。いつも事件を片づけてやっているのだから、これくらいは役立ってもらわなければ。


 そこで、寮長が部屋の前に立ち、扉をあけはなしたままでなら、という条件で了承を得た。


 まずはマリーだ。

 マリーはお金持ちの子らしく、部屋には贅沢なものがそろっている。花瓶にはマーガレット。女の子の人形やぬいぐるみ。読本もたくさんある。


「わたしに何が聞きたいの?」

「エクエレンテは誰かに恨まれてなかったか?」

「それはないなぁ。エクエレンテはすごく美人でね。みんなの人気者だったの」

「人気者というのは、意外と妬みを買ってるものだ」

「ジュリーには恨まれてるかも? あの子、前はフランソワーズと親友だったのに、エクエレンテのせいで疎遠そえんになったから」


 あれほど双子のように見えたのに、一人ずつになると、マリーはジュリーの事情を暴露してきた。女の子の関係というのは、ややこしい。


 次はジュリーだ。

 ジュリーの部屋は質素ながら、きれいに片づいている。模範的な生徒のそれだ。


「ジュリー。君は以前、フランソワーズの親友だったらしいね。でも、エクエレンテにとられた」


 少女たちのあいだでは、大人が考えるよりずっと、友情の順位が重要だ。誰が誰をとったの、誰それの親友は自分だのと、ささいなことがケンカの火種になる。


 ジュリーは顔をしかめた。


「もういいの。だってあの人たち、シスターだもの。わたしはそういうのは、ちょっと」

「シスター?」

「妹とお姉さまのこと」

「ああ」


 そういう関係は男子校にもあった。男女を完全に隔絶された学校という社会で生きる、未分化な性の少年少女たちにはよくあることだ。


 次はフランソワーズだ。

 彼女の部屋には人形やぬいぐるみはいっさいない。とは言え、スズランの切り花が飾られ、カーテンはレース。豪華なドレス。机上には口紅まで置かれている。


「君はエクエレンテと特別な仲だったらしいね?」

「ジュリーが言ったの? あの子、わたしたちが仲よくなって嫉妬してたから……」


 ジュリーには動機があるという意味か。

 だが、ジュリーはメレンゲにふれていない。毒を盛るのは不可能だ。


「わたしたち、一生、友達ねって約束したのに、なんでこんなことになったの?」


 フランソワーズは泣きだした。


 最後にアントワーヌだ。この子は怪しい。さっきのうろたえかたは何かを隠している。


 彼女の部屋のなかはお菓子だらけだ。茶会も何も、いつでも自室で甘いものを補充できる。


「アントワーヌ。正直に言えば、怒らない。昨日、マノンとお菓子を盛りつけていたとき、何かしただろう?」


 アントワーヌは泣きはらした赤い目で、ワレスをうかがう。顔には『ごめんなさい』と書いてある。


「まさか、君がエクエレンテを殺したんじゃないよな?」


 アントワーヌは首をふった。


「じゃあ、何をしたんだ?」

「ほんとに怒らない?」

「君の言葉で事件が解決するかもしれないんだ。頼む」

「なら、言うけど。マノンのお母さまのお菓子は、いつも絶品なの。それで我慢できなくって——」


 彼女の告白を聞いて、ワレスはあきれた。

 ジャムやクリームを小皿に盛りつけたあと、カラになったビンにこびりついたわずかな残りを、アントワーヌは指をつっこんですくい、なめたというのだ。


「なめた? ジャムを? クリームは違うだろう?」

「ジャムもクリームも」


 だとしたら、状況は大きく変わってくる。エクエレンテが食べて倒れたというクリームには、毒が入ってなかったのだ。


 もしそうなら、毒入りだったのは、メレンゲのクッキーだ。それに毒をまぜこめるのは、マノンの母以外にいない。


 なぜ、マノンの母が娘の友達を?

 そう思っていると、アントワーヌはさらに変なことを言う。


「メレンゲも食べたわ。マノンが見てないすきに、三つほど」


 ワレスは一瞬、クラクラした。

 なんという食いしん坊。スイーツへの執着がスゴイ。しかし、おかげで、マノンの無実は証明された。



 だが、そうなると、いったい、誰がどうやってエクエレンテに毒を飲ませたのか?

 それとも、ただの病気の発作だろうか? 生まれつき心臓病だとか?


 そのとき、外で時告げの鐘が鳴った。寮長が渋い顔で宣言する。


「お時間です。寮から出ていってもらいましょう」

「待ってくれ。あと五分5ミールだけ時間をくれ」

「半刻あっても解けなかった謎が、たった五分で解けますか?」


 ワレスはある人の室内を脳裏に浮かべた。思えば、最初から彼女の態度はおかしかったのだ。ワレスの美貌を見ても、一人だけ憂い顔だった。


「問題ない。五分で解決する」

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