第1話 おばあさまの指輪2



 形見の指輪が盗まれた。

 しかも、それは代々、ティンバー子爵家に伝わる家宝とも言えるものだ。


 みんなの顔色が青ざめる。

 友達の指輪を盗んだなんてことになったら、社交界ではずいぶん世間体が悪い。


「あっ、でも、僕は違うよ。だって、テーブルのこっちがわにいるしね。とてもそっちまで近づけないよ」


 そう言いだしたのは、いとこのマルタンだ。たしかにジェイムズのむかいの席にいるので、彼の場所からは、どんなに手を伸ばしても届かない。

 そもそも、少年たちが髪や体をゴシゴシしていたあいだも、伯母や母はずっとテーブルを見ている。誰かが反対側から手を伸ばせば、いやでも目につく。


「それなら、僕も違う」

「僕もだ」


 シュザンヌ、グルベルト、オードルが続けざまに主張する。が、オードルはジェイムズのとなりの席だ。こっそり手を伸ばせば、とれなくはないのではないか、と、ジェイムズは思う。


 しかし、そんなことがあるだろうか?

 ここにいるのは、ジェイムズのごく親しい友人ばかりだ。小さな子どものころから、家ぐるみの交際がある。友達のものを盗むような子はいないはずだ。


 それに、貴族同士の交友だ。みんな、子爵や男爵の子息たち。誰も生活に困ってはいない。第一、指輪というのは少年が欲しがるものではなかった。


 いや、それとも、アレだろうか。伯母が言っていた、あの指輪を渡して求婚したら、必ず叶うというやつ。


 友人たちのなかに、女の子に片想いしてる子がいたなら、あるいは恋を成就させたいと思って欲しくなった……かも?


「ジェイムズ。ほんとに下に落ちてなかったの?」


 グルベルトが言うので、再度、地面にはいつくばって探す。ジェイムズの近くをキャアキャア言いながら、ジュッペがかけまわる。抱きついてくるのをひきはなして、念入りに探した。が、ない。


「……ない」

「さっき、僕らが髪をふいてたとき、小間使いがカップにお茶をそそいでまわってたよね?」と、今度はシュザンヌが小間使いを疑い始める。


 小間使いのテレーザは顔をひきつらせた。


「わ、わたくしですか? わたくしは何も……」


 伯母が顔をしかめて、説教を始める。

「まあ、ジェイムズ。なんでも召使いのせいにするのは、よくないことですよ。テレーザは正直なよい娘です」


 たしかに、テレーザは優しくて働き者だ。長く屋敷に仕えてくれているし、そんなことをする人物とは思えない。

 でも、友達を疑いたくもない。いったい、どうしたらいいのか、ジェイムズは途方に暮れた。


 すると、とつぜん、ルーシサスが口を出す。


「ジェイムズは指輪をはめてたよ。さっき、髪をふいたあと」


 やっぱり!

 そうじゃないかと思っていた。なんとなく、そんなおぼえがある。ハッキリと意識してはいなかったが。


「でも、それなら、なんで指輪はなくなったんだ? ここにすわってお茶を飲んでるあいだ、誰も僕のそばには近よらなかったのに!」


 みんなはゾォッとして、たがいの顔をながめた。

 姿の見えない何者かが、白昼堂々と指輪をうばいとったのか?

 でなければ、ジェイムズの手にふれることなく、念じるだけで指輪をぬきとった?

 なんにせよ、ありえない。


 と、そのときだ。

 離れた席にいたワレサが立ちあがり、ひかえめに声をかけてくる。


「あの、僕なら、指輪のありかがわかるかと存じます」


 ワレサは金髪碧眼のものすごい美少年だ。だが、貴族ではない。さきごろ、ルーシサスの家にひきとられたみなしごである。従者として来てはいるが、おとなしいので誰も彼を気にかけてはいなかった。たったいま、その瞬間までは。


 だが、それにしても、彼の姿はどうしたことか。ちょっと見ないうちに、だいぶかわいそうなことになっていた。物語のお姫さまのような美しい巻毛に、リボンやら花やら、てんこ盛りにされている。

 そういえば、ジュッペが何やら彼にまとわりついていた。


「君に指輪の行方がわかるの?」

「はい。おそらく」

「誰が盗んだのかも?」

「それは一人しかおりません」

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