Note 5 実験棟
実験棟。この世界で初めて目覚めた場所を、A.I.R.はそう呼んだ。
この世紀末化した日本に転生して、〈BATiS〉福島実験都市で生活を始めて一カ月が過ぎた。目覚めたときはベッドしかなかった部屋も、今ではだいぶ様になってきた。
ライト、テレビ、パソコン、ポータブル電源。テント、キャンピングコンロ、浄水装置、ウォーターサーバー。電池、ロウソク、マッチ、ライター。服、下着、靴、ガスマスク。とりあえず生活に必要そうな物は何でも集めた。電源が入ったところで使い道がなさそうな物も生活感を出すためにとりあえず置いてみた。
大抵の物は実験棟の周辺で揃えた。実験棟のある〈BATiS〉福島実験都市の中心部、会社の施設内部は荒らされた痕跡は少なく、戦争後は静かに朽ちていったような雰囲気だった。あまり荒らされていないので、研究施設に行けば薬やサプリメントがあったし、食堂に行けば保存食があったし、死体を漁ればガスマスクのフィルターかバッテリーが手に入った。
廃墟漁り、スカベンジングは楽しかった。日に日に物が増え、自分だけの世界を作っていく感覚は、幼い子供のころに夢見た秘密基地のようだった。
廃墟を漁るにしても、何をすればいいか、どう行動すればいいかは全てA.I.R.が教えてくれた。〈BATiS〉の開発したこの自立型アシスタントAIは、AI革命時代と呼ばれたかつての世界のどんなAIよりも賢く、正確で、親しみやすかった。実験棟でこのAIが搭載されたアイウェアや操作用コンソール、予備バッテリーを最初に入手できたことは幸運としか言いようがなかった。
実験棟での生活は充実していた。生活にも少しずつ余裕ができている。
今後は遠出して別の拠点も作りたいという話をすると、「まずはこの場所の守りを固めるように」とA.I.R.に言われた。
A.I.R.のアドバイスで、実験棟の周囲にトラップを仕掛けた。触れると音が鳴る、空き缶で作った鳴子レベルのものだが、今後は爆発物の取り扱いをA.I.R.に教わり、もっと殺傷能力のあるトラップの設置も考えている。
初めて生きた人間と出会ったあの日、初めて人を殺したあと以降、町には日に日に人の気配が増している。前は白骨死体か腐乱死体しかなかったが、最近は明らかに死体の鮮度がよくなっている。多くは野垂れ死んだ放浪者だが、前に見たような国防軍の古臭い森林迷彩を着た者や、パシフィックパターンなる迷彩服を着た国防軍よりも数段機能的な軍装の中国軍兵士も死体として現れ始めている。
相変わらず武器は心許ない。最近ようやく国民拳銃を携行するためのホルスターを手に入れたが、対応する9㎜拳銃弾薬は増えていない。
ここは、実験棟は家だ。この世界で唯一の家。誰からも邪魔されない家。これからも二人が暮らす家。どんな連中が現れようが、絶対に渡さない。
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