君が吐いた一つの嘘。

沙月雨

1日目




 雨が嫌い。雷が嫌い。

 だって、それは全て『あの日』のことを鮮明に思い出してしまうものだから。


 だから、雨が降り、雷が鳴り止まなかったその日に。



「こんにちは。貴方を迎えに来ました」



 そう言って唐突に表れた死神あなたのことも、大っ嫌いだった。






 ◇◇◇






 ————人は驚いたときほど、声すらも出なくなるという。

 最初にそんなことを聞いたのは、小学校で不審者の話を聞いた時だったか。


 バカらしい、と思った。

 そんなわけがないと。驚いたのなら人は反射的に声が出るはずだと、心の中で反論したことは覚えている。


 けれどそれは、あながち間違いでもなかったらしい。

 都市部にある病院の一室で、鎌を喉元に突き出されている状態は、知らない人が見たらドラマの光景か何かだと思っただろうか。



「っは、」



 けれど実際は、私は何も言えずにただ固まっているだけというなんとも滑稽な状況で。ナースコール、と手を伸ばそうとしたけれど、生憎指先はピクリとも動かなかった。

 ごくり、と息を呑んだ拍子に乾いていた喉がわずかながらも潤うが、声を出すことはできない。


 そんな私をじっと眺めてから、それ・・はフード付きの大きなローブを被り、顔のパーツで唯一見える口元で弧を描いたまま、もう一度声を発した。



「こんにちは」



 何を言っているんだろう、とぼんやりした頭で考える。

 まるで紳士のように丁寧にお辞儀をするその姿は、ただ白いだけの病室にはどこかアンバランスに見えた。



「…………あ、なた、誰」



 そして、やっとのことで絞り出した声は小さく掠れていて。

 けれども、視線だけは外さないように睨みつけた私を見て――――その視線に含まれるものがおそらく『敵意』だとわかっていながらも、『それ』はローブの下で笑みを形作ったまま、…………口を開く。



「僕は死神です。————貴方を迎えにきました」











「それで、なんでこんな事になってるんですかねえ」



 ずず、とお茶を啜りながら目の前の所謂死神というものは首を傾げる。誘ったのは私だが呑気なものだ、と思いつつ、私は痛む頭を押さえながら先程のことを思い出した。



『僕は死神です。貴方を迎えにきました』

『は?』

『それで、僕たち死神は人間が死ぬ前に『願い事』を三つ叶えるというルール? 慣習? があって』

『は?』

『そして、魂の回収役、つまり今回は僕が貴方の願いを叶えます。あ、ちなみに叶えられるのはあくまで簡単なことと、死神の管轄内である『死』の世界への干渉だけです。あしからず』

『は?』



 本日三度目の「は?」をお見舞いしたけれど全く効果がないその死神はマイペースにははは、と笑う。

 そんなそいつにとりあえず座って、と言ったのは私だけれど。



「…………確認のために聞くけど。最後の願いを叶えたら、私と貴方はどうなるの?」

「寿命が尽きたとされたその時、貴方の魂は天界へ行きます。僕は任務が終わったとされたら、貴方の前から消えます。まあ、そのタイミングはわかりませんが」



 神様は気まぐれなんです、とローブ越しに肩をすくめて見せる死神を見つめる。

 しばらく見つめてみるも口元は穏やかな曲線を描いていて、私は小さくため息をついた。



「ちなみに、私の寿命は?」

「タイムリミットは一週間。一週間後の午前零時、貴方は静かに眠りにつきます」



 で、その魂を僕がサクッと回収するわけです。


 そう言って笑ったそいつは、もう一度音を立ててお茶を啜る。

 午前四時、誰もいないとはいえ遠慮なくもてなされる死神に、私は眉に皺を寄せながら口を開いた。



「私は三つ目の『願い事』を叶えたら、その一週間になる前に死ぬの?」

「いえ。三つ目の『願い事』を叶えても、寿命が尽きるその日までは生き続けます。逆にいえば、例え願い事を一つや二つしか叶えていなくても、あなたは強制的に眠りにつきます」

「そう」

「それが何か?」

「いや、別に」



 何にもないと目を逸らしたけれど、先ほどまでお茶を啜っていたはずの隣の死神から視線を感じる。

 人の寿命は遠慮なく教えてくるくせに、と見つめられる視線に文句を言いながら、私は結局小さく声を発した。



「早く死ねるかなって、思ったのよ」

「…………なぜそんなことを?」

「それこそ貴方に話す義理なんてないでしょ」

「それは確かにそうですね」



(ポーカーフェイスとはいうけれど)



 死神こいつは、逆にずっと笑みを浮かべていて、思考が読めない。


 そこまで考えたところで無駄と首を振り、私は終始笑みを浮かべている死神の方を向く。

 早速願い事ですか? と聞かれた問いを無視して、「まず、それ」と言葉を放った。



「…………どれですか?」

「それ。その気持ち悪い敬語、やめて」

「気持ち悪いって、ひどいですね」

「それが気持ち悪いって言ってるの。願い事にしてもいいからやめて」

「…………別に、こんなことは願い事にならないけど」



 まあいいよ、と死神は頷く。

 けれど敬語は直れども口元に浮かべる笑みは変わることはなくて、私はじっとその口を見つめた。



「何?」

「いや、その気味悪いポーカーフェイスも崩れないかなと」

「さっきから口悪くないかな?」

「というか口元にほくろあるのね。死神なのに」

「話を逸らしたね」



 細工が細かい、と呟くと、「まあね」となんだかはぐらかしたような返事が返ってくる。

 それに私は何か話してくれるかと期待して見つめてみるけれど、変化はない。



「死神について話しちゃいけないルールなの?」

「まあ、進んで話すものでもないかな」

「『願い事』を使ったら?」

「話せない事もない、とだけ」

「じゃあ、使う」



 今使っていいの? あとで後悔するよ? と何度も念を押してくる死神に鬱陶しい、と返す。

 鼻と眉間に皺を寄せた私の顔に、そいつが一瞬ふっと表情を崩した気がした。



「ん、今笑った?」

「僕はいつも笑顔だよ」

「そうじゃない。もう一回やって」

「…………君、最初は警戒してたのに距離近くない?」



 とりあえず、さっきの『願い事』を叶えるから、と距離を離した死神に渋々頷き、私はベッドから乗り出していた体を戻す。

 お茶を出すぐらいの簡単な動きはできるがそこまで体力はない体は少しだけ眠気と怠さを訴えたけれど、それに気づかないふりをして話を促した。



「————まず、僕たち死神は何者かについて話そうか」







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