辿り着いた場所【中編】
「そうです。私は最初から『本物に近い』という事を開発目標としてきましたが、私自身も貴女とお話しした時点では、まだどこか絵空事のように思っていました。それどころか、後になって大見得を切ってしまったと頭を抱えたほどです。普通のお菓子の食感を変えるならまだしも、必要な栄養素を練り込んだ生地を使って本物に近い食感を出さなくてはならないのに、私自身にはそのノウハウがありませんでしたから」
「意外です。とても自信がおありに見えたので」
「お恥ずかしい。あのときは強がっていただけですよ」
グラセ王子はトルテ姫と最初に話したときの事を思い出しているのか、わずかに頬を染めました。
「……ですが、BKFP002殿と出会い、『本物に近い食感をブレヴィティを作る事は、途方もない夢ではなく到達可能な目標なのだ』と思えるようになったのです」
「まあ。そうだったのですか?」
「私がひとつアイディアを出せば、BKFP002殿はそれを形にするためのアイディアをいくつも出してくれますから。あの方は本当に素晴らしいですね。教え方も丁寧ですし、どこで身につけたのかと思うほどの技術と知識をお持ちです。世界で数人しか扱えない伝統技術まで修得されていたとは夢にも思いませんでした。トルテ姫と同じように、なにか特別な修業を積まれていたのでしょうか?」
「いえ、そういうわけでは……。きっとBKFP001……前任者のおかげですね」
「トルテ姫がいま、ここにいる理由となった方ですね」
「はい。彼は自分が研究したデータをすべてわかりやすくまとめてBKFP002に託したと聞いていますから」
「そうだったのですね」
トルテ姫はしっかりと頷きます。
「…………
アンドロイドとヒトといった種族の違いだけでなく、絶対的な能力の優劣が二人を隔てているのだとトルテ姫には思えてなりません。
「BKFP001殿が優れた菓子職人だったという事は私にもわかりますが、各人の腕前を客観的に比較する事など不可能ではないでしょうか? 本物のスイーツと、そのスイーツを再現したブレヴィティとを比較する事が出来ないのと同じに」
グラセ王子は彼女の手の中のブレヴィティを一瞥しました。
「それは……わかっているのですけれど…………」
トルテ姫はまだ腑に落ちない様子で黙り込んでしまいます。
「……ところで、トルテ姫もシュークリームを作られていたのですね」
グラセ王子は向こうに置かれた皿を目敏く見つけたようでした。
「はい、奇遇な事に。グラセ王子の持ってきてくださったブレヴィティと食べ比べが出来ますね?」
「そうですね。フレーバーをより本物に近付けるためにも、比較対象があるのはとても有り難い事です。こちら、いただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。グラセ王子のお口に合えば良いんですが」
トルテ姫は冷蔵庫からシュークリームを出しました。
「…………トルテ姫はお菓子作りを始められて五年ほどでしたか?」
長い咀嚼を終えたグラセ王子は、口元を拭います。
「はい。ちょうどそのくらいになります」
「五年でここまで……。すごいのは貴女のほうではないですか」
グラセ王子が社交辞令を述べる人でない事は知っていましたが、いまのトルテ姫には彼の心からの賛辞も届きません。
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