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ルーカスはしばらく彼女の頭に手を乗せていたが、ずっとそうされていると流石にそろそろ懐かしさよりも気恥ずかしさが勝ってくる。
「…そろそろ手を退けろ、ルカ」
「おっと。これは失礼、ロッテ嬢」
静かに抗議すれば、わざとらしいその言葉と同時に、彼の手は彼女の頭から離れていった。
離れていった手の感触に少しだけ寂しさを感じつつも、彼女はフードを被り直す。
「…いつも思うのだが、なんじゃその演技は。わざとらしいにも程がある」
「わざとらしいとは失敬な。これでも敬意を込めてるんだぞ?何せあんたは由緒正しいお家のお姫様だからな」
ルーカスがしつこくも彼女をお姫様と呼ぶ理由、それは少女の身分にあった。
彼女の名は、シャーロット・クレイドルといった。
ハミルトン・ヴァレーのすぐ隣の領地を治めているクレイドル公爵家の長子にして次期当主。この街では隠しているが、それが彼女の正体であった。
公爵家が数えるほどしか現存していないこの国では、最も高貴な身分をもつ人間の一人ということになる。
「そんな"由緒正しいお姫様"を危険に晒す気か?そなたは」
「そこは心配しなくていいだろ。ここ俺の街だし」
この街を『自分の街』と言い切るこの男の名は、ルーカス・ファミリアといった。
ルーカスは、ハミルトン・ヴァレーに本拠地を構えるギルド『ファミリアワークス』のギルド長であるのだが、実質的にこの街を治めている人物でもあるのだ。
身分こそ平民ではあれど、広い人脈と確かな政治的手腕をもつ彼の、世界に与える影響力は計り知れないものがある。
少女からしてみれば、この男は歳の離れた友人である以前に、簡単に言えば"交流を深めておいて損のない"人物。ある意味では、似たような立場に立つ人間だと言ってもいい。
自分の領地と隣領の友好関係の構築の為、他の領土への理解と認識を深める為、彼女はこの街をお忍びで訪れる。
…と、いうのは建前で、本当の理由はあくまでも息抜きの為である。
優しいけれど厳しい父母と、とにかく厳しい祖父からの重圧と責務。公爵令嬢として、彼女に与えられるそれらに耐えかねて、彼女は度々自室を抜け出すのだ。
それでも一応、「この男に会いに来た」という部分だけは間違いないのだが。
「ルカ、次はあそこに行くぞ!」
「へいへい…どこへでもお供致しますよ、お姫さま」
貴族の少女と、歳の離れた平民の男。本来ならば出会うこともなかったであろう二人は、ある日この街で出会った。
男は少女にとって初めての"同等な"友人となり、お忍びの護衛役となり。
彼女が初めて抱く、淡い想いの相手となったのだが…そのことに当人たちが気付くには、まだまだ時間がかかりそうだ。
この後はどこに行こう?何をしよう?そんな期待と高揚感に、彼女の足取りは一層軽やかになる。
今はまだ、無邪気に笑う彼女の後ろで、ルーカスは淡く笑みを浮かべていた。
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