1-3

「…なあ、そんなんで良かったのか?」


 露店を後にして、二人はまた並んで歩き始めた。

 より一層上機嫌になった少女に対し、その斜め後ろを歩くルーカスの顔には心なしか戸惑いの色が浮かんでいる。


 先程彼女が露店で選んだのは金色のヘアピンで、その先端には綺麗に磨かれた緑色の石の飾りがついている。シンプルながらも丁寧な細工が施された品で、一見した限りでは高級品に見えなくもない。

 しかし、実際の価格はかなりお求めやすい金額であり、あの露店に並べられた中でも最も安価な商品の一つだった。それを思えば、彼の懸念も理解できる。


「これでいいのじゃ!」

「…ならいいが」


 しかし、少女の顔に浮かぶのは満面の笑みばかり。

 少女らしい無邪気な笑顔のまま、彼女は手にしたヘアピンを日に翳す。ピンの先に据えられた石は、光が当たると彼女の後ろを歩く彼の眼とよく似た輝きを放った。


 だから─というわけではないが、彼女はこのヘアピンが気に入ったのだ。

『どれがいい』と聞かれたとき、彼女は他の商品にはほとんど目もくれずにこのピンを指さしていた。言うなれば、"一目惚れ"というヤツだ。


 今すぐ鼻歌でも歌い出しそうな勢いの彼女に対し、彼は口を開いた。


「…まさかとは思うが、あんたそれ本物の宝石だと思ってないだろうな?」


 煙草の煙と一緒に告げられたその言葉に、彼女は愕然とする。

 彼の言う通り、この石は本物の宝石だと思っていたのだ。


「ち、違うのか?」

「んなお高いもん、こんな道端で売ってる訳ねえだろ」

「だ、だって、こんなに美しいではないか!?」

「そうか、そりゃあの店主に言ってやれよ。喜ぶぞ」


 道理で、普段ツケ払いばかりしているルーカスが即払いするくらいには安いわけだ。

 呆然と呟く少女を面白がるように、彼はニヤリと口元を歪めた。



 ◇◇◇



 あんたもまだまだだなあ、と尚も面白がるルーカスに、少女は憤慨したように頬を膨らませる。

 我ながら子供っぽいと、内心その仕草を後悔しながら。


「今はまだいいけど、今後変な奴に騙されねえように気をつけろよ?あんたイイトコの姫さんなんだから」

「…むぅ」


 彼女はまたも子供っぽい仕草で、ぷいっとそっぽを向く。どうにも耳の痛い話だったのだ。

 どうにか話題を変えようと、頬を膨らませたまま、彼女は不満げに呟く。


「なあルカ…その『姫さん』とかいうの、やめてくれぬか」

「はあ?今更なんだよ。嫌か?」

「身元を隠せと言ったのはそなたではないか。自ら明かすようなことをしてどうする」

「別に良くねえか?本名じゃないんだし」

「そういう問題ではないし、そもそも私は姫ではないと言っておろう!」

「俺からすれば、貴族の娘さんなんざ全員お姫さんに見えるがなあ」

「だとしても、本当のお姫様方に失礼じゃろうが!『姫さん』ではなく『ロッテ』と呼べ、といつもいつも…」


 彼女にとっては見上げるしかない身長差のある彼に向かって勢いよく声を荒げると少女のフードははらりと脱げてしまい、少女の肩まで伸びた艶やかな茶髪と血色の良い白い肌が露わになる。しかし、少女がそれだけ声を荒げても何も響いていないのか、ルーカスは煙草片手にへらへらと笑うばかり。


 なおも言い募ろうとしたその時。何か違和感を感じて、彼女は立ち止まる。

 ルーカスではない、彼女の知らない別の誰かの気配。悪意をもった、誰かがそこにいる。

 彼女は即座に後ろを振り向くが、その先に立っているのは、ルーカスただ一人。いつも通りの、見慣れた光景だった。


「…ルカ?」

「おう、どうした姫さん」


 さっき、彼ではない誰かの気配を確かに感じたのに。今はもう、何もない。

 気のせいだったのか。いやそれとも…?

 モヤモヤした疑念がどうにも抑えきれず、彼女は首を傾げる。


「ま、呼び方については諦めろ。あんたは『姫さん』以外しっくりこねえ」


 傾げられた彼女の頭に、ぽんと置かれる手があった。ルーカスの手だ。

 フード越しでなく、直接髪に触れる手の感触は、普段の仕事によるものかどことなくごつごつしているけれど、なんだか温かい。

 なんとなく気恥ずかしいが、どこか懐かしい感触だ。こうして直接触れてもらったのは、いつぶりだろう。

 そんな感慨にふけりながらも、彼女は頬を染めて俯いた。


「…子供扱いするでない」

「諦めろ、あんたはまだ子供なんだから」

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