第51話 リーフ探し6――覚悟

 そこには何十もの店が立ち並び、本来なら禁止されている海外の商品などを、店の店主が道行く人に売りつけようとしていた。


「この何十もある店の中のどこかに紛れているってことですね」

「そうだね……はたしてどの店にあるのやら」


 どの店も台いっぱいに商品を敷き詰めている。リーフが店の奥に置かれている可能性もあるので、一件ずつ確かめていくしか方法はないだろうか。


「うん、めんどくさいな」

「それを言っては駄目ですよカルロさん……」


 清々しい顔でそう言ったカルロにシエラは苦笑した。

 だが、気持ちはわかる。ここがちゃんとした店ならまだいいのだが、違法なものを売っている、そもそも営業許可を取っていない人物たちが開いている店なのだ。

 店主にリーフがあるかどうか聞くだけで、他の商品を売りつけられそうで少しばかり面倒くさい。


「よし、シエラ。ここは景気良くいこうか」

「え?」


 カルロに言われた言葉の意味がわからずに首を傾げたシエラの隣で、カルロは大きく息を吸った。


「――オレはリーフ型の石を探している! 特徴は太陽にかざすときらきらと輝く透き通った石だ。もし持っている者がいれば名乗りあげてくれ! 言い値で買おう!」

「なっ⁉︎」


 カルロの言葉にシエラは驚いた。

 それはそうだ。こんな闇市で言い値で買うなどと言えば……


「あるぞ! この店にある!」

「いや、うちにもある!」

「いいや、うちのが!」


 カルロは店主たちの注目を一身に浴びることになる。

 想像通り店主たちはうちのはうちのがと騒ぎ出した。


「ちなみに偽物やただの類似品だった場合は即刻斬るからな」

「……」


 カルロがちらりと剣を鞘から覗かせると、先程の騒ぎが嘘のように静まり返った。


「……これ、は違いますかい?」


 そんななか、一人の男性が布に包まれたなにかを持ってシエラたちに近づいた。


「拝見しても?」

「はぁ、もちろん。ただ、あんたさんが求めているものかはわかんねぇですがね」


 男性から受け取った布をカルロは捲る。そこには枯葉のような茶色のリーフがあった。


「よし、一発で正解だ!」

「カルロさん……荒技すぎませんか……?」

「冒険者には勢いも大事なんだよ、シエラ」


 カルロがリーフを空にかざすと、石はきらきらと輝いた。

 これが本物であることはすでに四つのリーフを集めたシエラたちからすればすぐに判断できるが、だからといってカルロの豪快さには驚いた。


「金はくれるんでしょうね?」

「ああ、もちろん。これくらいでどうだ?」

「なっ、こりゃあいい! いつか馬鹿な貴族に高値で売りつけてやろうと思っていたが、こっちの方がいいな! ありがとよ!」


 男性はカルロに手渡された袋の中身を確認すると元気よく自身の店の方へと走っていった。

 ちなみにシエラの位置からではいくら入っていたか正確にはわからないが、袋の膨らみ方とちらりと一部だけ見えた金貨の量からとんでもない額だということはわかった。


「本当によかったんですか?」

「ん? ああ、伊達に元Sランクギルドマスターをやってないってことさ」


 いまだに少し躊躇っているシエラの問いにカルロは笑って答えた。大金を手放したというのに、まったく気にしている素振りはない。

 シエラに短剣をプレゼントしたことといい、今回のことといい、カルロはいったいいくら貯金が……いや、考えるのはやめておこう。


「じゃあルルのところに戻ろうか」

「はい。あっ、その前に少しだけ寄り道していいですか?」

「ああ、もちろんだよ。どこに行くの?」

「回復ポーションの買い足しなのでカルロさんは先にルルちゃんのところに行っててください。私も買い出しが終わったらすぐに行きますから」

「そう? わかった」


 闇市を出て、ハビスカの中心の方まで戻るとそう言ってカルロと別れる。余裕がないわけではないが、在庫が減ってきていたので念のために買い足しておこうとシエラは数ヶ月前まで行き慣れていた道具屋に入った。


「いらっしゃいませー」


 いつもの若い男性店員に迎えられ、いつものように回復ポーションを買う。


「ひさしぶりですね」

「え……あ、ああ、はい。ちょっと今はいろんなところを冒険中で」


 会計を済ますと、店員に声をかけられてシエラは驚いた。

 まさか覚えてもらっていたとは思わなかったのでつい反応に遅れてしまった。店員に顔を覚えられるのはなんだか気恥ずかしいものだ。


「へぇ、お気をつけて」

「ありがとうございます」


 商品を受け取って店を出る。

 たしかに多いときは週一のペースで通っていたが、まさか顔を覚えられていたとは、気恥ずかしくもなんだか嬉しい。


「はやくルルちゃんたちのところに行かないと」


 シエラのことを常連だと思ってくれていた店員や、よく行っていたパン屋のおばさん。懐かしくも変わらない顔ぶれを見て、シエラは気合を入れる。

 絶対にこの街を守りために、厄災を止めなければならない。

 シエラは一歩踏み出して、子供の笑い声で足を止めた。


「次は僕の番ね!」

「ちょっとー!」

「こらこら、ちゃんと順番は守りなさい」

「はーい!」


 思わず視線を向けた先には柵に覆われた敷地内でのびのびと遊ぶ子供たちの姿。

 そしてその子供たちの面倒を見ている、シエラもよく知っている職員たちの顔。


「――ああ」


 そこはシエラの育った保護施設だった。

 まだ施設にいた頃はよく大きな敷地内でかけっこをして遊んだものだ。雨の日には図書室で本を読んで、元冒険者の職員から冒険譚を聞いて。

 楽しかった幼き頃の思い出が蘇って、悲しくもないのに涙が出そうになった。


「私、頑張るからね」


 行きつけの道具屋のお兄さんのためにも、パン屋のおばさんのためにも。もちろんシークたちのためにも、そしてなにより一番世話になったこの施設のみんなのために。

 シエラは小さく決意を口にした。


 ハビスカはシエラがギルドの追放宣言をされた街。けれど、それ以上に楽しい思い出の詰まった、大切な人たちのいる街だ。

 絶対に、守らなければならない。


 シエラは視線を子供たちからずらすと、街の出入り口に向かって歩を進めた。


「――シエラ、気をつけるんだよ」


 見知った職員たちに声をかける気も、顔を覗かせる気もなかった。

 彼らが今、当たり前のように感受している幸せを守るために、シエラは足を踏み出したつもりだった。

 けれど。


「……はい、行ってきます!」


 背後からかけられた声に、振り返ることなく返事する。

 何度も聞き慣れた、シエラの親と言っても過言ではない職員の声。

 きっと、一人ではない。たくさんの職員が、シエラの進む先を優しく見送ってくれている。シエラが無事に帰って来られることを願ってくれている。

 それくらい、振り返って見なくても容易に想像できた。


「行ってきます」


 もう一度、誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。

 施設にはギルドを追放されてからろくに顔を出せなかった。だからこの厄災を鎮めたら、今度はなにか手土産を持って訪れよう。


 たまには里帰りも悪くはない。

 シエラは次は職員たちとゆっくりお茶でもするためにここに来れるようにと今一度覚悟を決めて、今度こそ歩を進めた。

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