第40話 近づく厄災3

「あれだ、オレの前のギルド……タージャのギルドはどうした? あれもSランクギルドのはずだけど。もしかして他のミッションでも受けているのか?」

「いいや? 貴様の言うタージャがギルドマスターを務めていたギルドならとっくに解散したが?」

「えっ」

「!」


 カルロの問いにタージャはそう簡単に言い放った。思わずシエラの口から驚きの声が漏れる。


「カルロが脱退してすぐに書類仕事が忙しいなど色々と理由をつけてミッションを拒否。それが何度も繰り返されたため、ギルドランクをAランクに降格。さすがにまずいと思ったのか、今度はミッションに挑むも失敗して帰還。Bランクに降格。最後にはギルドメンバー内で仲違いを起こして解散した」

「そんな……」

「……はぁ」


 元いたギルドの現状を知ってシエラは驚き、カルロはため息をついた。


「これで数少ないSランクギルドがまた一つ減って、ミッションを捌けなくなった。それにさっきも言っただろう、最近はSランク事案のミッションが多発していると」


 驚くシエラたちを他所にルージュは話を続ける。


「いいか、これは異常事態だ。今までこんなにもミッションの発令が頻発することはなかった。だからギルド組合はこの現状を厄災ランクのものと仮定した。各地で問題が多発する原因を探し、それを解決するために尽力せよ」

「オレたちはCランクギルドだぞ」

「ああ、べつに断ってくれてもかまわないさ。まぁ、自分の故郷が災害に見舞われているのを放っておいてもいいというのならな」

「……チッ」


 カルロが悔しそうに表情を歪めたのが見えた。

 たしかにシエラたちのギルドは本来ならミッションなど命じられないCランクだ。しかし困っている人がいる、しかもそれがカルロの故郷のことだというのなら放っておけるはずがない。


「行きましょう、カルロさん」

「シエラ……でも、ギルド組合が厄災ランクだと判断したミッションだよ? どんな危険な目に遭うかわからない」

「それならなおさら放っておけないじゃないですか」

「……シエラ」

「ふん、ギルドマスターの方が話が早いな」

「おまえな……」


 シエラの覚悟の決まった表情を見て眉を下げていたカルロだったが、ルージュが鼻で笑うとキッと睨みつけていた。

 ルージュは気にする様子なく、また鼻で笑うと口を開いた。


「久々の再会に長ったらしい無駄話をしてしまったが、そろそろ本題に入ろうじゃないか。貴様……貴様たちのギルドに対して発令されたミッション内容はこうだ。カルロの生まれ故郷でもあるベラーガで謎の疫病が流行っている。その原因を突き止め、解決すること。内容自体はいたってシンプルなものだろう?」

「謎の、と言うのが気になることろだがな」


 ルージュの説明にカルロは吐き捨てるようにそう言った。本当にこの二人は気が合わないのかもしれない。いつ喧嘩を始めるかと思うと少し心配だ。


「謎の疫病の発生源を私たちで突き止めて、それを解決する。ミッション内容については理解しました。けど、私たちだけではそう簡単に解決できるとは思えませんが……」


 謎の疫病。ギルド組合がそう呼ぶくらいなのだから、原因もなにもわかっていないのだろう。そんな情報の少ない病に対して医学の知識があるわけでもないシエラたちが役に立てるとは思えなかった。


「もちろんギルド組合が所有している情報はすべて教えよう。まず、この謎の疫病はベラーガを中心に多くの患者が存在するが、その他の町や村にも疫病が広がっている。そのどれもが主に国境に近い町や村ばかりだ。それがじわじわと王都の方へと侵攻している。感染経路は不明。患者にこれといった共通点もない」

「ほとんどなにもわかっていないじゃないか」

「ああ、だから厄災レベルの緊急事態だと言ったんだ」


 ルージュはため息をひとつこぼすとシエラに紙を手渡した。


「いちおうギルド組合が集めた謎の疫病に対する情報をまとめた書類だ。まぁ、ほとんど意味をなさない紙切れだが……」


 ルージュに渡された紙に書かれていたのは、先程ルージュが口頭で言った通りの情報だ。めぼしい重要そうな情報は記載されていない。


 最初はベラーガ在住の五十代男性から始まり、次に二十代の若い女性。そして小さな子供に老人。まさしく老若男女問わず謎の疫病に苛まれているようだ。

 そしてその情報がギルド組合に上がってきた頃、他の町や村からも同じような症状を訴える患者がぽつりぽつりと増え始めた。

 患者同士に接点がなかったり、違う地域にも突然疫病が流行り出したことから、当初は風邪の一種かなにかだと思われていた。

 しかし接点がないとはいえあまりにも患者の症状が似ていることからギルド組合はこの疫病の正体は不明でありながらも原因は同じであると仮定し、Sランクギルドを派遣したりしているが一向に回復への兆しが見えないそうだ。


「我々は魔獣が撒き散らしたウイルス、水の汚染など様々な可能性を考え、色々と調べて回っている。しかし今のところ患者の症状が一致していることと、接点がなくても突如疫病にかかるということくらいしか掴めていない。疫病の感染経路もわからない以上、とても危険なミッションとなる」

「疫病問題を解決しに行って自分が疫病にかかる可能性もあるということですか」

「ああ、そうなるな。実際、疫病の実態について調べに行ったギルド職員の何名かが疫病に感染し、療養中だ」


 シエラの問いにルージュは頷いた。

 この疫病問題はシエラたちが思っているよりも、かなり深刻な状況になっているようだ。


「疫病にかかったものは体に謎の発疹が現れ、高熱に苛まれるが、幸いなことに死者が出たという報告はまだ一度もされていない。ただ、看病のために疫病患者と長時間同じ空間にいた者でも、感染する者としない者がいるという報告が上がっているので、空気感染が疫病の流行りの原因とは言いきれない。しかし、そうでないとも言いきれないのが実態だ」


 ルージュは腕を組み直し、ふうとため息をついた。


「他になにかわからないこと、疑問に思ったことがあればベラーガに先に到着しているギルド職員に聞けばいい。まぁ、答えられるかはわからないがな。まったく、頭が痛い」


 そう言ってルージュは片手で頭を軽く抑えた。

 緊急事態が発生したためギルド組合の幹部すらも自らその足でいろんな土地を調べているのだろう。それなら疲労もたまるはずだ。心なしかルージュの顔色が悪くなっている気がする。


「わかりました。ではまずはベラーガに向かってみようと思います。ルージュさんもちゃんと休んでくださいね」

「ああ……そうだな。忠告感謝する」

「なにが感謝だ」


 謎の疫病についてわかっていることは少ない。ならば直接疫病の流行っている町に向かうしかなかった。シエラがルージュに軽く会釈をして町の外へ向かうと、少し膨れっ面のカルロがそのあとをついてきた。


「カルロさん……ルージュさんと随分と仲が悪そうですね」

「仲が悪いというより相性が悪いんだよ。あいつはいつもオレのことを小馬鹿にした態度を取ってばかりで……ああ、思い出したらムカついてきた」


 そう言ってカルロはムスッと表情を歪めた。

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