第39話 近づく厄災2

 愉快な旅路の流れが変わったのは、それから一週間も経たない頃だった。


 ハビスカから始まり、シク、レスイ。そしてその他の都市や町村。

 この国の北から南までというのは過言だが、かなりの距離を旅してきた。いろんな場所に向かい、様々な魔獣と戦って、多種多様な人々と出会い、ご当地の美味しいものもいっぱい食べて、たくさんの思い出を作ってきた。


 次はどこへ向かおうか。隣の国に行ってみるのはどうだろう。きっと変わった料理もたくさんあるはずだ、という会話をした翌日、回復ポーションの補給のために通りがかった町で声をかけられてシエラたちは足を止めた。


「あなたがカルロさん……ですよね⁉︎」


 シエラの一歩前を歩いていたカルロに眼鏡をかけた女性が詰め寄った。

 服装や雰囲気から見るにギルド関係者だということはすぐにわかった。しかしなぜ声をかけてきたのかわからない。

 ギルド組合というものは基本的にAランク以上のギルドにミッションを発令したり、先週シエラの元に届いたギルド昇格の手紙などやなにか不祥事を起こしたギルドへのランク降格などの罰則を与えるとき以外はあまり干渉してこない。

 このクエストを受けろなどと強要してくることももちろんないので、ギルド組合とのやり取りは決して多いものではないのだ。こちらから声をかけるならともかく、向こうから声をかけてくるなんてそうそうない。


「ギルド組合本部より伝令があります! カルロ・ストレイジおよび同ギルドのギルドマスターは今すぐベラーガへ向かえとのことです!」

「はぁ?」


 眼鏡職員の言葉にカルロが不快そうな声を漏らした。


「悪いけどオレたちはこれから旅に出るんだよ。隣の国にね。だからきみたちに付き合ってる暇はないんだけど」


 シエラはカルロの言葉に頷いた。

 本来なら長距離の移動には馬車を必要とする。しかしルルが背中に乗せて空を飛んでくれるので馬車を用意する必要がない。

 なのでシエラたちは思い立ったら即決断、と言わんばかりに昨晩の提案で出た国外への旅は決まっていて、この町で回復ポーションの補充を行ったらすぐに隣の国へと向かおうということになっていた。

 町の外ではルルがその気で待っているはずだ。


「そ、そうは言われましても……」


 気弱そうな眼鏡をかけた女性職員は困ったと視線を下げた。


 ちなみにだが、ギルド制度というものは加盟国では共通のものなのでギルドを設立した国から出国したからといってギルドランクがDからやり直しになったりすることはない。冒険者ランクも然りだ。


「これはミッションだ」

「ルージュ……⁉︎」


 カツ、と音を立ててシエラたちの前に立ち塞がった女性に、カルロは驚きの声を上げた。

 肩より上で切りそろえられた黒い髪に、真っ赤な口紅と同じく赤いヒールが特徴的な女性が胸の前で腕を組んでこちらを見つめていた。

 切長な瞳のせいか、心なしか睨まれているようにも感じる。


「なんでルージュがここに……」

「貴様に会いにきたからに決まっているだろう。ああ、なぜここにいるのがわかったんだなんてつまらないこと質問はしないで。そんなもの、冒険者たちに話を聞いていればわかるのだから。相変わらず貴様は自身の容姿が人の目を惹くものだと理解していないらしいな」


 ふんと鼻で笑ったルージュと呼ばれた女性は眼鏡の女性職員に下がるように言って一歩こちらに近づいた。

 コツリとヒールが音を立てる。


「カルロ、さっさとミッションをこなしなさい。そうしたらなんの相談もなしに勝手にギルドを抜けたことを許してあげてもいいわ」

「ギルド脱退に特別な許可はいらない。これはギルドの決まりだろう? おまえに許してもらう必要なんてない」


 シエラを庇うように手を広げて、カルロはルージュと向き合った。その場に尋常ではない緊張感が漂っている。シエラは状況が理解できなかったのでなにもできずにただカルロの後ろに隠れていた。


「それはそうだ。だが、友人になんの相談もなしに辞めるのは少し話が違うだろう? 私は貴様が辞めたせいで色々大変だったんだぞ」

「知らないよ。ギルドの幹部が忙しいなんて今に始まったことじゃないだろ? そもそもおまえはそれを了解した上でギルド幹部になったんだろう」

「そんな話をするなんてデリカシーがないのか? ひどい男だな、貴様は」

「……ああ、オレ本当にこいつ苦手だ……」


 ふっと笑ったルージュにカルロはこめかみを抑えて苦悶の表情を浮かべた。

 誰とでも仲良くなれるカルロにもこんなに苦手としている人がいるとは思わなかった。


「……あの、私はシエラ・クリスランと申します。カルロさんと同じギルドに所属していて……いちおうギルドマスターをやらせてもらってます。なのでミッションのことでしたらカルロさんではなく私にお願いします。私がギルドマスターなので」


 シエラの前に立つカルロの前に躍り出てルージュに名乗った。

 カルロはこの女性を苦手としている。本人がそう言ったのもあるが、カルロの様子を見ていればよくわかる。

 普段はギルドマスターなんて上司部下みたいな格付けを気にせず旅をしているが、この場ではそう名乗る方がいいだろうと判断した。

 ルージュは先程の会話でミッションと言った。もしこれが本当にミッションを受けろという話なのだとしたら、ギルドマスターが話を聞くのが当然のことだ。


「そもそもCランクになりたてのギルドにミッションを発令するのはおかしいと思いますけど」

「その通りだとも。きみは聡いね」


 褒められているのか、貶されているのか。ルージュはジッとシエラを見つめて微笑んだ。


「これは本来ならSランクギルドに任せるべきミッションだ。だがきみの後ろにいる男も知っている通り、Sランクギルドも暇ではない。ここだけの話、最近Sランク事案のミッションが多く発生していてね。国内のSランクギルドだけでは手が回っていないんだ」

「だからってCランクギルドにミッションを?」

「いや、Sランク冒険者かつベラーガ出身のカルロ・ストレイジ個人に直々にミッションが発令された。ああ、シエラ、ギルドマスターであるきみはオマケだよ。Bランク冒険者でもいないよりはマシだってね」

「は?」


 今のルージュの発言は明確にシエラを貶していると理解できた。しかしシエラがそれに反応するよりはやく、背後から怒気のこもった声が響いた。


「ルージュ……そんなにオレと遊びたいのか?」

「おっと、これは失言だったな。貴様との手合わせなんて御免被る」


 ただでさえ悪かった雰囲気がまた一段と悪くなるのを肌で感じた。

 カルロとルージュのやりとりを見ていた感じ、二人は知り合いだろう。カルロは辞めてしまったが、ルージュと同じくギルド幹部だったのだ。面識があってもおかしくはない。

 しかしただの顔見知りにしては接し方が他の人と違うように思う。ルージュがカルロのことを友人と呼んでいたことが関係しているのかもしれない。


「……ともかく、なぜオレたちがミッションをやらなければならない。いくらSランクギルドの人手が足りないとしても、今まではこれで回っていたはずだ。オレがベラーガ出身だからと言って冒険者個人にミッションを出すのはどうかと思うけどね」


 再びシエラの前に立ったカルロが深いため息のあと、ルージュにそう言った。ルージュは微笑むだけで特段カルロを怒らせたことを気にはしていないようだ。

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