キャラクティズム

そうざ

Charactism

「これは一種のセクハラです!」

 同期入社の高嶺たかねさんの剣幕に、人事部長並びに男性諸氏が思わず背筋をしゃんと伸ばした。

「女を見た目で判断するなんて、もうそんな時代ではないと思います!」

「いやぁ、そうは言っても受付は会社の顔だから――」

「それがルッキズムだというんです!」

 もう一度、背筋を伸ばす機会が与えられた。これを機に、人事部長の万年猫背は治るかも知れない。

 高嶺さんの外見ルックスで瞳孔が開かない男性が居るのだろうか。人種、民族、老若男女を超えて多数決を取っても、ほぼ満場一致で美人判定の太鼓判が押されるのは間違いない。因みに、彼女の下の名は乃羽菜のはな

「私はモデルでも俳優でもありません。一会社員として働く為に入社しました」

 容姿端麗、明眸皓歯めいぼうこうし、花のかんばせ、器量好し、傾城、傾国、小股が切れ上った、見返らなくても美人は美人――どれだけの形容を我が物にして来たかと想像してしまう。長身でスタイル抜群、服の上からでもグラビアタレント的スリーサイズは想像に固くない。

「外見も人間の魅力の一つである事に異議は申しません。確かに私は幼少時から、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と評判で、毎日のように男子に告白をされるのが悩みの種でした。でも、それとこれとは話が別です!」

 本人の性格もまた別の話。

「もっもう分かりましたっ。人事に関しては今一度検討するという事で、本日のミーティングはこれまで」

 


「これは一種のパワハラです!」

 同期入社の板間いたまさんの剣幕に、人事部長並びに男性諸氏が思わず背筋をしゃんと伸ばした。人事部長の猫背はまだ矯正出来ていない。

「来客の方々が私を見て明らかにおかしな顔をするんです!」

「いやぁ、だけど皆さんの印象に残って、我が社の宣伝効果に――」

「それがルッキズムだというんです!」

 またまた背筋を伸ばす機会が与えられた。万年猫背の完全克服も夢ではない。

 板間さんに相対した来客の瞳孔はしゅ〜っと収縮するのだろう。泣く子は黙らず笑い出し、寝た子は起きても死んだ振り、ホラー映画特殊メイクなし部門を常連受賞で殿堂入りの、天下無双の、独禁法違反のご尊顔。因みに、彼女の下の名は椎奈しいな

「私は客寄せパンダとして入社した訳ではありません!」

 不器量、不細工、醜女、すべた、お多福、狆くしゃ、おかちめんこ――どれだけ言葉を重ねても3Dの実物には勝てないだろう。首から下も言わずもがなで、色の白いは七難隠すと言うけれど、そんな欺瞞は片腹痛い。

「外見も人間の魅力の一つなのは認めますが、私は持って生まれた程の笑いの才能で生き抜いて来ました。近所でも学園祭でも素人参加番組でもスベり知らずの爆笑王でした。でも、それとこれとは話が別です!」

 本人の自覚もまた別の話。

「もっもう分かりましたっ。人事に関しては改めて再考するという事で、本日のミーティングはこれまで」



「やって貰えるかな?」

 人事部長の猫背が男性諸氏に伝染したらしく、今にもゴロニャンの合唱が始まりそうだ。

「私なんかで宜しいんでしょうか」

「いやぁ、もう波風が立たないのが一番なんだよ」

「はぁ」

 人事部長はそもそも万年猫背を治すつもりはないらしい。

 自分で言うのも何だけれど、私の外見ルックスは普通。誰の瞳孔も動かせないだろう。因みに、

「別に良いんですけど……」

 これと言って特徴のない、十人並みの、凡庸で、あり触れた、面白味のない、平凡で、可もなく不可もなく、月並み過ぎる――国際平均値オブ平均値大会への出場を希望しても寧ろ遠慮させられるくらい、当たり障りのない、詰まらない存在。

「外見も人間の魅力ですから、私みたいなのっぺらぼうでは――」

 私の目鼻立ちや体型は本筋に何ら関係がない、というのがらしい。

「人事に関してはこれで確定という事で、本日のミーティングはこれまで」

 程なく、コスト削減を理由に受付はAIに置き換わった。

 私が本当に活躍するのはまた別の話。

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