君のことを守りたい 〜修学旅行での一幕~

りり丸

前編

 高校生二年生になり大学受験前の最後の行事である修学旅行に来ていて、今は宿舎で朝食を取っている。

 隣には浮かない顔の夏帆かほが魚の骨を突っついている。

 夏帆は交際相手であり、同じバレーボール部であり一緒にいる時間も長い。


「夏帆、どうした。調子悪いのか?」

隼人はやと、体調は大丈夫だよ」

「じゃあどうした?」


 夏帆は部のエースでいつも笑顔で元気である。

 どんなときも活発に動いていて俺やチームメイトをプレーで鼓舞する。

 俺はそこそこの活躍であるがいつも褒めてくれて嬉しくさせてくれるのが夏帆である。

 そんな彼女が箸を置いて不安気な声で話した。


「このあと座禅体験あるでしょ?」

「そうだな」


 旅行二日目の今日は寺での座禅体験から始まる。

 その後は再び移動して他の施設の見学をする行程だ。


「座禅って叩かれるよね?」

「動いたらな」

「私、落ち着きないじゃん? 叩かれるの嫌だな~」

「確かに、夏帆はじっとできないもんな」

「そうなんだよぉ~。不安だよ~」

「観光客向けだから手加減あるだろ」

「そうだといいなぁ」


 そう言って彼女は短めの髪の毛をいじりながら小さくため息をついている。

 修学旅行は勉強の側面もあるが、楽しい思い出を作るべき行事である。

 こんな顔をしていては楽しいものも楽しくない。

 朝食が終わると近くの寺に向かい座禅体験となる。

 宿舎からのバスの車内でも浮かない顔をしていた。

 寺に着くと坊さんから説明があり、胡坐の体制となった。

 あくまでも観光向けだからか、厳格ではない。

 そして手を組んで姿勢を正し、座禅体験が始まった。

 部屋は暗転していてわずかな光が生徒たちを照らしている。

 時間は三十分間で、坊さんが警策と呼ばれる棒を持って歩き回っている。

 夏帆は偶然にも俺の右隣にいるが、既にフラフラと動いているように見える。

 まだ坊さんは夏帆に気が付いていないようであるがいつ見つかってもおかしくない。

 夏帆の様子を横目で見ていると前方から大きな音が鳴り響いた。


 ――バチン


「痛った」


 一番前の男子生徒が叩かれたようで彼は痛みのあまり、声が出てしまったようだ。

 叩かれたあとも肩を揉んでいて相当な痛さが伝わる。

 観光客向けの体験だから優しくされると思ったら大間違いだ。

 多くの場所では考慮されているのだろうけどここは違うのかもしれない。

 高校二年生の男子生徒だから多少強くてもいいと思われていたのだろうか。

 その音を聞いた夏帆はフラフラに加えてビクビクという恐怖が加わった。

 暗い室内であるが夏帆の額に汗が滲み、それが反射して光っていることが見て取ることが出来るほどの量だ。


 ――バチン


 そのとき、より近距離で誰かが叩かれてしまったようだ。


「……痛い……」


 俺の左側にいる長髪で金属フレームメガネの女子生徒が肩を叩かれたようで、今にも泣きそうな顔で痛みを堪えている。

 この坊さんは優しさのかけらもない。

 肉体的に弱い女子生徒にも手加減なく警策を振るう。

 まるでストレス発散に使われているかのような扱いをされている。

 こんな坊さんをこの部屋でうろつかせていたら取り返しのつかないことになる。

 そのとき坊さんが夏帆の背後に立った。

 夏帆は恐怖感から気配に気が付いていないようだ。

 元々夏帆は暗いところがあまり得意ではないからより一層分からなくなっているのかもしれない。

 彼女の目から一粒の涙が小さい光に照らされながら落ちた。

 夏帆の緊張状態の中で、あんな棒を振り下ろされたら彼女は一生の傷になる。

 しかも彼女はバレーボール部のエースだ。

 肩を強く叩かれたら万が一もある。

 夏帆に警策が振り下ろされた。


 ――バチン

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