第2話 「ごっこ遊び」の効用

 トタン屋根を打つ雨の音。

 それは、まるで自然の子守唄のようー…。呉紫織くれしおりは、眠りに落ちたのだった。

 夢の中で、紫織はお姫さまだった。真っ白な宮殿に映える青と紫のグラデーションのドレスを着せられて。

 何故、お姫さま? 紫織は首を傾げる。

 ああ、そうか。新しくできた妹が、何度となく「紫織お姉ちゃんは、どこかの国のお姫さまみたい」だと口走るのだ。どこが? また、首を傾げる。

 傍らを見ると、侍女の地味な衣装を着た咲楽さくらが控えていた。

「さあ、参りましょう。紫織さま」

 頷く。繊細な細工の椅子から立ち上がる。咲楽の先導で歩くと、しゃらしゃらと音がする。雨粒みたいな、ドレスの飾り。中庭に面した回廊に誰か立っている。黒服の使用人。坂木さかきかよ。そっと、舌打ちした。咲楽が、振り返る。訳知り顔である。この子は、大人なのだ。出会った頃から。坂木が、前に出る。恭しく礼をする。

「王子がお待ちです」

 咲楽に目を向けると、「後はおひとりで」などと言う。軽くあごを引く。改めて、スカートの裾を持ち上げる。白い階段を下りて行く。

「あっ…」

 ドームの天井越しに、ドレスと同じ色した花のステンドグラスの光線が降り注ぐ。ベンチ風のブランコに、腰掛ける男女。

「やっほー、紫織」

 品の良いお嬢さま風のドレスに身を包んだ姉。白バラのついた円くて小さい帽子がよく似合っている。

「お姉ちゃん…」

 石矢世津奈いしやせつなは、淡いベージュのスーツを着ていた。胸元には、青と紫の花。

「お姉ちゃん的には、紫織には石矢君とくっついてほしいのだけれど…」

 上目遣い。悔しいが、可愛い。

「いや、そう言われても…」

 姉がパチンと指を弾く。スチールの椅子。腰掛ける。

「えっ、やっぱり、初恋が坂木さかきってのが駄目かな。その関連で、石矢君の諸々の初めてがあいつなんだけど…」

 激しく聞きたくなかった。とりあえず、耳を塞いでみる。いや、別に本当につきあううんぬんじゃなくて。

「やりたい放題かよ、坂木」

「文字通りね」

 いらないことを言う姉貴である。

「まっ、今すぐじゃなくてもいいから、ちょっと考えてみてね」


 目を覚ます。目の前に、石矢先生のご尊顔。

「なっ…」

「ああ、ごめん。驚かせちゃった?」

「と言いますか…」

 上半身を起こして、周囲を見る。咲楽が石矢先生から貰ってきた夏用毛糸で編んだ花のパッチワークのケット。これは、いい。ぽとぽとと落ちる、折り紙の紫陽花。

「ああ、ごめんね。きっと、僕が月岡で亡くなった子の話を咲楽にしたからだ。学校でお葬式をってのは、伝統でね。手芸の得意な子がちょうどこんなのを作って」

 ケットに触れる。

「えっ…」

 さすがに、青ざめる。石矢先生は、微笑んで小首を傾げてみせた。

「咲楽は、そのお葬式に参加した訳ではないけれど。よく辛い目に遭った子供は、何度もごっこ遊びをすることで、自分で納得していくものなんだよ」

「ああ…」

 私は、下を向いた。これは、咲楽の母との別れを再現していたのか。

「できたー!」

 突然の大声に、肩がはねる。咲楽は、スケッチブックを両手で持ち上げた。

「これで、王子おうじパパに紫織お姉ちゃんの絵、描いてもらえるね」

「はい?」

 頭を傾けると、短くした髪がさらりと揺れる。

「うん、僕も写真撮ったよ」

「わあ、すごーい!」

 意気投合する成人男性と幼女。ぱっと見、親子である。

「ああ、例のお葬式の子が、呉先生に遺影を描いてほしいと頼んでね。それが終わったら、次は紫織ちゃんを描いてもらおうと、咲楽といっしょに頼んでね。これは、その構想」

「え、いや…。うん…?」

 描いてもらうなら、咲楽がモデルでいいのでは。無言でも伝わったのだろう。咲楽が腕に抱きついてくる。

「いいの。咲楽と石矢のお兄ちゃんは、紫織お姉ちゃんの絵がほしいの!」

「ええ、うーん…」

 困惑していると、石矢先生がゼリーを取り出す。

「ゼリー食べる人?」

「はーい!」

 雨音にも負けず、咲楽が元気に返事した。

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