スノーホワイト ~好きな女の子に告白したら雪女だった話~

再来の筋肉星人3号

第一章

プロローグ



2048年 冬




「お前のせいだ」


 一面に広がっている雪の中で立っている男が、呟くように言った。

 男の外見は浮浪者そのものだった。服は毛皮のコートと厚手のズボンで防寒こそされているが、色褪せて汚れ、破れている部分が目立つ。

 髪は切っても、ろくに洗ってもいないのだろう、無造作に乱れ、肩の下まで伸びている。地毛らしい薄い茶髪が汚らしく見えた。目元は隈がひどく、落ち窪んで虚ろだった。口周りの髭は剃ってなかった。


 空は灰色の雲が覆っており、そこからは雪が絶え間なく降り続けている。風も吹き始め、雪は吹雪と化す。

 浮浪者は続ける。


「これまで何百万人がお前のせいで死んだと思っている?加藤も吉永も死んだ……俺の妻も二週間前に……」


 そんな近寄り難い男が話している向かい側に、一人の男がいた。こっちの男は清潔感があった。髪は切りそろえられていて、髭も伸びてない。服もボロボロではない。目の前の浮浪者よりも大分、若そうに見える。この男は黙ったままだった。

 二人は五メートルほど離れていた。目の近くを通る雪のせいで時々、視界が途切れるように不明瞭になる。全身は見えるが、顔の細かい表情の動きまでは注意しないと分からない。


「罪の意識はないのか?お前は悪魔か?」


 浮浪者は上着の中に手を入れた。ゴソゴソと衣擦れの音がする。ナイフを取り出すと、刃先を前方に向けた。


「殺してやる……」


 唸るような吹雪の音が一層激しくなり、二人の視界を霞めた。




    ♢



2024年 夏



 気付けば彼女の姿を目で追っている。一目でも視界に彼女が入ってくると、胸がいっぱいになって脳がとろけてしまって何も考えられなくなる。同じ空間にいると二十秒に一回は見てしまう。


 いくら頭の中で心配事をこねくり回している時でも、彼女の姿が目に飛び込んできた瞬間に、それまでの心配事なんか全部、忘れてしまうんだ。少し彼女の姿を見れただけで、それだけでその日は一日、何かの魔法にかけられたみたいに満ち足りた気持ちで過ごせるんだ。


 そのまま三日くらいは幸せな気分が続く。一週間すれば、またもう一度見たくなる。見れなくなると、この世から大事な物がすっぽり抜け落ちているような感覚がする。中毒になっているのかもしれない。


 毎日、彼女に会えるかもしれないと期待しながら朝に自転車を漕いで大学に行っているすらある。それが大学へ行く一番の楽しみですらある。


 僕も真面目な方だと思うけれど、もっとド真面目な大人からは「勉強しに行くんだろ」「勉学が本分だ」とか文句を言われるだろう。けれど、結局、学校に行くモチベーションなんてそんなものだと思う。僕は健全だ。正論では確かに言われる通りなんだろうけど、堅苦しい理由なんて長くは続かない。


 最近になって思うのは「愛ってのは実は洗脳に近いものなんじゃないか」ってことだ。理屈でどうこうできるものじゃないんだ。好きになろう、嫌いになろうって考えて自分の意思で操るなんて無理だ。むしろ、自分がそのよく分からない感情に操られておかしくなっているんだ。病気をした時に自分の体が言う事を聞かないみたいに、僕の感情は思い通りに動かなくなってしまっているんだ。でも、その不自由さが堪らなく幸せなんだ。


 気持ち悪い事を言っているよな。僕もそう思う。でも本当にそう思うんだから仕方がない。


 実際、彼女の姿を見た瞬間に、頭の中の情報が全部吹っ飛ぶんだ。最初にも言ったけれど、脳味噌がとろけそうになる。とろけてしまって、使い物にならなくなってしまう。


 神様なんかは信じてないけれど、宗教に嵌まり込んでしまったらこんな気持ちなんだろうな。誰かを強烈に好きになったことのある人なら、この感覚が分かってくれると思うよ。


 ただその人が今の僕の、世界の幸せの象徴みたいなものなんだ。

 人を好きになるって事はなんて幸せな行為なんだと思うと同時に、この感情を与えてくれた彼女にありがとうと思うんだ。


 上手くまとまらない事を心から湧き出るままに話したけれど、つまり言いたかった結論は「彼女はこの世で一番かわいい」って一言だけだ。


この一言に、数学の定理みたいな絶対性すら感じてしまうんだ。


「彼女がこの世で一番かわいい」

 これが僕にとってのピタゴラスの定理だ。

 分かり切っている事なんだから証明なんて必要ない。


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