幸せ山道ツーリング


「え~と、そこに自販機のある個人商店を右に──お、あったあった。はい、一旦停止確認。ほい、曲がりま~す」


 おばあさまに言われた目印を発見し、サイドウィンカーを灯して速度を緩やかに落とし一旦停止線で止まってから、晴菜々さまは周囲確認をして目的のお山に向かって軽やかにハンドルをきる。


「おぉ、両サイド田んぼと味のある家が並んでるよう。うはあ、すんごいなぁ」


 個人商店を曲がるとそこには田んぼと風情のある日本家屋の景色が広がっていた。市街地育ちな晴菜々さまにはこういった田舎な風情ある景色には新鮮な感動を覚えるようである。


「おっ、橋を渡った先から山道に入れるみたいだぞう、ようし行くぞバイすけ」


 了解いたしました。私と晴菜々さまは大きなコンクリート製の橋を渡り、山道へと向かう。地元民の皆さまの迷惑にならぬように緩やかな安全運転を心がけて登ることを誓いましょう。





「はあぁ、この山道を登ってゆくじわわっと癒す涼しさがイイよなぁ。川の水音もエンジン音の隙間からヘルメット越しにだけど聞こえてくるようだなぁ」


 山の斜面と木々のアーチをくぐり抜けながらゆっくりと山道を登って行く。陽の光を木漏れ日程度に遮る木陰と大きな川から登ってくる水の音が涼しさを運んでくれるらしく、晴菜々さまは心地よい幸せを感じておられるようだ。


「あ、ちょっとあそこからほぼ平坦な場所エリアだな。広めなスペースもあるし、ちょっとだけ休憩も兼ねて直に耳で山の音を聞くのもいいかもね。ようし、そこの広めなスペースに、ストップ・ザ・バイすけだッ」


 晴菜々さまはほぼ平坦な場所を目視で確認すると白線の内側に車一台がすっぽりと収まるエリアに停車。


「フゥ~、暑っちい──ぉ、ほほうぅ~ふぃぃ、めっちゃ涼しいよおぃッ。こりゃ生き返りますわなあ。山さん、ありがとうございます本当にっ」


 ライダースグローブとヘルメットを外されると、纏めていた長い黒髪も解いて首を左右に振って溜まっていた熱を逃がし山の木陰の涼しさに息をいて誰とも知らぬ山に向かって感謝を述べる。


「ああ~、ズドオォて聞こえる川の音、ズィーンズィン響くセミの鳴き声、緑いっぱいな自然な香り、陽射し強くいじめてくる太陽、日影の涼やかな癒し、夏になったんだねぇ~」


 晴菜々さまはライダースジャケットを脱いで更なる涼しさを取り入れながら自然と感想を漏らす。へにゃりとしたリラックスした顔に私も癒されてしまいそうだ。


「あぁ、今度は川辺にテント張ってキャンプしたいなぁ。お姉ちゃんに川でスイカ冷やしてもらってさぁ、いやお姉ちゃんは間違えてサッカーボール冷やしちゃいそうじゃないかなぁ。と、そうだ、お姉ちゃんにこの自然溢れる涼しい山の景色をおすそ分けしてあげよっかなぁん。スマホスマホっと、バイすけはちょっと待っててね」




 晴菜々さまは荷物からスマホを取り出し、ライダースジャケットを座席に畳み置いてから半袖Tシャツにジーンズという涼しげなラフな格好のまま斜面側の白いガードレールに向かって歩いていった。


「うわあぁ、ここからだと川はだいぶ小さく見えちゃうねえ、よし、一枚パチャリとあそこらへんを撮って、あ、あれも良さそうじゃないかぁ。よーし、パチリとッ」


 気分はカメラマンとなった晴菜々さまは楽しげに色んな山の景色を撮ってゆくと姉君に送る画像を厳選しているのかしばらくスマホ画面を操作しながらのにらめっこを続けている。


「よっしゃ、送信完了。ひひ、羨ましがりたまへ~、えへへぃ。はあいおまたせバイすけ。そろそろ山頂目指そうか」


 姉君への送信を終え、イタズラな顔で笑いながら私の元に片手を振りながら戻ってくるとライダーの身支度を整えて、私に跨るとバイクスタンドを解除しエンジンに再び火を灯した。


「出発だあッ」


 晴菜々さまの元気な掛け声と共に私は再び山道を緩やかに登ってゆくのだった。


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