僕と志魔さん

迷い花

少年と志魔

 彼は、少年は、いつだって独りぼっちだ。天涯孤独、気付いた時からずーっとそう。育ててくれた親の顔も、随分昔に忘れてしまった。思い出そうにも何も浮かばない。


 少年は、いつも公園に居た。はじっこで、うずくまって、ジッとそこに座っていた。誰も少年を気にしない。だから少年も同じように気にしない。ただ、柵の向こうに広がる海を見ていた。


 その日は生憎の雨で、ポツリぽつりと肌に当たる感触があった。それでも少年は動かなかった。子供達は皆、それぞれ帰る。親に連れられて帰るものも居た。少年は、それを少し目で追って、暫くしたら目を伏せた。何を言うでもなく、また海を眺めていた。


 その時だった。誰かが公園に入ってきた。それは傘を差した男性で、ふわふわとした髪を揺らしながら彼の元に歩いてきた。少年は奇妙なものを見る目で男性の方を向いた。



『……今まで、誰も近づいてなんか来なかったのに。』



 少年が心の中で呟く間も、男性は少年に寄ってくる。そして2、3歩離れた場所で止まった。それから傘をゆっくりと下ろして、片膝をついて話しかけてきた。



「ねぇ君、靴はどうしたの__?」



『……くつ?』



 少年は自分の足を見た。靴下しかない足だった。少年は酷く驚いた。今まで自分は、ほとんど裸足で生活していたのか、と。そうして更に衝撃は走る。



「あ、僕は志魔って言います…。あの、さっきの話なんだけど、ついでに言うと……君、自分が生きてると思ってる…よね?」



 少年はポカンと口を開けて、



「え、なん…?」



 言葉にするのが難しくなるほど混乱した。志魔と名乗る男性の言い方ではまるで、少年が既に生者ではないと言っているようだった。

 突然話しかけられた少年は、志魔が何を言っているのかを理解出来なかった。いや、正しくは、理解したくなかった。だが、志魔は続けた。幼子をあやす様に、優しく答えに突き落とした。



「えっとね…すごく言いづらいんだ。けどね……君は既に死んでるんだよ。16年前、この公園で亡くなったんだ。…あの柵の向こう、海の中に落ちて亡くなった。当時は誰も近くに居なかったらしくて発見が大幅に遅れた。…こんな雨の日だったそうだよ。海も冷たくて……誰も居なかった。」



 手早く話す志魔は柵の方を指さして、悲しそうに目を伏せた。



「死んでる?僕が…?」


「そう。そうなんだ…。ちなみに、君が靴を履いていないのは、柵に引っかかって脱げてしまったからなんだろうね。ほら、あそこ。献花されているんだ。靴が置いてあって。あれは君の靴だろう?」



 志魔が見た方向には確かに少年の靴があった。それは雨風を凌げるようにとビニール袋に守られていた。何故、今まで目に入らなかったのか。何故、忘れていたのか。全く一つもわからないけれど間違いなく少年の物だった。



「…なんで……。」


「いつも周りに気付かれなかったのは、霊感のある人がここに来ないからだね。僕には君が見えているけれど、それは僕が見える体質だからなんだ。」



 少年は目を見開いていた。雨のことなんかとっくに忘れて、志魔の言葉に息が詰まった。そして、次第に落ち着いて、ストンと何処か腑に落ちた。今までの周りの態度、自分の不自然さ、それらにやっと答えが出たらしい。


 少年は、そっか…と呟いた。何かを噛み締めるようにして口を引き結んでいる。そして志魔は、信じてくれるのかい?と、先程と同じ柔らかい声で尋ねた。心配そうな表情だ。目の奥が優しい。それを見た少年は緩やかに頷いて、



「うん。」



 と、この時期では未だ冷たいであろう海を見ながら答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る