無表情×ツンデレしか出ない短編集

羽間慧

一組目 こおぬく

 今日から六月。昨日引いたくじの結果が、黒板に張り出されているはずだ。気になりすぎて、いつもより早い時間の電車に乗った。二回目の席替えこそ、郡山こおりやまくんの近くになりたい。


 黒髪というより茶髪に見える薄い色素は、膝の上の猫のように撫でたくなる。否、撫で回したくなる。笑顔を見せないクールキャラの素を暴きたかった。


 別に、イケメンをグズグズに溶かしたい性癖がある訳じゃない。委員長として心配なだけだ。授業で当たるとき以外は、郡山くんの声を聞いたことがない。みんなと盛り上がったクラスマッチも、集合写真に郡山くんだけ入っていなかった。郡山くんと去年同じクラスだった人はいないから、このクラスの居心地が悪い可能性は高い。変にお節介を焼くと郡山くんの機嫌を損ねそうだから、さり気なく声をかけたいと思っていた。近くの席でありますように。せめて、警戒されずに話せる範囲内がいいな。


「ぬくちゃん、席変わってえ~!」


 靴箱で座り込んでいたのは結実。うっすら涙が滲んでいて、私はぎょっとした。


「結実、そんなに嫌な席だったの?」

「うん。郡山くんの後ろの席」


 これはチャンスだ。プリントを回してくれたり、一緒のグループで作業したりできる。


「いいよ。交換しても。私なら大丈夫!」


 サムズアップすると結実は笑顔になる。


「ありがと~! ぬくお母さん~!」

「誰がおかんよ。JKに対してひどくない?」

「だって、ぬくちゃん優しいんだもん。面倒見いいし」


 それにしてもお母さん呼びはないよ。同性から好かれても、男子ウケはよくない。恋愛対象として見られたことは一度もなかった。何でも世話してくれる便利な奴。そんな見方をされているのは知っているけど、困っている人を見かけたら放っておけないんだよね。


「一緒に教室上がろ! きゃあっ」


 結実が前を向くと学ランにぶつかった。叫び声まで可愛くできるのは反則だよ。私なら「ぬおおお」とか「ぐふうっ」ぐらいが妥当だ。おかんキャラを通り越しておっさんになってしまう。


「ぬくちゃん、うち怪我してない?」

「鼻血は出てないし、今日も可愛いよ。怪我がなくてよかったけど、次からは気をつけて歩こうね」

「はぁい。ぬくお母さん」


 せめてお姉さんと呼んでくれたらいいのに。そんな愚痴を言いたいのをこらえて、結実がぶつかった相手に謝った。


「おはよ、郡山くん。結実がぶつかってごめんね」


 嫌な気持ちがあるのなら、笑い合っていた私達を睨んだはずだ。怒っていないのなら、にこやかに接してくれるはずだった。なのに、無表情だとどちらの反応か分からない。


「……って、何もしゃべらないの? そんなことないよとか、前を見ていなかった僕も悪かったよとか、何か言おうよ!」


 すたすたと教室へ行く郡山くんは、感じが悪い。私は郡山くんを追いかけていた。


「郡山くん、待ってよ!」


 小走りになる私の上履きが、廊下に引っかかる。


「ぬぐふぉっ」


 誰よ、こんな可愛くない声を出すのは。私か、私しかいないか。生まれ変わるなら少女漫画のヒロインになりたかったよ!


 硬い床とキスする五秒前、誰かが私を抱きとめる。


「危なっかしいにも程がある」

「ごめんなさい」


 見上げると、ふわふわとした茶色の髪が目の前にあった。


「よかった。鼻血は出てないな。人の心配をする暇があるなら、自分のことを最優先しとけ。温水ぬくみず委員長様」

「あ、あんた誰よ!」

「クラスメイトの名前を忘れるなんて薄情だな。郡山だよ、郡山。人間関係は最低限でいいから、気を使う必要ねーよ。無口は省エネのためだから」


 はぁ? こんなに性格が悪かったの? 今までの私の心配を返してよ!

 赤くなったり青くなったりする私に、郡山は背を向けて立ち去ろうとした。


「一個だけ言い忘れてた」


 暴言なら、もういらないわよ!

 私が言い返すより先に、郡山の口は動いていた。


「今日も可愛いよ、温水。次からは、急いでいても廊下で走るんじゃねーぞ」


 世界で一番縁がないと思っていた言葉に、私の頭の中は爆発した。


 ほだされちゃだめよ、温水花琳かりん。どうせ社交辞令に決まってるもの。絶対信じないから!

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