★第32話 奈落の海に咲く花

ふたりの小指に

強く、強く、結んだ赤い糸が

「ぷつり」と切れる音


無風むふうを裂き

夜の静寂しじまに響いた


凪が過ぎ去った

この魂に残るのは空しさで

何度もうしおのように押し寄せる


深く胸に根付いていた想い出が

手折たおられ

心の水底に沈む


絡み付いた錨鎖びょうさもまだ

断ち切れず


奈落の海に咲く花

血のように紅い花

闇に閉ざされた世界で

咲き誇る


奈落の海に咲く花

もう潮騒しおさいも知らない私の花

心を閉ざし夢結ぶ


冴えた晦冥かいめいの中

凛として




――『奈落の海に咲く花・天野柚木也』

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