1 母親の危機

 六月十四日。いつもと変わらない放課後。


 霊的現象解明部――――――通称”霊明部”の部長、明石あかし頼斗らいとは、今日も学ランを身に纏い、椅子に座って一人思考にふけっていた。

 だだっ広い部屋の中で一人で考え事をするというのは、贅沢というべきか、寂しいというべきか。

 いつもであれば、この高校二年生の少年は、完全下校の六時のチャイムが鳴るまで一人で思考に耽って放課後を終えたのだが。


 今日はどうやら違うようであった。

 こつん、こつん、と足音が聞こえる。緊張しているのか、恐る恐る、といった感じでゆっくりと歩いているようだ。普通に学校生活を送っていると基本来ることの無いような場所なので無理もないが。


 ここは、一階の使われなくなった教室である。もともとは調理室だったらしいが、この教室から火事が起きて三人が死亡、その他数人が怪我をしたことから、修復された後も結局使われずじまい、という訳であるらしい。噂に聞いただけなので、実は真っ赤な噓でした、というのも有り得るが。


 そして、この教室付近は幽霊が出る、という噂が広まり、次第にこの近辺に人が寄り付かなくなった。


 つまり、この付近に来る人間は総じて、この元調理室を拠点及び部室(及び家)として使っている、霊明部に用事がある者なのである。


 やがて足音が止まり、こんこんこん、と。控えめなノックの音が聞こえる。


「どうぞ」

 そう明石が答えると、ガラガラと音を立てて、吊り戸が開く。

 そして現れたのは、真面目そうな少年だった。おそらく一年生だろう。まだ中学生らしさ……というか、垢抜けて無さ、みたいなものが残っている。少し丈の長い制服も、ヘアセットに無頓着そうな髪型も。明石も大して髪型をセットしているわけではないため人のコトは言えないが。


「あの……」

 少年は気まずそうに明石を見ていた。確かに、初対面ですぐにじっくりと観察されては気まずいのは当たり前である。


「ああ、ごめん。一年生かな、名前を聞いてもいい?」

 なんて先輩らしく明石が質問すると、面接でも受けているかのようにカッチコチで一年生は答える。

「はい、一年の呼堂こどう千利せんりです。ここが、霊的現象解明部、で合ってますか?」

「そう。ここが霊明部。君……呼道クンは、相談しに来たのかな?それとも入部?」

 すると、呼道は少し逡巡した後、口を開いた。

「相談、です。実は、僕の母親が霊的現象に悩んでいるらしくって」


 ふむ、と。明石の瞳が真剣モード(?)に変わる。


「ゆっくり座って話そうか。お茶を淹れるよ。そこの椅子に座っててくれる?」


 そう言って明石が適当な椅子を指さすと、呼道はそこに座った。



 明石は来客用のお茶(学校から出る予算で買った)を丁寧に淹れる。何という名前か詳しい銘柄は分からないが、ざっくり言えばいい香りのする紅茶である。客が来た時にしか飲まないようにしているため、実は明石も偶にしか飲まないのだ。だから少し気分は弾んでいた。二人分注ぎ、呼道の元に持っていく。

 そして、テーブルにコップを並べたところで、機嫌の良い先輩から話し始める。


「僕は霊明部部長の明石頼斗。よろしくね。それじゃあ、さっきの話の続きを聞かせてもらってもいい?」


「……はい。僕の母が、夜中に幽霊か何かに襲われるって言っていて。最初は悪夢か何か、勘違いだと思っていたんですけど、どうやらずっと続いているらしいんです。僕は未だに勘違いだと思っているのですが、母がこの霊明部のことを知ると、僕に行くようにとしつこく言ってきたんです。それで今日訪れるという運びになりました」


「そっか、説明ありがとう。じゃあ、早速だけど」

 明石は立ち上がって、貴重な紅茶を惜しみなく一気に飲み干した。


「?」


「君のお母さんに話を聞きに行こうか。とりあえず被害者に聞いてみないと分からないこともあるし」


 呼道は少し驚いたような顔をして、だが思い出したかのように口を開く。

「僕の母親は仕事中なので夜まで帰ってこないですよ」


「ならそれでも良いよ、君のお母さんへの聞き込み以外にも調べたいことはあるから。案内してよ、君の家まで」

 霊明部部長はここで引かない。


 呼道は少し困惑していたが、分かりました、と言って紅茶を一気に飲み干し、椅子から立ち上がった。


 

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