何時かの何処かの誰かのI
灰業みずり
愛
愛慕
「こんなところで優雅に昼寝か?」
ある日。ある王国で。
ある男が、木陰でうとうとしている女に声をかけた。
「残念。今日は読書に勤しんでみようかなって思って。またサボって来たの?王子様」
「つれないこと言うなよ。俺はこう見えてもサボるのが上手い真面目だぜ?」
綺麗なドレスを着た姫と、顔を覆い隠しすフードのついたローブを着た王子。
2人の見た目はまるで真逆。
温厚でふんわりした可愛らしい姫。
凛々しいが仏頂面でクールな王子。
「もう。……本当に器用なんだから。アンドレ。会えて嬉しい」
「はっ、よく言うぜ。レティシア」
アンドレはどしっとレティシアの隣に腰を下ろし、フードを外した。
「なぁ、レティ」
「……?なぁにアンドレ」
レティシアの肩にアンドレは頭をのせ、ぐりぐりと頭を押し付け目を閉じる。そんな珍しいアンドレの様子に、レティシアは何かあったのかしら、と不思議に思う。
「……俺らがもし、本当にもしもだ。離れ離れにならないと行けないとしたら、どうする?」
レティシアはアンドレからの突然の問に驚きながらも、むーっと考え込む。
「それはこの身の話?心の話?」
「……考えていなかった」
レティシアは口元に手を当て、快活に笑い出す。
いつものアンドレなら、もっと具体例を出して話し出してレティシアを揶揄うのに、今日の彼は何だか様子が違う。そんな様子のアンドレにレティシアは何だか楽しくなってきた。
「この身が離れ離れになったとしたら、私はあなたをずっと想い続けて、見つかるまで探し続けるわ。心は共にあるもの。考えたくないけど、もしも心が離れていったら、そうね……」
レティシアはアンドレを正面から見つめ、彼の頬に手を伸ばし包み込む。そして顔を近づけて、こう言ったのだ。
「もしも、片方の心が離れてしまったのなら、離れていない方が歩み寄ればいい。きっとまたやり直せるわ。心がお互い離れてしまっていたら、……また2人で恋をすればいい。そうすればなんの問題もないわ」
「だって私達、きっと何度だって出会ってる。幾千もの縁をくぐり抜けて、貴方と出逢って結ばれるの。きっと、私達になる前の私達だって、そうだったはずなんだから」
彼は面食らった表情をして、ぷっと吹き出して笑い出す。「なにか変なことを言ったかしら」と彼の顔のすぐ近くで戸惑うレティシアを思いきり自らの胸に抱き込んで、宝物のように抱きしめる。
「お前には完敗だ。そうか……歩み寄ればいい、やり直せばいい、か。俺の心配は、どうやら杞憂だったみたいだ」
「何か心配事でもあったの?」
「ははっ。いや、もうなんでもない。俺の唯一の最愛は、いつでも俺の光だと。そう思うだけだ」
エドゥアルドは強く抱きしめていたレティシアの顔を起こし、彼女の顔に自分の顔をグッと近づける。
レティシアは彼の胸に手を当てて、まろい頬を赤く染め、照れくさそうにする。
「レティシア、愛してる」
「私も、愛してる」
エドゥアルドはレティシアの唇に触れるだけのキスをする。
少し長めの幸福を味わい、やがて2人は離れゆく。
「俺は、お前がいれば他に何もいらない。お前がいるなら我が国ですら捨てられる。お前の幸せが俺の幸福だ。お前が俺の胸の中にいると言うなら、俺は喜んでそれを受け入れる。……でも、お前は違うんだろ」
「そうね。私は、国のみんなと私の騎士たち。……貴方に思うのと同じくらい、今まで出会った人々全てに幸せであってほしい。平和を脅かす者が現れたとしたら、私は身を呈して戦う。もしも、平和を崩す者が現れて、それが例え貴方だとしても、私はきっと戦うわ」
アンドレはほんの少し眉を顰め、ため息をつく。
そんな彼に、レティシアは笑って寄り添った。
「俺はお前みたいに全てを守る気には慣れないがな」
「そう言ってるけど、本当は誰よりも国を大切に思ってるくせに」
(もしも本当に国を捨てたら、貴方はきっと誰よりも後悔を抱いて生きていくくせに)
その後悔ですらも、愛であると言うのだろうかとレティシアは思う。
「……どうだかな」
アンドレは己の腕の中に在る最愛に思いを巡らす。
彼女はああ言ったが、絶対にアンドレとは戦えないだろう。
現実を受け止めきれず、貴方はそんなことをしないと言い張って、その手で彼の手を包み込んで、ゆっくりと話を聞いてくれるのだろう。
彼女はくだらない嘘には騙されるが、困ったことにアンドレの本当に嘘をついている時や何か隠している時は必ず見破ってくる。
彼女は気遣いが上手いが為に、自分自身の悩みをあまり言わない。だから沢山甘やかして、可愛がって、ようやく悩みを吐かせるのがアンドレの仕事だ。
(もっとも、俺がこいつの平和を崩すつもりは専らないし、させないが。もう少し傲慢になってもいいんだがなぁ)
「まぁ、いいわ。アンドレ。少しお昼寝をしない?」
「お姫様は読書をしたかったのでは?」
「いえ、実は王子様と木陰でお昼寝しようと思ってここで待ってたの」
アンドレは気の抜けたようにふっと笑い、レティシアの肩にもたれかかる。
「ま、そういうことにしてやるよ」
アンドレは静かに目を閉じる。平和な世界がこれからも続きますようにと願いながら。
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