#11

 5年がたった。


私は実家に住んでいる。朝から家事をして父を仕事に送り出し、週の4日は近所のコンビニでバイトしている。今日はバイトが休みなので、ゆっくりと朝食をとっていた。父が見ていたテレビがそのままつけっぱなしになっている。


『おはようございまーす!』


そこから聞き覚えのある声が聞こえた。


靖幸だ。


私は手を止めテレビを見入った。

テロップの彼の名前は“やす”と、なっていたが、確かに靖幸だ。


年末の大きな漫才の大会に出場が決まって、この視聴率のいい朝の番組に呼ばれたという。

その大会で優勝すれば一躍トップ芸人の仲間入りして人生が変わる、出場しただけでも多少変化はある。テレビに出られるチャンスに恵まれる。確かにあの頃から靖幸はこの大会を目指していた。


売れずにくすぶってきた若手芸人は、それまでどうやって食いつないできたかという司会者のふざけた質問に


『ヒモやってました』


と、答えた。


『もし優勝したら、彼女たちに捧げたいですね』





おもろくねぇ。


ひとつもおもろくねぇよ。


なんだよそれ。


それになにが“やす”だよ。


あんたは田中靖幸たなかやすおみだろ。


だったら“YASU”ってローマ字にしろよ。


その方がよっぽどダサくておもろいじゃん。


そもそもあんたなんてちっともおもしろくないんだよ。


あんたのネタで笑ったことねぇよ。


かわいそうだから笑ってあげてただけなんだよ。


劇場でキャーキャー言われてたのも面白いからじゃないんだよ。


あんたの見た目が芸人の中ではいい方だったからだよ。


あんたくらいのヤツなんていくらでもいるし。


まじで、おもしろくない。


今のやりとりもちっともおもしろくない。


ヒモってなんだよ。


だろうが。


あんたレベルで大会出られるのかよ。


絶対、実力じゃねぇよ。


事務所のおかげだろ。


おもしろくねぇよ。


優勝なんか無理だし。


どうせ最下位だよ。


売れるわけない。


まじで、あんたなんて1度もおもしろかったことない。





 プラスチックが床に落ちる音がして、我に返った。


音のした方を見ると、息子が目を丸くしてポカンと私を見ている。

心で思ってたはずの言葉が口から出ていたのだった。

おかしくなってしまった私に圧倒された息子は微動だにせず私を見つめている。

息子の落としたスプーンを拾い上げ、洗ってまた小さな手に握らせた。



 天気がよかったので息子を連れて散歩に出かけた。いつもの散歩コースに神社がある。境内に猫がいるので息子が喜ぶ。


私は賽銭箱に適当に小銭を投げ入れて手を叩いて祈った。


「あいつが売れませんように……」



THE END



© 宇田川 キャリー

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