第17話 失敗勇者と勇者チート
ううむ、アイリスに押されて荷物を届ける許可を出してい待ったが、シクラ殿の訓練の邪魔になっていなければいいのだが。
まあ、シクラ殿は案外まじめだから大丈夫だろうし、白虎もいる事だし大丈夫だよな。
それにしてもシクラ殿の力……勇者の力はあんなものではないのだが。
やはり訓練ではなく実践でなければ真の力が出ないのかと思い遠征に行ってもらったが、さてはてどうなることやら。
これで真の勇者の力が発揮できるようであれば、シクラ殿の旅立ちは許可されるであろうし、だれも止めないだろうな。
先代の勇者は――あれは色々とあって本当に規格外と言っていい強さだったしな。
一度、本気の勇者の力とやらと戦ってみたいものだな。
byヒューズ
いったい何が起こったんだ!?
いきなりアイリスにキスされたと思ったら、目も開けていられない様な光が出て――って言うかまだ眩しくて目が明けられない。
まあ、唇と抱きしめている幸せな感触はあるからまだ生きているんだよな。
こんな変な状況じゃなかったら最高の相手とのファーストキスだったのにな。
しばらくすると眩い光は消え去り、目の前に目を瞑り顔を真っ赤にしたアイリスの顔が見えるようになった。
光が収まるとアイリスは体を離してそっぽを向き、俺の目の前にちょこんと座り込む……そんなことを言っている場合ではないのだが――とても残念だ。
「ア、アイリス。今のは一体何なんだ」
気を取り直して確認してみると、そっぽを向いたままだが返事をしてくれた。
「……い、今のはですね。シ、シクラ様がまともに戦えるようにするおまじないと言うか……力の譲渡と言いますか……」
「力の譲渡? 一体それはどういう事なんだ」
「私には前勇者様より新しい勇者様へ力を預かっておりまして、それをシクラ様へ一時的に譲渡させて頂きました。そ、その、さっきの、あれはですね、譲渡するのに一番効率が良い……と言われましたので……」
そっぽを向いたまま唇を尖らせて恥ずかしそうに話してくれるのは良いんだけど、その顔可愛すぎるんですけど。
それはともかく、前勇者の力か。
体に意識を集中させると、先ほどまでとは何か違う感覚があるな……それに……。
手に意識を集中させると、石の杭の様な物が現れた。
なんか使えるような気がして試してみたんだけど、思ったより簡単にできたな。
「ありがとうアイリス。少し待っててくれ、悪魔をさっさと片付けてくるから、離れていてくれ」
「は、はい! シクラ様! 」
立ち上がり、悪魔の方に向き直る。
悪魔は口角を耳元まで上げ、不気味だがとてもうれしそうに笑っている。
「先ほどまでとは比べ物にならない程の力、それが此度の勇者の本来の力なのですね~」
「待たせてすまなかったな。それじゃあ、さっさと始めようか」
悪魔との距離はまだかなり遠いが、剣を構え悪魔に突進していく。
素早く動いている感じはするのに、周りの景色の動きがとても遅く感じる。
目の前に差し掛かっても悪魔は微動だにせず……いや、少しづつだが俺の剣線から逃げるように動いているが、動きはとても緩慢で何か企んでいる様にも見えるが……恐らく今の俺の動きについていけていないのか?
悪魔は徐々にだが、俺の狙っている左腕をかばうように移動しながら爪で防ごうとしているが――構わず剣を振り下ろした。
「グギャー! こ、これが、本気の勇者の力……流石ですね」
気色の悪い感触と共に悪魔の腕が宙を舞い、悪魔の絶叫と共にドサリと地面に落ちる。
腕からは紫色の血液が流れ出るが、悪魔は直ぐに治療魔法を使用して傷口を塞いだようだ。
「形成逆転だな。どうする?今逃げ出すなら見逃してやるぞ」
「シクラ様、悪魔を見逃すなど……」
アイリスに視線で白虎の皆が早急に治療が必要な事を伝えると、それ以上何も言わなかった。
あれから多少時間が経っているが、誰も起き上がってこないことを考えると、皆重症なのは間違いないだろうから、早急な治療が必要になるだろう。
「フフフ、我が身を勇者に案じて頂けるとは思いもよりませんでしたが、そのような事は不要です」
「そうか。それでは終幕とさせてもらおうかな」
今の俺ならこの悪魔程度どうとでも出来る自信があったが、白虎の皆を早く治療しないといけないし……それにアイリスをあんまり待たせても悪いからな。
だけど剣で斬るとさっきの嫌な感触がしそうだしな……よし、魔法で一気に片付けるか。
どんな魔法にしようか、周りは地面と樹木ばっかりだから……よし、これにしよう。
悪魔の近くの地面から人間の腕ほどもありそうな木の根呼び出し、幾重にも重ね悪魔の体を拘束し締め上げていく。
「ぐ……この程度で私が倒せるとでも思っているのですか」
「いや、まだまだこれからだよ」
悪魔も抵抗するようにもがいては居るが、爪以外の部分全てを木の根で拘束されていては身動きは取れない。
「これで終わりだな」
魔法を使い一部の空気に細かな石を混ぜて円状に高速回転させ、拘束させている悪魔に向かい打ち出す。
高速回転する石の塊が、拘束されている悪魔に命中し体を上下真っ二つに分け、ぐらりと悪魔の上半身が倒れて行き、周りにはおびただしい血がまき散らされている。
まあ見た目通り、某アニメのボウズの人が打ち出す気○斬の気じゃなくて石バージョンみたいなものだからな。
「さ、流石勇者、やはりこうでなくては。これで、あのお方に報告ができますね」
流石に胴体を真っ二つにされたら治療も出来ないようだが、弱々しくはなっているが即死とまではいかない様だ。
「なんでそこまで勇者の力にこだわるんだ。それに、死ぬまで戦う必要なんてなかったんじゃないか」
「それが、命令ですのでね。それに我々は、肉体が滅びても死ぬことはありませんから。復活にそれなりに時間はかかりますがね」
なんだろう、この悪魔やけに親切に色々教えてくれるな……何か裏があるのか。
「シクラ様、その悪魔が言っていることは間違っていません。魔王も過去に何度も復活して世界中に恐怖を振りまいていますが、過去に一度も倒し切れたことが無いのです。そして、魔王を倒せるのは勇者様しかいらっしゃらないので、シクラ様や前勇者様のように協力して頂いている次第です」
俺の訝しげな様子に、アイリスが説明してくれる。
「それでは、そろそろお別れの様ですね。またお会いできたら、楽しみましょう」
いつの間にか切り落とした腕が消え、悪魔が言い終わると同時に残りの体も燃え尽きた灰のようになって崩れていった。
さっきまでの戦闘が嘘のように周りに静けさが戻り、木々と風の音だけが聞こえるようになった。
「終わったのか?」
「はい、シクラ様が勝ちました」
「は、ははは……あ、あれ」
「シクラ様、大丈夫ですか」
アイリスの言葉を聞いて、急に緊張が解けたのか足が震えだして立っていられずに座り込んでしまう。
それを見たアイリスが駆け寄って後ろから体を支えてくれたおかげで、ぶっ倒れずに済んだようだ。
それにしても、悪魔との戦闘は凄かったな。
白虎の皆がやられた時なんてどうなるかと思ったけど、アイリスのおかげて助かったな。
「アイリスが来てくれて本当に助かったよ」
「い、いえ、それが私の役目ですから」
「そうだ、白虎の皆を治療しないと」
何とか踏ん張って立ち上がり、白虎の皆所へアイリスと共に向かう。
魔法を使い皆のダメージを確認するが……全員問題なく生きている様で、裂傷に打撲、それに多少の骨折があるようだが今の俺なら問題なく治せそうだ。
皆を治療して巨石の周辺に魔法で小屋を作って、木製の寝台に皆を寝かせて一休みする。
いやはや魔法は万能すぎるな。
あれ? そう言えば俺魔法使う時詠唱とかないけど……もしかして、これが勇者のチートってことかな?
「ふう、皆無事でよかった」
「そ、そうですね……」
「アイリスどうかした? 」
「いえ、シクラ様の魔法は何というか……凄いですね」
「勇者なら皆これくらいできるんじゃないのか? 」
なんだろう、アイリスの笑顔が少し引き攣っている。
みんなを治療して、小屋建てて寝かせただけなんだけど、なにかしたかな……何か特別な事したわけじゃないと思うんだけど。
「いえ、勇者様の魔法は各々違うので一概には言えないのですが、前の勇者様はこのような建築物を作る魔法はお使いになりませんでした」
なるほど、そう言う事か。
勇者の魔法を使ってみて分かったけど、こんな魔法を使いたいなと思うと、何となく使えるか使えないかが分かって、あとは想像力を膨らませて発現させるだけで魔法が発動するインチキ――チート魔法だ。
勇者は地球出身でこの世界の魔法常識なんてものに囚われないから、この世界の人からすると非常識な魔法に見えるんだろうな。
「う、ここは……俺は気を失っていたのか」
「トラオウさん、目が覚めましたか?ここはまだ森の中で、他の皆さんも無事ですよ」
トラオウさんが体を起こして周りを見渡し、他のみんながベットに寝かされてるのを見てため息を吐く。
「結局俺達はボウズに助けられたって事か、すまなかった」
頭を深々と下げお礼を言ってくれるが、実際あの後俺も……ね。
「いやいや、俺もアイリスが来てくれなかったらやられていましたよ」
「しかし、悪魔を倒されたのはシクラ様です。それに私はシクラ様の側仕えで、勇者の従者です。この功績はシクラ様にあるかと」
「まあ、どっちでもいいや。二人とも皆を助けてくれて感謝する。ボウズやアイリスが居なかったら、俺達は全滅してここに居なかっただろう。また、何か協力できることが在ったら言ってくれ、この恩は必ず返す」
俺とアイリスの会話を聞いて少し微妙な顔をしていたが、再度俺達に感謝の言葉を述べた。
戦闘の経緯や状況などアイリスとトラオウさんと話していると、他のみんなも次々と目を覚ましだ、みんなから感謝されてしまった。
トラオウさんとアイリスと皆の状況を考えて、今日はこの小屋ので一泊して疲労を回復してから王都に戻ることにした。
食べ損ねそうになっていた俺が狩ったブラウンボアは、アイリスの手によってステーキやスープなどの久しぶりに美味しい食事にありつけた。
まあ、ひどい食事は昨日だけなんだけどね。
そして俺が魔法でテーブルや椅子を作り出すさまを見て、白虎の皆さまが唖然としていたが、この小屋やベットも俺が作り出したと教えたら――皆苦笑いしていたな。
食事を終え、今後の事を相談している最中に異変が起こった。
「あれ? なんだ、力が……」
「シクラ様! 」
「おいボウズ大丈夫か! アイリス、ボウズをベットに寝かせろ」
みんなと話してる最中に急に体から力が抜け、倒れそうになったところをアイリスがギリギリ受け止めてくれたが、このまま意識を保つのも難しい気がするほどの、異様な脱力感を覚える。
アイリスが俺に肩を貸す感じでベットに寝かせてくれるが、横になると急激な眠気が襲ってくる。
「な、なんだか、良くわからないけど、すごく……ねむた……い……」
俺はそのまま、睡魔に襲われ意識を失った。
体がだるい。
薄ぼんやりした意識の中で、体中のだるさを感じ瞼を開けるのすら億劫だ。
体はまだ睡眠を欲しがっているが、瞼の向こう側から光が当たりうまく寝ることが出来ない。
もしかしてもう朝なのかな?
それにしては体中がだるすぎるし、眠気もひどい……あれ? 昨日は何をしてたんだっけ?
この異常な疲れのせいなのか、頭に靄がかかり昨日何をしていたのかうまく思い出せない。
なんだっけ? 練兵場で訓練してたら、野営の訓練に行けって言われてから王都を出て……村に一泊した後森に向かったんだよな。
その後、野営の準備をトラオウさん達に任せて魔物を狩りに行ったら、何か異変があって魔物達が全くいなくなってたから再度合流して、そこで……そうだ、悪魔と戦ったんだ。
めっちゃ強かったよなあの悪魔……それで、みんなやられて俺も死にそうになってたら、アイリスが来て助けてくれたんだったよな……でもアイリスでも勝てそうになかったから、アイリスを逃がそうとしたら……あ、おれ、アイリスとキスしたんだよな。
あんな美女とキスが出来たなんて、俺勇者で良かった。
あ、なんか脱線したな。
そんなこんなで、悪魔倒して皆治療してから……そうだ、急に睡魔に襲われて寝たんだった。
うん、ようやく思い出しだぞ。
そうか、それならあの小屋から帰らないといけないから無理にでも起きないとな。
仕方がないので、瞼を開ける……あれ、どこだここ? 小屋じゃないぞ。
目の前には、真っ赤な天蓋の様な物が見え、どことなくそれは見覚えがあった。
「あれ? 俺いつの間に王都に戻ってるんだ?」
俺が声を発すると、横からガタンと音がした。
怠い体を動かし首だけ音がした方に向けると、メイド服を着たアイリスが居た。
「――シ、シクラ様!」
「ああ、おはようアイリス。俺っていつの間に王都に帰って来てたんだ? それに、体が相変わらず怠いんだけど、やっぱり訓練やり直さないといけないのかな? 」
アイリスは、口元に手を当てたまま何も言わなかった。
「あれ? アイリスさん……どうかしましたか? 」
アイリスは相変わらず動かないが、目から涙が流れ落ちている。
ん? 俺何かしたかな? なんで、アイリスは泣いてるんだ……わからん、マジでよくわからない。
「シクラ様! 良かった……良かったです。もう……もう、目を覚ましていただけないのかと心配しました」
俺が混乱している間に、アイリスが叫びながら俺の首元に飛びついて泣きじゃくる。
なんかよくわからないけど、まあいっか。
俺は、縋りついて泣いているアイリスの髪を撫でながら、アイリスが落ち着くまで待つのだった。
こんな美女に抱き付かれているのに、わざわざ離すのは――勿体無い――いや、役得――でもなくて、落ち着くまで好きにさせてあげよう。
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