第16話 失敗勇者と覚醒
異世界に来ていろんな人々と会いましたが、初めて悪魔に会いました。
大総裁の悪魔は、これは完全に悪魔だって威圧感があったけど、下級悪魔はそれ程強そうではなかったのに、白虎の皆がやられてしまう程とかチート並みの強さでびっくりするわ。
まあ、装備が完璧じゃなかったみたいだし仕方ないのかもしれないけど。
俺の勇者としての力を図りたいみたいだけど、実際俺そんなに強くないんだけどな。
不完全な勇者と分かったら悪魔退散してくれないな。
俺もある意味チートみたいなもんだけど、俺TUEEEEEEみたいなチート性能にしてほしかったよ。
by 志倉 十誠
「それでは、勇者あなたの力を試させていただきます」
白虎の皆を行動不能にした悪魔は、俺に対してそう言い放ち人間離れした速度で襲い掛かって来た。
悪魔が振るってきた爪を反射的に剣で受け止めたまではいいが、悪魔は爪が止められるのは想定していたようで、強烈な蹴りを俺の脇腹に叩き込まれ滑るように転がされる。
「ぐはっ!……いてぇな」
蹴り飛ばされた脇腹は鈍い痛みがするが、思っていたほど痛みは無かった。
転がった俺に対して追撃してきた悪魔は、右手の爪を俺に突き刺そうとしてくるが、咄嗟に横に転がり距離をとって立ち上がり剣を構える。
悪魔の爪は俺が倒れていた地面に突き刺さり、爪を抜いた穴は綺麗な穴が開いていた。
地面が陥没もしないで刺さるとかどんな鋭さだよ、あんなのが突き刺さったら絶対に体に穴が開くじゃないか。
「流石は勇者、先程の者達とはやはり違いますね。それではどんどん行きますね」
冷や汗を流しながら、さっきの攻撃を避けれて良かったとは思っていたが、悪魔は攻撃の手を緩める気はない様で、両手の広げて突進してくる。
悪魔は両手の爪で交互に斬りつけてくるが、俺は剣を一本で受け流したり、体をひねって避けたり何とか耐えているが、無理に受けたり避けたりしているせいで、徐々に防戦も苦しくなってきた。
かすった服は千切れ飛び、筋の様な傷からは血が滲み出て、傍から見るとぼろぼろの満身創痍にみえるだろうな。
ただ、なぜだかわからないけど、避けきれなくて付いた傷は見た目程痛みは無く、多少熱い感じはがする程度で怪我している感じがしなかった。
どれだけの時間防戦をしていたかわからないけど、悪魔がいったん距離をとった。
「ふむ。流石に防戦一方の勇者は硬いですね……それにしても、あなたは攻撃してこないのですか」
悪魔は何故か俺が反撃してこないのを不思議に思っている様だけど、あれだけの連撃を受けて反撃するタイミングなんてあるわけがない。
リーチは俺の方が長いけど、高速で不規則に攻めてくる両手の爪を掻い潜っての剣戟なんて俺の腕では無理ってもんだ。
だけど……このままじゃ埒が明かないし、白虎のみんなも心配だ。
「じゃあ、今度はこっちから行くぞ」
「ククク、いつでもどうぞ」
剣を構え直したはいいが――どのように攻めたらいいか考える。
相手は俺の剣よりは短いが、両手の爪を合わせて剣のように切りかかってくる。
リーチと一撃の威力は俺の方が勝るが、手数と速度は悪魔の方が上だから一撃必殺狙うしかないのかな?
――そうか! 俺の一撃は普通の剣では耐えられず折れる位強力だから……。
魔法鉄製の折れない剣を握りしめ、魔族に向かい袈裟切りに切りかかる。
俺の力量を知りたい悪魔は、俺が切りかかれば受けるか避けるかどちらかしか選択しないだろうと考えての安直な攻撃だ。
悪魔は俺の予想通り、両手の爪で俺の剣を受け止めようとする。
普通の鉄製の剣では耐えられない程の腕力で振るわれる魔法鉄の剣は、魔族の爪を粉砕する。
「っは! いやいや、流石ですね。鋼鉄よりも硬い私の爪を粉砕するとは」
爪は粉砕できたが、悪魔は後ろへ飛びずさり斬撃自体は回避した。
それにしても凄い反射神経だな、普通受けてから回避なんて間に合わないと思うんだけど、まあ人間じゃないしな……でもこんなやつ倒せるのか。
相手が受けると想定して繰り出した全力の一撃は回避されてしまい、粉砕された爪も悪魔は直ぐに再生させて構えなおしている。
隙は見せても、油断はしていないこの悪魔を倒す道筋が全く分からない。
「しかし、なぜあなたは勇者の力を使わずに普通の冒険者のように戦っているのですかな。私如き悪魔では本気になれないということであれば、何としてでも勇者の力を出させないと困りますので……そろそろ本気で行かせていただきましょう。せめて、一端でも力を発揮させてみせましょう」
ちょっと待てよ、こいつ今まで全然本気じゃなかったって事だったら、流石にこれ以上俺で対処できるとは思えないんだけど!
ビビった俺は剣を構えなおすが、悪魔の姿が一瞬ぶれたかと思ったら突風が吹き、目の前に居た悪魔が居なくなっていた。
「いたっ! 何が起きたんだ!?」
痛みがした頬に手を当てると、ぬるりとした手触りと赤く染まった液体が手に付いていた。
あの一瞬で悪魔が俺の頬を軽く切って行ったのだとわかったが、動きが全く追えなかったし、そもそもどこへ行ったか分からない。
あたりを見渡すと悪魔は俺の後方に立っており、俺が気が付くのを待っていたかの如く再度姿が掻き消える。
……何度も見つけ、何度も見失い……そのたびに俺の体から数条の傷が増えてゆき、ぼろぼろだった服が更にボロボロになり、俺の血で大半が赤く染まっている。
さっきから何度も悪魔の攻撃を避けようとしているが、目に見えない速さの攻撃を避けることは出来ずに、襤褸切れの様な姿になって立っているのもそろそろ限界に近い。
「ふむ、何というか本当に強情な勇者ですね」
「いやいや、マジでもう全力で本気で戦っているんだけど。何を期待しているかわからないけど、流石にこれは死んでしまうから止めにしないか」
「そんなに私如きでは本気は出したくないと言う事でしょうか……それとも……いえ、そんなことはあり得ないでしょう。では次は、本気を出していただかないと大怪我では済みませんよ」
本当にこの悪魔は俺の言う事は聞かないな!
歴代の勇者は恐らく、この悪魔の攻撃を軽くいなして倒せる程の力があったのだろうけど、今の俺はどうあがいてもこの悪魔が倒せる道筋が見えない。
目の前で悪魔が爪を構えいつでも俺に切りかかれる体制をとっているが、目にも留まらぬ速さの攻撃なんて風切り音がしたと思ったら切られてるレベルなので、防御もままないんだけど。
「それでは、これで本気を出してください。ここで力をお見せいただかなければ、あなたは死にますからね。さあ見せてください! 勇者の本気を! 」
悪魔は叫び声を上げ再び掻き消え、無茶苦茶に剣を振り回すが、ヒュンと音がしてさっきまでとは違う深い傷が出来た。
「どうしました、早く本気度出してくださいませ。このままでは本当に死んでしまいますよ」
悪魔の風切り音と共に現れる爪の連撃を躱すことが出来ず、たまに剣で弾けることがあるが、さっきよりも激しい攻撃にもう体が付いて行って居なかった。
「仕方ありませんね。本当に死なれると困るのですが――まあ勇者なら大丈夫でしょう」
悪魔はそう言って爪を戻した手を上に掲げると、何もない空間に氷柱が何十本も現れる。
「それでは受けてください」
氷柱が俺が居る一帯に向かい、一斉に打ち出される。
悪魔一撃より遅く、なんとか剣で撃ち落とそうとしたが。
「あああああああぁ! 」
氷柱を受けきれず左足の甲に突き刺さり、激痛に俺はしゃがみこんでしまう。
氷柱は足の甲を貫き、地面に縫い付けられたようになっている。
「ぐぁ……い……あ……っ……」
激痛のせいで只々足を抑えてうずくまる。
痛い、痛すぎる……このままじゃ本当に死んじゃうって……に、逃げないと。
縫い留められていた氷柱を無理やり地面から抜き、這いつくばって悪魔とは反対方向へ逃げていく。
少しでも遠くへ、逃げられる可能性は無いのかもしれないけど、俺にはもうそうすることしかできなかった。
這いずって逃げようとしている俺の目の前に、一本の氷柱が突き刺さった。
「どこに行かれるのですか?」
悪魔が問いかけてくるが、無視して這いずって行くと右の脇腹に激痛が走る。
「――ごふっ。かはっ……」
脇腹に氷柱が突き刺さり、激痛とチカチカする視界で動くことも出来なくなってしまった。
ああ、俺の人生はここで終わっちゃうのか……日本に帰りたかったな……。
意識が遠のいて行き、元に居た日本の家族か友人達の顔が走馬灯のように流れていく。
「シクラ様! 」
どこかから俺を呼ぶ声がして、気力を振り絞り声のした方へ顔を向けると……視点が上手く合わせられずぼやけているが、メイド服を着たアイリスがこちらに向かった走って来ていた。
死ぬ前に幻でも見ているのかな、アイリスがこんな所に居るはずは無いからね。
「シクラ様! 今そちらに向かいます! お気を確かに! 」
再び呼びかけられてアイリスは幻ではなく本人だと気が付き、手放しかけた意識が戻ってくる。
「く……るな……もど……れアイ……リ……ス……」
声すらまともに出せないのか!
こっちにはまだ悪魔が居るのに、アイリスにそのことを教えることが出来ない。
段々とアイリスは近づいてきて、遂に俺の元までたどり着いてしまう。
「シクラ様! 今治療を致します! 死なないでくださいシクラ様!
アイリスの魔法でそこら中傷ついていた体は段々と治って行くが、氷柱が残っている箇所は治療できずにいた。
俺はこの時知らなかったが、アイリスが使った魔法の効果は――本来ここまで回復させることが出来ない物だった。
「シクラ様、少し痛むと思いますが我慢してください」
「たの……む……」
俺の返答にアイリスは頷き、脇腹と足に刺さっていた氷柱を抜いて回復魔法を更に唱える。
アイリスの回復魔法のおかげで体の痛みは治まったけど、さっきまでの大怪我で気力が衰えて立つ事も出来ず座り込んでいる。
「シクラ様はしばらく休んでいてください、悪魔の対処は私がします」
俺の傷が癒えたことを確認したアイリスは、俺の剣を手に取り悪魔に向かって行く。
メイド服で片手には剣を持ち悪魔に向かって行く姿は、かなりシュールな状況だ。
「こんな所で三下悪魔が何をしているのですか」
「これはこれは、勇者の従者の登場ですか。楽しみたいところですが、今回は勇者の能力調査なのでお引き取り頂けないでしょうか」
「従者がそれを許すとでもお思いですか?」
アイリスさん、笑顔で悪魔を煽る姿がめちゃくちゃ怖いんですけど……うん、アイリスは絶対に怒らせない様にしよう――うん、そうしよう。
アイリスと悪魔はにらみ合ったままじりじりとお互いの距離を詰め合い、お互いの間合いギリギリのところで向かい合う。
――そして戦闘は唐突に始まった。
アイリスは悪魔に切りかかり、悪魔は爪で応戦する。
アイリスの剣戟は俺よりも少し遅いが、経験の差か悪魔の攻撃をうまく捌いている。
ただ悪魔は俺と戦った時程の速度は出しておらず、アイリスに合わせているかのような速度で打ち合っている。
「流石は従者と言ったところでしょうか、妨害するのはお得意のようで」
「わざわざあなたに本気を出させてあげる必要はないでしょ」
「ククク、そうですね。楽しいひと時ですが、遊んでいるわけには行かないので、どいて頂きます」
悪魔はさっき俺に放ってきた魔法を展開させ、アイリスに向かって射出していく。
「その程度ですか、
アイリスが展開した岩壁に氷柱が降り注ぐが、突き刺さりはしたが岩壁を抜くことは出来ない様だ。
「この程度でわたしっ―― きゃあ! 」
アイリス作り上げた土壁突き破り、悪魔の拳がアイリスの腹部叩き込まれて俺が居るほうへ飛ばされてくる。
「っ!間に合え!」
回復しきっていない体に鞭を打ち、アイリスを抱きしめるように受け止めた。
「大丈夫かアイリス!?」
「シクラ様、ありがとうございます。大丈夫です――
アイリスはメイド服しか来てないから、直接体にダメージが入っていたようで口元に血が付いている。
魔法で傷を癒したようだけど、流石にこのまま悪魔と戦闘させたくはないな……女の子だしね。
「アイリス、今までありがとう。アイリスが逃げる時間位は何とか稼いでみるから、何とか逃げ延びてくれ」
アイリスにそう言いながら、魔法を使うために置いた剣を拾い上げた。
「シクラ様ダメです! それではシクラ様が、シクラ様が……」
「良いんだ、最後くらい格好つけさせてくれ。それに誰かが知らせに戻らないといけないのだから、一番可能性が高いのはアイリスなんだからね」
アイリスと目が合う。
さらさらの髪に、涙で潤んだパチリとした目、全体的に整った顔立ち……元の世界でも出会ったことのないこんな可愛い子を守れるなら悔いはないかな。
さてさて、さっきは死にたくなかったけど、一秒でも時間を稼げるように頑張りますかね。
「じゃあねアイリス。何とか逃げ切ってね」
「――シクラ様!! 」
立ち上がろうとした俺にアイリスが飛びついてきて、温かく唇に柔らかな感触と目の前にアイリスの顔がいっぱいに広がっていた……アイリスにキスをされていた。
いきなりの事で気が動転している俺に、更に追い打ちをかけるように眩しい光が溢れだし、眩しさで何も見えなくなった。
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