第5話 球技祭、前前前日くらい

「お前、球技祭何出るん?」


 昼休み。いつもの広場でお弁当を食べていると、目の前で涼介がそんなことを聞いてきた。

 球技祭は、六月中旬に行われる高校初の行事だ。人数制限はあるものの、どの種目に出るかは概ね生徒が自由に決められた。


「えーと、何があるんだっけ」


「バスケとサッカーとソフトボールと……あとなんだっけ――?」


「――バレーと卓球だよーん」


 咲さんが涼介の後ろからヒョコっと顔を出した。

 涼介の瞳孔が一気に開く。


「うわっ――!?ったくビビらせんなよぉ……」


「ごめんごめーん」


 涼介は驚いた反動で箸で掴んでいたミニトマトを落としてしまった。

 本人は酷く落胆している。


「咲さん……マジでやってる事中学から変わらないな」


「へへっ」


「『へへっ』じゃねぇよ、自慢げにすんなぁ!!」


 咲さんはそんな涼介の様子を見て爆笑していた。

 涼介はそれを見てさらに憤慨する。


「涼介と咲さんは何出るかもう決めたの?」


「俺はバスケかな、一応経験者だし」


「私はバドミントン!」


 咲さんは片手を上げてエアーでバドミントンのスマッシュを決めた。

 

「女子側にはバドミントンあるのか」


 涼介がそう呟いた。

 実は、数種目の例外を除いて、球技祭の競技は男子と女子で基本的に違う。

 バドミントンは女子専用であり、その代わりに男子には卓球があった。バドミントンは競技人口が少なくない。そのため、バドミントンをやっている数人の男子が球技祭で出来ずに嘆いていた。


「綾人くんってなんかスポーツできるんだっけ?」


「いや、何もやってこなかったな」

 

 綾人の運動神経は優れていると言える。体をしっかりと鍛えてるためスポーツテストなどでは高得点をとる。センスもあるので体育の授業等でやると大抵上手にできる。ただし経験者には勝てないし、綾人より感覚が優れている人もいる。現状の綾人は全てのスポーツにこれが当てはまっていた。


「んで、結局綾人は何に出るんだ?」


「……なんでもいいかな」


「なんだそりゃ」


 綾人に得意なスポーツは無かった。


 ***


 結局綾人はバスケに出場を決めた。

 どのスポーツでも同じなら友達の涼介がいる所にしよう。そういう浅い考えだった。


「よし! 当日、バスケ勝とうな」


 涼介は白い歯をこぼす。そして、綾人に拳を差し出した。

 綾人は差し出された拳に自分の拳をぶつける。


「そうだな……勝ちたいな」


 自然と綾人にも笑みが浮かんだ。

 すると涼介は突然何かを思い出して話し出した。


「――そうえば咲って今日有栖川早苗と飯食ってたのかな」


 広場から帰ってきて現在は教室。咲さんとははぐれていた。


「どうだろうな」


 そう言ったが、綾人はその答えを知っていた。

 休み時間は常にお嬢様を視界に入れているためだ。例えば涼介と向かい合わせでご飯を食べていたとしたら、その涼介の背後にはお嬢様の姿がある。

 昼休み以外も廊下に行ってお嬢様の前の教室で誰かと喋ったり暇を潰したりした。そのようにしてお嬢様とその周辺を監視している。

 今まではお嬢様しか見ていなかった。しかし、お嬢様と咲さんが関係を持ったため、誰と一緒にいるかまでもしっかり見ている。


 そして、お嬢様と咲さんは今日も二人でご飯を食べていた。


「咲があんな有名人と友達になるとはなぁ」


「彼氏としては鼻が高いか?」


「まさか……咲が凄い人と友達だからって俺には関係ないよ」


「そうか……」


 残り五分ほどで五時限目が始まるので教科書の用意をし始めた。そのタイミングで涼介に話しかけられる。


「……実は俺、中二の冬に有栖川早苗を学校外で見たことがあるんだ」


 涼介は懐かしむようにそう語り始めた。目が少し泳いでいる。そして、声のトーンも普段と少し違った。言おうか迷った結果の発言のように見える。


「あの人冬なのに、草も何もない木をボーッと見ててさ」


「……あぁ、うん」


 これは本当の話だろう。お嬢様は時々理解し難い行動に走ることがある。枯れ木を観察はいかにもお嬢様がやりそうだ。


「俺思わず声かけたんだよ、何してるんだ? ってそしたらさ、『花見です』って返ってきたんだ」


「はぁ……」


「花なんて咲いてないぞって言ったら、あの人『落ち葉を見て、あなたは新芽の花が開くことを夢見ることが出来ますか?』って聞いてきたんだ」


「いや質問ムズすぎ無いか?」


「そうなんだよ。さらに言葉を続けてさ、『私は枯れ木から、花が開く夢を見ているんです』と言ったんだ。あの人はそれが好きらしい」


「……んー、言ってる事は分かるが全く共感は出来ないな」


「だよな、中二であの感性を持っている人だ。咲と上手くやって行けるのか怪しいぞ」


「まぁ……咲さんなら、コミュ力高いしなんとかなるだろ……あ、教科書ロッカーの中だ」


 そう言って綾人は席を立つ。そして、ロッカーのある廊下に向かって歩き出した。

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