36「北沢戦争の追憶」

「なあ──もう良くないか?」


 エリートは白目をむきながらグッタリとした姿で打ち続けていた。


 頭上のデータ表示機では、すでに通常時G数が800を超えている。


 リール盤面ではベルが揃い、盤面上のキャラクターの目が白くフラッシュしていた。


「……俺には……やっぱり向いてない……」


 ヲタは死んだ魚の目をしながら機械のように回胴式遊技機を回し続けていた。


 すでに何回も訪れているCZに失敗し続けて液晶画面は戦闘シーンから通常時に戻る。


 周囲の台がそれなりのビッグボーナス回数を付けている中、ヲタの頭上にはさんぜんと0の文字が輝いていた。


 そんなエリートとヲタを両脇に置いて、キャバはギアスR2のARTを楽しんでた。


「だらしないな~ウチの男子は。さあ、ここよここ、見てなさいって♪ せーの、ドーン!」


 キャバがレバーを叩くと液晶画面がエピソードから満月の背景に変わり、荘厳なBGMと共に紫色の両手を広げたロボットが現れた。


「ドルイドきちゃあああ!」


(いや、それだけ何回も武器破壊してエピソード引いてれば)


(気付いてない。エピソード法則がすでに崩れていたのだけど黙っておこう)


 男子2人は感心を通り越したあきれた様子でキャバを見つめていた。


 隣でそこまでやらかされては、身内でも開いた口がふさがらなくなる。


 ましてやそれが自分の台で高設定が確定し、機種としても全系であるのがほぼ間違いない状況ならば。すでにREGボーナス中やボーナス&ART終了画面から、高設定示唆は出ているのだ。


 パチスロで最もつらいのは単に負けている時ではない。


 台からの確定示唆や周囲の状況で高設定を確信している状況で、理不尽と己の不運を呪いながらただただ打ち続けざるを得ない時が一番つらい。


 一言で言えば、死にたくなる。


 そんなグランドリニューアル3日目の午後。


 エリートとキャバとヲタ、3人は並んでギアスR2を打ち込んでいた。


 


 それは昨晩のこと。


「勝ち頭の言うことは絶対!」


 グランドリニューアル2日目を終えた日の夜、ウィークリーマンション近くの居酒屋で打ち上げをしていた中で、キャバがいつになく前のめりで強くキャバが主張したのだった。


「今日は最後まで1人で打ってたんだよ? 絆2ももちろん楽しかったけど、本当はヲタくんかエリちゃんの隣でギャーギャー騒ぎながら打ちたかったんだから」


「それは設定を求めた結果であって──どうしようもない」


「……ギャーギャーは良くない」


「あれ? ヒキ弱の負け犬とチョロ勝ちのハナ狂い君が何か言ってるっぽいけど聞こえないな~」


 キャバの言うとおり、昨日はキャバこそ456確の上に設定6の機械割を上回る大勝ちをしたが、エリートは6挙動のオリ平の猪木を打つも展開負けでマイナス。


 ヲタも小役・サイドランプ・レトロサウンドなど推測要素は強かったハナハナ鳳凰で健闘したが、わずかなプラスで終わってしまった。


 閉店後のホールからも『プライムな景色をお楽しみいただけましたか?』と念押しの答え合わせがツイッターにアップされ、データ的にも素数番号台が当たりなのは間違いない。


 そんな環境下で3人トータルでこそ日当に相当するくらいは勝てたが、そのほとんどはキャバの出玉、そのアームのおかげだった。


 もちろん、そんなことは結果論。3人が組んで打っている限り、誰のおかげで誰のせいというのは一切関係ない、というのはキャバも分かっている。


 その上でキャバは、自分のワガママを聞いて欲しいと主張しているのだった。


「で……どうしたいんだ……キャバは?」


 ヲタは観念した口調でキャバに尋ねる。エリートも仕方なくそれに同調してうなずくと、キャバは嬉しそうに宣言した。


「明日は3人並んで打つ! これ絶対、女王様の言うことは絶対!」


 それを聞くと、エリートは深くため息を吐きながらさっそくスマホでホールデータを開き、機種選定に取り掛かった。


 


 グランドリニューアル3日目の状況は、とても分かりやすい状況だった。


 ジャグ系とハナハナ系が相当にベースが高そうで、メリハリというより456が敷き詰められている印象が強い。


 一方、AT・ART系ではギアスR2・ギルティクラウン・トータルイクリプスなど少数台かつ荒い機種が強く、前日が絆2だったので番長3に期待した客が多いところをスカし、その分の割をジャグ&ハナハナに回しているようだった。


 エリートとしてはジャグ&ハナハナが第一候補だったが、キャバは当然のように首を縦に振らない。番長3は早番で埋まり3人で並ぶのは無理。ならば朝イチからは選ばれにくく、少数台で設定推測も比較的進みやすい台ならばと次々に候補を挙げて、キャバのお眼鏡にかなったのがギアスR2だったのだ。


 正直なところ、いま高設定を打てているのは限りなく偶然の産物に近い。


 そしてキャバがぐんぐんとARTを伸ばし、エリートとヲタがずぶずぶとハマっていくのも偶然のはずなのだが、負けている2人はどこかそれが必然のようにも感じられた。


「……これ……どうやって出すんだ……」


 ヲタはようやく入ったARTを単発で終わらせ、キャバやエリートが近くにいることもあって滅多に口に出さない愚痴をこぼす。


 だが、エリートはそれどころではなかった。


 天井直前に引いたスイカで強い演出が始まり、おそるおそる中リールを押すと中段に赤7が止まる。


 そして右リールを目押しすると中段に青7が止まり、この時点で横から見ていたヲタは天を仰ぐ。


 エリートもいま目の前で何が起こっているか分かっていたが、それでも祈るように左リールに赤7を狙う。


 そして赤7は下段に滑ることもなく、チェリーチャンス目であるわけもなく、中段に止まってREGボーナスが成立する。


 展開の左右に感情を揺さぶられるだけ無駄と分かっているはずのエリートも思わず肩を落とし、うつむいて空っぽの下皿を見つめたまましばし動けない。


「はーいみなさん、そろそろお時間ですよ」


 それは試合終了のお知らせ、ダウンからのカウントアウトを待たないレフリーストップの宣告。


 その声の主は、宇都宮市内の病院で絶賛入院中の浅野の妻、真由美だった。


 


 


 エリートとヲタと真由美の3人は、駐車場に停められた「わ」ナンバーのメルセデスベンツの車内でキャバが来るのを待っていた。


 力尽きた男子2人は真由美に声をかけられると、すぐに打つのをやめた。


 ヲタは宇都宮滞在中に知り合いとなった地元の専業や常連に声をかけたが、ことごとくギアスR2はいらないという返事だった。誰もがジャグやハナハナをすでにツモっている状況で、たとえ設定があろうと波の荒いART機を打つ理由が彼らには無い。


 結局エリートと話し合った結果、誰に譲ることもなく自然と台を空けた。しかるべき者たちに情報は伝えて感謝もされている。あとは、勇気ある地元勢が腰を下ろせばいい。


 一方、キャバはARTが終わらず両脇も空いてしまって途端に不機嫌になっていたが、打ち手の感情を台がくみ取るわけもない。


 むしろ早く終わって欲しいというキャバの願いもむなしく、ギアスR2のバトルピースはなかなか減らずARTは続いていく。


 最初のうちはキャバのことを見守っていた3人もその場で待つのをあきらめ、車で待機することにしたのだった。


 そして1時間近くが経ち、ようやくキャバがホールの裏手から出てくるのが見えた。


 真由美が軽くクラクションを鳴らし、キャバがそれに気付く。


 キャバは小走りに近付いてくると、一周して車をめ回すよう眺めてから空いていた助手席に乗り込んできた。


「みんな待たせてゴメンね」


 キャバは運転席の真由美にさっそく声をかける。


「すごいですね、これアバンギャルドじゃないですか?」


「瀬戸さんが好きなの借りていいって言うから、なお君に相談したのね。そうしたら偉そうなのがいいってことで一番高いのにしてみたの。最近は普通のレンタカー屋さんでもこういうの置いてるのね~」


 ふんわりとした真由美の答えに嬉しそうにうなずくと、キャバは真由美と後部座席のエリートとヲタにレッドブルを手渡した。待たせてしまったささやかなお詫び、といったところなのだろう。


「東京まで送ってもらえるなんて、本当にいいんですか?」


「いいのよ、全然。なお君はまだ動けないし、うちの車はパチンコ屋さんに突っ込んじゃったし、荷物もあるから車で一度帰りたかったの。またとんぼ返りでなお君を迎えに来るんだけどね」


 若者3人を乗せて東京に車で戻るよう提案したのは、入院中の浅野だった。


 浅野家のマイカーをおしゃかにしたのは店長の神内であり、代車は本人にいずれ弁償させるにしても当面の足くらいは会社で補償しろという浅野の要求を瀬戸口が飲んだ形だった。


「ただし、私はペーパードライバーだから覚悟してね。なお君も私には滅多に運転させないくらいだから」


「それはどういう意味で、ですか?」


 さすがに不安になったエリートが尋ねる。


「私が運転すると、あまりにスピードを出さないで安全すぎるからイライラするんだって」


「ああ、それなら問題ないです。ゆっくりお願いします」


 浅野が一番偉そうな車がいい、と言ったのを理解できた。


 さすがにメルセデスベンツのC180アバンギャルドをあおろうとする車はいないだろう。


「キャバは……高い車には乗り慣れてるのか? 昨日もすごいのに乗ってたけど……」


 ヲタが助手席の背後からキャバに尋ねると、キャバは首を横に振った。


「そんなことないよ? キャバクラで働いてお客さん相手にしてるうちに覚えただけ。昨日のロールスロイスは、親父の唯一と言っていいぜいたくというか、趣味みたいなものだから許してあげて」


「でも……高いんだろう?」


「新車だと4000万越えるけど、中古で1500万のを買ったんだって。まだローンもだいぶ残ってるって言ってた」


「……もういい……聞いた俺がバカだった……」


「ちょっと何よこの空気!? 別にアタシが買ったわけじゃないんだから! 昨日だって見た目から圧をかけていけ、って親父が言うから渋々だったのよ」


 昨日とは異なり、逆に後部座席から静かな圧を感じたキャバは必死に言い訳するのだった。


「それじゃ、そろそろ行くから。みんなシートベルトしてね~」


 真由美は会話のタイミングを見て切り出すと、ブレーキを踏み込みエンジンのスタートボタンを押した。


 


 


 瀬戸口が事情聴取を終えて警察署内の取調室を出ると、1階のロビーで御剣が待っていた。


 2人は目を合わせて軽くうなずくと、語らうこともなく別々のタイミングで警察署を出た。


 互いに駐車場から車を出すと、市街地から郊外に景色が変わるまで走らせていく。


 やがて大型家電量販店が見えてくると、車間距離を置いていた2台は共に駐車場に入る。


 近くに他の車の姿がない店舗から遠く離れた区画にまで行く着くと、それぞれの車はエンジンを止めた。


 御剣が白のハイエースから降りると、バックドアを上げて開けた荷台に腰かける。


 すでに外に出ていた瀬戸口はその前に立ち、口を開いた。


「墓場まで持っていく秘密ができちまったなあ。本当に申し訳ない」


「どうということはないってもんです。いきり散らかしてた半端者が行方不明になったところで、警察も深くは捜査はしません。奴を亡くして惜しいと思う人間でもいれば話は別でしょうが、しょせん外道すら踏み外したやからですから」


 御剣はそう言いながら懐から煙草を取り出し、いつもの仕草で瀬戸口に進めた。


「しかし、万が一にでも足がついたら弁解のしようもない。その時はためらわずに俺の名前を出してください」


「そんなことはしやせんよ。あっしが泥をかぶれば済むことです。どうせ先が長いわけでもない人生ですし、お勤めで終わるも悪くは無いってもんでさ」


「いやいや……その時は俺に面倒見させてください」


 瀬戸口は受け取った煙草に火を灯すと、人気のない開けた駐車場で大きく煙を吐いた。


「それにしても瀬戸口さんやあの若い者たちの役に立ててよかった。久しぶりに年甲斐としがいもなく胸が湧きましたよ、でかい縁日も開けやしたし、また得物を振るう場にも立てやしたし。ああ、最後のは褒められたもんではないか」


 御剣は深くしわが刻まれた顔を崩し、照れくさそうに頭をかく。


「下北沢を思い出します。あの時は、あっしも瀬戸口さんも若造でしたなあ」


「俺なんかバイトで入ったばかりのペーペーで、パチンコ屋で働けば寮もあるし、仕事でも休みでも好きなパチンコやパチスロのそばにいられるってだけで喜んでた馬鹿でしたよ。そんな時に、下北沢戦争が起きた」


「昨日まで遊びで打ちにいってた店へ、今日から街宣車を横付けして嫌がらせしてこいって兄貴分に言われたんですからびっくりですわ。街宣車の金網越しに瀬戸口さんと目が合った時は、いくら組の指示とはいえ気まずいったらありゃあしない」


「店の前に立つ機動隊員だけが頼りで、俺はもうビクビクしながら仕事してましたよ。俺はせいぜい店や換金所に投げ込まれた汚物を掃除したくらいでしたが、当時のホールの会長は自宅へ発砲されたり火炎瓶投げ込まれたりガチでしたね」


「あそこまでカタギが意地を張って反抗し、ヤクザも堅気に対して本気になった事件もそうはないでしょう。しかもたしか、2年くらい続いたような気がしやす」


「会長も本気でしたからね。パチンコ業界を健全化する、実質的に暴力団が経営していた換金所を全面的に排除する、と。そりゃあ今まで美味しい汁を吸えてたのに、突然足抜けすると言われれば暴力団側も本気で潰しに行かざるを得なかったでしょう」


「まあカタギの方々も腹が据わってたし、警察も本腰を入れてたから、あの戦争はこっちの方が分が悪かった。しまいには、瀬戸口さんと仲良くなっちまう始末でしたからなあ」


「あれは怖かったけど面白かった。もう戦争も終わり頃で、御剣さんが組の指示で新しく作られた換金所にゴミを投げ捨てようと来たところに、もう嫌がらせが来てるだろうと掃除道具とゴミ箱を持ってきた俺が鉢合わせした」


「もうあの頃には下っ端のあっしにも先は見えてやしたし、正直もうあんなせこい仕事は飽き飽きしてたんですよ」


「俺はもう襲われるんじゃないか、って逃げようとしたら『これ、捨てとけ』ってゴミ袋を渡してくるんだから。こいつヤクザなのにかわいいぞ、って」


「かわいいは言い過ぎでしょう。でも、そうしないうちに組もあきらめて戦争が終わった。正直、胸をでおろしてましたよ。カタギを敵に回すってのは、あっしはどうも苦手でしたから。今じゃすっかり瀬戸口さんの業界はデカくなって平和なもんですし、今回のようなことがない限りあっしらの出る幕はないでしょう」


「いつの時代にも金に汚いやからはいるが、そういうのは俺たちみたいな年寄りが黙って掃除しておきましょう。どうせこんな話、若い奴らが聞いても『老害がまた昔話でイキってる』と返されて終わりですが」


 瀬戸口は高笑いしながら、思い出話を締めくくった。


「そう言えば、彼らはどうしやしたか? あのヲタって呼ばれてた若者には少しだけ体術を教えましたが、なかなかに肝が据わってた。きっとああいう者は、不器用でしょうが太く筋を通す生き方をするに違いない。それに連れのべっぴんさんもああ見えて気品があったし、もう1人の青年、あれはかなりのキレ者だ」


 それほど長い間ヲタ達に接したわけではないのに、御剣の人を見る目は確かなようだった。


「今頃は東京に戻っているでしょう。彼ら全員がどれだけ打ち続けるかは分からないが、ホールにとっては今後も良い客であり、ライバルであり続けるでしょう。思わぬ縁だったが、だからこそ再び出会うこともあるかもしれない」


「そうですなあ、人の縁ってやつは大切ですからな」


 御剣は深くうなずくと遠く空を見つめながら自らの人生を振り返り、その終わり際に出会えた才気あふれる若者たちに思いをせる。


 その翌朝、御剣は身辺をまとめ警察に出頭した。

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