10「グランドオープンの裏側とは?」

 栃木県宇都宮市だけで大手情報サイトに登録されているのは40軒以上。


 そのほとんどはパチンコ・パチスロの併設店で、最大規模で約千台、パチスロなら500~600台のホールもある。


 ただし、規模の大小はあれ平屋1階建てで広い通路とゆったりした島配置が施され、収容台数の大きい広大な駐車場が用意されている。地元民の移動手段が車やバイクである以上、ホールに限らず地方店舗に見られる当たり前の風景だ。


 それは単に地代の安さゆえだけでなく、客の訪問率の高さやその出入りが激しい都心ホールと比較して、客の滞在率を重要視していることも大きい。ホール内に大きな休憩スペースや飲食店を設け、ショッピングセンターやアミューズメント施設と隣接しているのも、商圏自体の形成を意図している。


 


 都心からは遠征が必要で、地方ゆえのある程度の客層の緩さがある。しかし、しっかりと設定を入れてくることも知られており、打ち手にとっては穴場的なイメージがある。


 そのような環境下で、都心に数店舗を持つ系列店が宇都宮に新規店舗をオープンする。


 規模はパチンコで400台、パチスロで300台ほどの中規模クラス。


 玉を出さないわけがない、というのは素人考えだがそれはもちろん間違っていない。


 問題は新規店舗ゆえに情報力の差が付けにくいフラットな状況で、どれだけの精度でその恩恵に預かれるか。


 


「と、基本情報としてはこんなところだ──おい、聞いてるのか?」


「エリちゃんの説明長いんだもん、ピザが冷めちゃう」


「……キャバ、真面目に話をしてくれている人の前で指をベトベトにしながら俺の分のカマンベールまでむさぼり喰うのは……良くない」


 キャバは口の中でとろけるチーズを十分に堪能たんのうすると、紙ナプキンで指を拭いてから答えた。


「店は玉を出してくる、今までの都心の店とは規模と客層が違う、ようはそういうことでしょ? アタシたちでまだグランド攻めたこと無いじゃん」


「──それで間違いない」


 エリートはそう口にするとノートPCをキャバとヲタの前に置いた。


 キャバは自らを頭が悪いように見せながら、会話の本質を常に理解している。それを分かって演じていると気付いた時は、彼女の職業病かと嫌悪感を抱くこともあった。


 しかし、時を共にするにつれてこれはキャバ自身が備えた能力であり、それを隠そうとしていないエリートやヲタに対しての信頼であると分かってからはむしろ好ましく思えるようになった。


「マーベラス宇都宮店? 上野とかにあるのと同じ系列なのかな。まだ台構成は載ってないね」


「事前整理券が必要……日帰りじゃ無理か」


 ノートPCのディスプレイを眺めながら2人はホール情報を確認していた。


「下見と整理券確保のために前入りする。状況次第だが、最大でグランド期間の3日間を想定している」


「お泊まりじゃん、やったねヲタくん、旅行だよ旅行!」


「……旅行……初めてかも」


「うっそ、旅行童貞卒業じゃない!」


「…………」


「遊びに行くわけではない」


 頬を赤らめるヲタに助け舟を出すかのようにはしゃぐキャバをいさめつつ、エリートはノートPCを手元に戻した。


「ただ、もちろん全員の同意が無ければこの遠征はやめておく。2人の意見はどうかな」


「エリートが戦えると判断したなら、俺は……ついていく」


「2人と遠出なんて、そんな楽しそうなこと乗っちゃう一択でしょ」


「ここまで言っておいて何だが、今までと違って過去データや店の癖、打ち手の傾向や専業の比率をつかんでいるわけではない。勝ちに行くというよりはチャレンジの面が大きい」


 エリートの顔に感情の揺らぎは見られない。ただ事実のみを語っているのが分かる。


「ハイリスクハイリターン、ってことでしょ。望むところじゃない!」


「リスクを取るのは俺たちの普段の打ち方ではないけど……不利というわけでもない?」


「見知らぬエリアの専業たちが通い詰めるホールだったらこんな冒険はしないが、完全新規のグランドオープンなら打ち手の状況はイーブンと考えてる。むしろ、地元ではなく僕たちが知っている系列のホールならば、少しは読みを入れていいと思っている」


「そこまで考えているなら……俺に異論はない」


 ヲタはうなずくと、会話で手を止めていたピザとの格闘を再開した。


「じゃあ決まりね。アタシもお店のシフト外しておくね、キャリーバッグどこにしまったかな~あ、ヲタくんの分も用意しなきゃ」


「……助かる」


「詳細はまた後日に。では僕は帰ることに──」


 エリートがそう言ってノートPCを閉じて立ち上がろうとすると、キャバがその手をつかんだ。


「!?」


「せっかくなんだから最後までいっしょにご飯食べよ? ヲタくんもアタシの部屋来てから気軽に男の子と話せることもないし、アタシもこの3人でラインじゃなくて顔を合わせて話すの好きだし」


「そうか──それにしても2人を客観的に見れば、家出少年を水商売の女性が囲ってる感じだが生活に違和感が無いな」


「感じも何もそのとおりだけどね。でも、安心してまだヤってないから。ヲタくんは可愛くてジェントルマンだよ?」


「……キャリーバック探してくる」


 ヲタは顔を真っ赤にして紙ナプキンで手を拭くと、隣室へ脱兎だっとのごとく逃げ込んでいった。


「可愛いな」


「ね~」


「ちなみに“まだ”とは?」


「そんなの分からないじゃない、男女の仲なんだから。スロの立ち回りならともかく、この手の話はエリちゃんよりも分かってるつもりだけど」


「──ごもっとも」


「でしょ、えへへ~」


 キャバの悪戯をするような物言いをしながら艶っぽい笑みをこぼす姿に、一瞬心を囚われそうになったエリートだった。


 


 


「お疲れ様です!」


『お疲れ様です!』


「グランドオープンを控え、今日は顔合わせとして全ての職種の方に集まっていただきました。私がマーベラス宇都宮店の新店長に任命された神内です、みなさんよろしくお願いします」


『よろしくお願いします!』


 内装が完了していない塗料の匂いが残るカウンター前のフロアに、様々な制服に身を包んだ人々が整列している。その対面にはスーツを着た幹部らしき者が数人、そのうちのやや小太りな1人が前に出て、額から落ちる汗を拭きながら挨拶をしていた。


「この店舗は我がグループが北関東に進出する橋頭堡きょうとうほであり、記念すべき第一歩であります。今みなさんの前にいる店長クラスやマネージャーは、首都圏の各店舗で勤務してきた者たちです。ある意味、私たちは新参者でありみなさんの力を……」


「長い挨拶はいいだろう店長、みんな忙しい中で集まってくれているんだ」


「すみません、瀬戸口マネージャー……」


「ま、張り切る気持ちは結構ですが」


 諭された新店長が後ろに下がると、エリアマネージャーである瀬戸口が代わりに前へと進んだ。


 北関東のエリアマネージャーに任命されたが、そもそも任命時点でグループ内に北関東の店舗は無い。要は新店長の言っていたとおり、敵の陣地に乗り込む切り込み隊長みたいなものだ。


 社内的な立場で言えば、出世コースへの試金石。ここで業績を残せるかでグループ幹部への仲間入りか、マネージャークラスで修行の日々か、やらかして店長クラスに逆戻りかが決まる。


 もっとも、自分の出世には興味はない。それよりも新規開拓という新たな土地、新たな文化や打ち手との出会いが楽しみで仕方がない。


「マネージャーの瀬戸口です。返事とか復唱は無しで。別に軍隊でもないし、俺も偉い人間でも何でもないのでリラックスしてください」


 瀬戸口の言葉に整列する社員や業者たちの中でざわめきが起こり、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。


「自分では誇り持ってやってますが、世間様から見ればギャンブルで人様から金をかすめ取るやからです。ただし、実際は法にも認められ、この国でもっともプレイ人口が多い一般大衆向けの娯楽です。後ろめたいことは何もない、その点はウチで働くにあたって覚えておいてください」


 聞く者たちの間には笑みが漏れ、瀬戸口に対して自然と関心が向いていく。


「ま、気楽に、でも真面目に。俺の仕事は、みんなが働きやすい感じに調整して事故ったり失敗したときに責任取るのが仕事です。ただ、わざとやらかすのは勘弁してください。それはさすがに無理だ、みんなのことは仲間だと思ってるんで」


 瀬戸口はそう言いながら眼前に立つ社員、アルバイト、清掃業者、1人1人に顔を向け視線を合わせていった。


「長くなりました。店長のこと言えないな、すんません。何かあったら遠慮なく聞いてください、グランド前なら対応もしやすいんで。では、この新しい店をどうかよろしくお願いします」


 そう話を〆ると、会合における上長の講和という図式にも関わらず瀬戸口はちょうめんに45度の角度で頭を下げる。すると、決められたわけでも強要されたわけでも無いのに、自然と拍手が沸き起こった。


 


「お疲れ様です。さすがでした、瀬戸口マネージャー!」


「店長、そういうのいいんで。さっそくチェックリスト確認していこう。副店長、準備を」


「少々お待ちを」


 新規店舗の全従業員と関連業者の顔合わせを兼ねた全体集会を終え、瀬戸口と店長、そして今ノートPCをHDMIで大型モニターに接続している副店長の3人はバックヤード奥の事務室に集まっていた。


 促された副店長は、眼鏡のずれを直しつつそつなく準備を進めていく。スリムな出で立ちで社員の制服である黒基調のスーツを着こなし、腹の肉がベルトに食い込む店長とは対照的な姿だった。


「お待たせしました。どこから始めますか?」


 副店長はモニター上のエクセルに表示されているリストをドラッグしてみせた。


「グランドオープンまでにこのメンバーで時間を取って顔を合わせることができるのも今日が最後だし、最初から行こう」


 瀬戸口の言葉に、店長は焦りを見せて副店長に思わず問い掛けた。


「副店長、年間計画の件については……」


「それもこれから確認していくのでは?」


 副店長は素っ気ない態度で視線を瀬戸口の方に向けた。


「風俗営業許可証と管理者証は?」


「書類審査、公安委員会の実地検査ともに完了し、許可証は掲示済みです。管理者証は店長がお持ちかと」


「ああ、ちゃんと無くさないように持ち歩いてるよ」


 瀬戸口の顔色が変わって店長に厳しい視線が向けられる。


「それは持ち歩かないで。店舗の金庫に保管して」


「あ、は、はい!」


 指摘を受けた店長はあわてて鞄から書類を取り出し、部屋を出て別室の金庫へと向かった。


「次……従業員面談は?」


「店長と自分で分担してすべて終わらせました。マネージャーの指示で雇用したホール勤務未経験のアルバイトが数人いるのが気掛かりですが」


「長期勤務を期待して地元民から雇用するには、グランドオープンはいいタイミングだよ。スタートアップは未経験者のハンデが少ないからね」


「グランドオープンは他店舗の社員応援と業界経験のあるアルバイトで固めて、少しでもリスクを減らした方がいいと思ったのですが」


「グランドに限ればね。ただ、この店はこれから5年10年やっていくんだ。先を見て、と考えて欲しい」


「……分かりました」


 副店長は物おじせず不服そうな声で承諾の意を示す。瀬戸口はとがめることもなくモニターに視線を向けた。


「次は店内導線と開店前のオペレーションについて……」


 と、その時。


 


 トントン。


 


 事務室をノックする音に瀬戸口の言葉が遮られた。


 副店長はモニターに映るエクセルを非表示にすると、瀬戸口はうなずいてドアに向けて返事をした。


「どうぞ」


「失礼しまーす」


 ドアが開けられると、そこには清掃員の制服を着た若い女性が清掃用具を積んだワゴンと共に立っていた。


「この部屋以外は全部終わったけど、ここどうします?」


 軽い口調で話すその女性は背が高く、ハンチングの形状をした帽子からブリーチされた茶髪が垣間見えてスタイルの良さがスリムタイプの制服で強調されていた。


「何だね君は? 会議の邪魔をするんじゃない、ここは幹部以外立入禁止だぞ!」


 そこに店長が別室から戻ってくると、清掃員の姿を見るなり怒声を挙げた。


 店長はネームプレートを確認してから、自分より背の高い清掃員の顔をめるように見上げた。


「佐山、ね。あとで会社に連絡しとくから。まったくこんなヤンキーみたいな女をよこすなんて、君もう明日から来なくて……おい、なんだその目は!?」


 清掃員の女性は何か言いたげだったが唇を噛み、店長のことをにらみつける。


 すると即座に瀬戸口は立ち上がり、清掃員の女性と店長の間に入った。


「申し訳ない、社員が在室していれば清掃してもらって構いません。ただし、ゴミに見えるような物も含めて物品の持ち出しは禁止で」


 瀬戸口はそう言うと女性の前で頭を下げた。


「佐山さん、店長が早とちりをしてすみません」


「いや、わたしも……申し訳ないっす」


 瀬戸口に応えるように、佐山という清掃員の女性も帽子を取って頭を下げた。


 それに対し、店長は目の前で起こった事態を理解できずにいた。


「あ、あの、マネージャー……」


「君が謝らなくてどうする? これからこの店で共に働く仲間なんだぞ」


 これまでで最も厳しい口調で瀬戸口はうろたえる店長に言い放った。


 


「では、そんな感じで。俺が次に来れるのは前日なんでよろしく」


「はい……」


 打ち合わせが終わり、すっかり意気消沈した店長は肩を落としながら事務室を出て行った。


 少し間を置いて瀬戸口も退出しようとすると、机上を片付けていた副店長が口を開いた。


「今さらと思い話題には挙げませんでしたが──グランドオープン前日からのアレ、自分は反対です」


「そうかな? お祭りみたいなものだし、普段ホールに来ないような地元の方との親交にも向いてると思うんだが」


「マネージャーの人脈で今回の業者呼びましたが、反社とのつながりを疑われてもおかしくありません」


 瀬戸口は席から立ち上がりかけていたが、思い直したように腰を下ろした。


「それは……否定はできんな」


「風俗営業許可の人的要件、欠格事由に引っかかってない以上は問題ないと言えばないですが」


「言いたいことは分かるが……これは俺のわがままかな」


「わがまま?」


「それ以上は言わせるなよ。責任はもちろん俺が取る」


「それならばいいのですが──あともう一つ」


「いいよ、こうなったら何でも聞いてくれ」


「さすがに店長を詰めすぎでは?」


 副店長の続けざまの質問に、瀬戸口は一拍置いて答えた。


「この業界で生きていくなら、あれくらいのダメ出しでブレちゃ駄目だろ。というか、君が店長を気遣うとか意外だな」


「気遣いではありません。本来、自分がこの新規店舗を任されるべきだったという考えに変わりはありません」


「ではなぜ今さら?」


「あまり追い込むと人間は何をするか分かりませんから」


「彼にとって今が頑張りどころだ。考えすぎだろう」


「マネージャーは楽観的過ぎる。僕だっていつあなたに反旗を翻すか分かりませんよ?」


「それは困るな。まあ仲良くやっていこう」


 瀬戸口は副店長の肩をポンと叩いて笑いながら事務室を出て行った。

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