ずるいこと

 何度かレイカに食べられて、そのたびに、私はなにかを失った。

 かわりにレイカは、表情も豊かになったし、人間らしい話し方をするようになっていた。

 私の心が、彼女に入り込んだみたい。

 もちろん、私以外でも食事はしているみたいだし、私だけでレイカが出来上がっているわけではないけれど。

 私だけを食べて欲しいだなんてことは言えなかった。

 私だって、心は必要だ。

 レイカを見てもなにも感じなくなるなんてのは嫌。

 嫌だけど、それが嫌だってことすら、レイカは食べてしまうかもしれない。


 7月、夏休みに入ってすぐのこと。

 レイカは、いつものように私を自室に招き入れると、思いがけないことを言った。

「食事会を開こうと思うの」

「食事会?」

「そう。以前から定期的にしていたんだけど、詩音も来ない?」

 もちろん、嬉しいお誘いだけど、レイカの食事は、人間だ。

「どういうこと?」

「私が食べたい人と、無くしたい感情がある人を集めて、食事をするの。もちろん、来てくれた人には、ちゃんとした食事をあげるわ」

「そんなに、食事に困っているの……?」

「困っているわけじゃない。でも、定期的にしているの」

 彼女の食事事情を、すべて知るわけじゃない。

 私だけで賄えるものではないんだろうし、こういうこともあるんだろう。

 わからないなら、覗いてみればいい。

「……行くわ。参加する」

「予定している日は、夜から雨がひどくなりそうなの。よければ泊って」

「いいの……?」

 レイカの家に泊まるなんて、初めてだ。

 心がざわめく。

 まだ、私にもそういう感情が残っていたらしい。

「あ、でも……他にも誰か呼ぶのよね? その人たちも泊めるの?」

「そのつもり。泊めることが難しかったり、その日のうちに食べられなくても、きっかけを作って、また来てもらうようにする」

「そう……」

 私は、別に特別なんじゃない。

 それを思い知らされる。

「どうしたの、詩音。いらない感情が、生まれてるみたい」

「……もらってくれる?」

「ええ。もらうわ。あなたからは、少しずつしかもらっていないから、ずっと変わらないわね」

 レイカが、私の手を掴み、指を眺めながら呟く。

「たくさんだと、どうなるの?」

「人格そのものが変わってしまうこともあるわ。それだけたくさん食事をする機会は、限られてるんだけど」

「どういうとき?」

「自分を捨てて、心を空っぽにしてもいいという食材が見つかったとき。もしくは、食事を見られて、その子を帰さないと決めたとき……かしら」

 私は、レイカの食事姿を見ていない。

 なんとなく、想像はしているけれど、決定的なシーンは、見ないようにしてきた。

 レイカの指から針が出ること、ハサミがあるということは、なんとなくわかっている。

 きっとそれは、恐ろしいものなのだろう。

 だったらその恐怖心を、レイカが食べてくれたらいい。




 食事会当日。

 集まったのは、自殺を志願していそうな少年と、心霊スポットに興味があるという中性的な少年、人の良さそうな大学生くらいの男だった。

 中性的な少年は、レイカが呼んだわけではないのかもしれない。

 自殺志願者は、無くしたい感情がある子だろう。

 どこまで事情を把握しているかはわからないけど、レイカとは利害関係が一致している。

 問題は、大学生くらいの男だ。

 誰かに食べてもらわなければならないほど、精神が病んでいるとは思えない。

 だとしたら、レイカが食べたい人……?

 レイカが欲しがる心を持っているということなのかもしれない。

 そう考えたら、モヤモヤしたなにかが、溢れてきた。

 よくない感情。

 レイカはきっと、この感情を食べてくれるけど、本当は、それがいいことなのかどうかもよくわからなかった。

 私は、悪い心ばかり食べさせている。

 自殺志願者よりはマシかもしれないけど、それでも、レイカがいま、よくないことを考えているのだとすれば、それは私が考えたことでもあるのかもしれない。

 もちろん、私の心がそのまま、レイカに移ったわけではないし、私以外になにを食べているのか、そこまで把握はしてないけれど。


 その後、少しして、教師と生徒が2人、雨宿りするみたいに追加でやってきた。

 呼んだのか、偶然なのかはわからない。

 レイカが姿を現すことはなく、私たちは豪華な食事を口に運んだ。




 レイカの言う通り、みんな泊まることになった。

 大学生の男は、ここが元々ホテルだったということも知らないみたいだし、とくにレイカと親しい関係ではなさそうだ。

 だったら、友達でもなく、この人は、なにも理解していないただの食材。

 それ以上でも以下でもない。

 とっとと食べられてしまえばいい。




 予想外の出来事は、翌日、起こった。

 大学生の男が、なにやら騒ぎ出したのだ。

 中性的な少年を助けたいみたいだけれど、余計なことしないで欲しい。

 ただ、この男をほっとくわけにもいかない。

 ついていくと、地下室で、レイカが食事をしていた。


「あ……」

 見てしまった。

 これまでずっと見ないようにしてきたレイカの手。

 まるで虫が持つハサミのように、変形していた。

 レイカがこれまで、隠そうとしてきた意味を理解する。

 苦手な人にとっては、とてつもなく不快な形状だろう。

 おそらく、そのハサミのような手で刈り取った中性的な少年の手に、むしゃぶりつく。

 私は、その姿に目と心を奪われた。

 最初こそ、口で直接、小指の先を食べられたけど、あのときは暗くてよく見えなかったし、それ以来、音で想像するしかなかったレイカの食事姿を、こんな形で目の当たりにするなんて。

 どうせ見るのなら、食べられているのが私だったらよかったのに。

 なんで、私じゃないんだろう。

「……ずるい」

 そんな言葉が口をつく。

 綺麗だとは言い難いけど、あんなにも大胆に、おいしそうに食べられるなんて。

 私も、指の1本や、50gの肉じゃなく、もっと一気にたくさんあげればよかった。


 レイカを見てしまった私たちは、レイカいわく『帰せない人』となった。

 私は、これまで何度も食事されたうえで、この館を出入りしていたし、ハサミを目にしたところで、妙な噂を立てたりしないと、わかってもらえるかもしれないけど。

 そんなこと、いまはどうでもいい。

 ここにいる人たちは、たっぷりレイカに食べられて、人格を歪められ、心を失っていくんだろう。

 それも、どうでもいいことだけど。

 レイカは、どうなってしまうんだろう。

 そんなにたくさんの感情を食べて、気が狂ったりしないんだろうか。

 それをしているのは、レイカ自身?

 それとも、父親の指示?


 いずれにしろ、次の食事はあの教師に決まった。

 突然、雨宿りに来た人で、最初はある程度、まともなのかと思っていたけど、レイカを見た後、一番、動揺していたし、ひとまず黙らせようってことなんだと思う。

 嫌なものの排除でしかないし、たぶんレイカが望んだ食事じゃないけど。

 レイカが望む食事は、あの大学生くらいの男。

 それを叶えてあげたい気持ちと、叶って欲しくない気持ちが入り混じる。

 最近、混乱することはなくなっていたけど、それでも少し頭を整理したくて、2階の部屋で休ませてもらうことにした。

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