少女は笑わない

 彼女の家は、とても豪華な館だった。

 彼女は私をベッドに誘う。

「なにするの?」

「食事よ。本当は、見せるものではないの。目を伏せてくれる?」

「……見たいって言ったら?」

 彼女は少し考えた後、

「見てしまうと、ここから帰せなくなってしまうわ」

 そう教えてくれた。

「どうして?」

「変な噂が立ってしまうから。騒ぎ立てられたくないし、警察を呼ばれたりしたら……」

「そんなことしないけど。帰せなくなった子は、どうなるの?」

「そうね。パーツを入れ替えて、何もかも忘れて、ずっとここで過ごすことになるかしら」

 ああ、なんていい人生なんだろう。

 でも、なにもかも忘れてしまうのはもったいない。

 彼女との出会いや関係は、覚えていたいから。

「……見ないようにする。その代わり、教えて。なにが起こっているのか」

「見られちゃダメとは言われているけど、教えちゃダメとは言われてない。だから、教えるわ」

 その判断が正しいのかどうかわからないけど、突っ込むのはやめにしておいた。

「今日はどこを食べようかしら。食べて欲しいところはある?」

 あなたに食べられるのなら、どこでもいい。

「いいことを思いついたわ」

 私がなにか答えるより早く、彼女がそう言った。

「え……」

「あなたのスカート、長くてとても広がる。足を隠しているでしょう?」

 たしかに、今日はロングスカートで、スネくらいまで足を隠していた。

「太もものあたりなら、スカートで隠れるわ。あなたがもし、途中で目を開けててしまっても、直接、見ることはない」

「私の……スカートの中で、食事するってこと?」

「そう。いつもは先に切り取ってしまってから、食事をするのだけど、直接、噛みついてもいいわよね?」

 直接、私の太ももに噛みつく?

 考えただけで、心臓がバクバクと音を立て始める。

「いい、けど……」

「じゃあ先に、私の太ももを切り取っておく。50gくらいにしておこうかしら」

 それが多いのか少ないのか、私にはよくわからなかった。

 普通に考えて、それだけの肉がえぐり取られたら、きっと大ごとなんだろうけど。

「ベッドに座って待ってて。すぐに終わらせる」

 彼女はそう言うと、私に背を向けた。

 ドレスみたいに豪華なスカートの前を手繰り寄せ、彼女がアゴで挟んでいるのが、後ろからでもなんとなく分かった。

 もし、向こうに鏡でも置いてあったら。

 こっちを向いてくれていたら。

 彼女は、私に太ももと下着を晒していただろう。

 想像力を掻き立てられ、私は思わず、自分の右手を、スカートの上から太ももに挟んだ。

 彼女のものだった小指の先で、布越しに割れ目をなぞる。

「はぁ……」

 なんて最低なことをしているんだろう。

 彼女にとっては、ただの食事でしかないのに、また欲情してる。

「ん……」

 彼女が小さく息を漏らす。

「大丈夫……?」

 私が声をかけると、背中を向けたまま、彼女は話してくれた。

「いま、太ももに刃物を入れたの。痛みはないけど、不思議な感覚」

 どういう感覚なんだろう。

 ここまでくると、彼女が普通の人間ではないことくらいもうわかっていたけれど、やっぱり私は混乱しなかった。

 普通じゃなくていい。

 静かな部屋に、チョキチョキと、ハサミの音が響く。

 いつハサミを手にしたのか、わからないけど、彼女がスカートの中でなにかをしていると思うだけで、私は興奮が抑えられなかった。

「ふぅ……取れたわ。こんなもんかしら」

 そう言うと、彼女は近くに置いてあったティーカップに、ポトリとなにかを落とした。

 あれが、彼女の肉塊なのかもしれない。

「思ったより、少ししか取れなかったかも」

 彼女が振り返る前に、私は自身の手をスカートから離す。

「それじゃあ、次はあなたの番。あなたは、痛みを感じるんだったわね」

「ええ……」

「先に麻酔だけしておくべきだったかしら。とりあえず、座ったままでいい。足を開いて、スカート、軽く持ち上げてくれる?」

 とてつもなく恥ずかしいことを要求されていたけれど、彼女はきっと、そんな風に思っていない。

 女同士だし、裸を見るくらいなんてことないのかもしれない。

「足、開くのね……」

 私は、スカートを手繰り寄せながら、少しだけ足を開いた。

「太ももの内側を切ってしまったの。手が届きやすかったから。だから、同じ場所にするわ」

 ティーカップを持った彼女が、私の足元に跪く。

「それじゃあ、覗いちゃダメよ?」

 そう言ったかと思うと、彼女は私のスカートに中に自分の頭を入れた。

「ん……」

 彼女の柔らかい髪が、私の太ももをくすぐる。

「ご、ごめんなさい。私……汗ばんでて……匂いとか……」

 いまの私は、ただの食事に欲情している変態だ。

「食材の匂い。料理にはなんだって、匂いがあるものだわ」

「ええ……」

 スカートに誰かが入り込んでくるなんて、普通じゃない。

 普通じゃないけど……普通じゃないことは、私を安心させてくれる。

「少し、チクッとするから」

 スカートの中で、彼女がしゃべると、温かい吐息を内股に感じた。

 直後、チクリとなにかが刺さる。

「ん……!」

「痛かった?」

「大丈夫……」

「そういえば……教えるんだったわね。いま、あなたの内股に針を刺したの。細い針よ。私の指から出してるの。ここから、麻酔をゆっくり入れるわ」

「指から……針が出てるの……?」

「そうよ」

「麻酔液は、どこから出てるの?」

「私の体内から」

 まったく理解が追いつかなかったけど、とにかく私は彼女に針を入れられているらしい。

 彼女自身が持つ針だ。

 その針を通して、彼女の体液が、私の中に入り込んでくる。

「ん……く……ごめん、なさい……」

「どうして謝るの?」

「変な気持ちに、なってるから……」

「変な気持ち? もしかして欲情? 前もそうだったわね」

 言い当てられて、ますます自覚する。

 前のときもそうだった。

 それなのに、彼女は引かないでいてくれたんだった。

「食事は、欲情する行為なのね」

「違う……違うけど……」

「あら。下着が少し湿ってるみたい」

 まるで確認するみたいに、彼女が下着に触れる。

「ふぅっ!」

「麻酔液を入れ過ぎてしまったのかしら。こんなの初めて」

「違う……違うから。ああ……ごめんなさい……」

 あなたがいやらしいことをするせいだって、本当は思ってる。

 でも、彼女はそんなつもりじゃない。

 純粋すぎるだけ。

「たくさん謝ってる。いま、どんな気持ち?」

「悪いと思ってる……」

「そう。その悪いの、いらないわよね?」

「いらないって……思っていいの?」

 罪悪感を消したら、私はラクになる。

 でも、それは持つべき罪の意識ではないんだろうか。

 わからない。

「いらないなら、私がもらう。ちょうだい?」

 そう言われた私は、考えることを放棄した。

「……食べて」

「そろそろ、麻酔はきいたかしら。それじゃあ、いただきます」

 スカートの中、くぐもった声がしたかと思うと、太ももを抱え込むようにして掴んだ彼女が、内股にしゃぶりつく。

「ひぁっ、ああっ!」

 あまりにも情熱的で、私は思わず後ろのベッドに寝転がった。

「あん……ん……まだ、麻酔、きいてなかった……? 感覚、あるみたい」

「い、痛みはない……けど。しびれてるみたい……ふぅ……う……」

「まだ、その辺の加減が、私もうまくないの。眠っていれば、いいんだろうけど」

 普段は眠らせて、食材である本人が気づかないうちに、ことを終わらせているのかもしれない。

「いい……このままで……。少しくらい、あなたを感じたいもの……」

「わかったわ」

 肉を噛み切り、くちゃくちゃと咀嚼する音。

 決して綺麗な音ではないし、不快に感じてもおかしくないのに、私は興奮していた。

 膨れ上がる罪の意識は、少しずつ咀嚼され、和らいでいく。

「つい、直接かじってしまったけど、切り口を整えるわ」

「はぁ……はぁ……ええ……」

 チョキン、チョキンと、ハサミでなにかを切り取られていく。

「私のパーツ、いまからつける。動いちゃだめ」

「わかった……」

 そもそも動けそうになかったけど、彼女が少し動くたび、体が震えそうになる。

「ねぇ、押さえて……。足……ガクガクしそうなの」

「わかった。ちゃんと手で押さえてる」

 彼女は両手を使って、太ももを外側と内側から押さえこんでくれているみたいだった。

「食事は、もう終えた……?」

「ええ、食べてしまったわ。もう少しゆっくり味わおうと思ったけど。終わったのだから、もう見られても平気ね。スカート、めくってみても大丈夫よ」

 彼女の許しを得た私は、寝転がったまま、自分のスカートをめくりあげた。

 彼女は、私の太ももを手で押さえながら、ジッと私を見つめる。

「悪いと思ってる……その気持ち。ゆっくり私に、入ってきてる。あと……これはなに? もしかして、欲情?」

 ああ、私の欲情が、彼女に食べられたのか。

「罪悪感と、欲情が、私から少し消えたみたい」

「少し?」

「……少しよ。欲情は……いまは落ち着いても、またすぐにやってくるもの」

「そういうものなのね。そのときはまた、私が食べる。食べ過ぎたら、どうなるのかしら。私も、覚えるだけじゃなく、ちゃんと欲情できるかも」

 私の欲情が、彼女に移って、彼女が私に欲情してくれたら。

「……ねぇ、これからも、私のこと食べてくれる?」

「あなたがいいのなら」


 少しして、彼女の手が私の太ももから離れていく。

「もう馴染んだみたい。押さえてなくても平気だけど、もう少しじっとしていて」

「うん……」

 ぼんやりした頭で彼女を見つめていると、彼女は床に置いたティーカップを手に取った。

 中身を、コクコクと飲み干していく。

「それ……」

「ああ……血よ。あなたの血。直接、太ももからも少し飲んだけど、その後、ハサミで切ったとき、少し出てしまったのを、カップでうけておいたの。ごちそうさま」

 私の血を、嫌な顔ひとつせず、飲んでくれた……?

 悲しみや混乱、罪悪感や欲情を食べられた私は、ただ、幸福感で満たされたような感覚に陥った。

「ねぇ……1つだけ、お願いがあるの。その……キス、してもいい?」

 彼女は、その行為の意味をわかっていないみたいだったけど、私のお願いを聞き入れてくれた。

「唇を重ねるのよね。いいわ」

 彼女の唇が私に触れる。

 ぼんやりする私とは対照的に、彼女はあいかわらず冷静で、微笑むことはなかった。

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