第三十九話

 今日はどういうふうに取材をするのか聞くと、普段どうり晩御飯の買い出しをしましょうと言われたので久しぶりに二人で商店街を見て歩く事になった。


「和音は何か食べたいものあるか?」


「そうですね、グラタンがいいな」


 普段より幼い子供のような喋り方で和音がニコニコとそう返してくれる。


「どうしたんだ、いきなり!」


 俺は驚きながら、立ち止まってしまう。


「どうしたの? お兄ちゃん? 急に立ち止まって?」


 お兄ちゃん……。


「いや、喋り方も俺の呼び方も普段と違うしどうしたんだよ?」


「だって、取材だよ? 今は私の事はデレツンスクールの美羽みうとして接するよ」


 凄い演技力だ。和音のイラストをもとに作った美羽が目の前にいる。


 だけど見た目は和音で、普段は俺の事を嫌ってるからこの演技も我慢していると思うと兄として申し訳なくなってしまう。


「ありがとな」


「どうしたの? お兄ちゃん。鳥肉屋さん行こうよ」


「ああ、美味しいグラタンを作るからな!」


 俺は俺なりに主人公になりきって、和音に接しよう。


 そして必ずこの取材を無駄にしないで、言い書下ろしを作り出すんだ。


「ふふ、楽しみだな~。お兄さちゃんが作るグラタンは世界一美味し」


 くぅ、なんて可愛さなんだ。


 普段こんなこと言ってもらうことないから、すごく涙がでそうだ。


 俺は涙をこらえながら買い物を開始する。


 鶏肉、牛乳、野菜と買い終えた俺は少し休もうと提案した。


「ふぅ、疲れた……」


「もう、年寄みたいだよ。あ、飲み物買ってくるね」


 商店街に設置されたベンチに座ると和音は苦笑いをした後、自販機を見つけて小走りで向かってしまう。


 普段はこんなことでは疲れないけど、ずっと密着されて商店のおばちゃんたちにやじられるのに疲れてしまった。


 和音はメンタルが強いな、まったく動じないで普通に対応してたし。


「はい、お水。冷たくて気持ちいいよ」


 戻ってきた和音は明らかに飲みかけのみずを手渡してくれた。


「ああ、ありがとう」


 まぁ、和音の飲みかけだろうから、気にしないけど。


 喉にキンキンに冷えたしみて心地がいい。


「ひゃぅ、躊躇しないで飲むんだ……」


 何故か和音は顔を真っ赤にして、じっと俺を見てきた。


 もしかして冗談で飲みかけを渡したのか?


「ごめん。てっきり飲んでいいと思って」


「ううん、大丈夫だよ。兄さんが、気にしないなら」


 普段どうりの呼び方に戻ってしまってぱたぱたと手を振る和音の様子に、俺の方もテレてしまう。


「よし、デザートでも買って帰るか」


 この空気には耐えられないと思って、俺は勢いよく立ち上がる。


「うん。じゃぁ、ここからは手をつないでいこう? 兄さん」


 今はもう取材とかではなく、普段の和音のままで嬉しいことを言ってくれた。


 差し出してくれた手をやさしくつかんで俺はとっておきのデザートをと思って、ケーキ屋さんに向かうのだった。


 ・・・・・・・・・・


 風呂上り、リビングに行くとソファーに座って幸せそうな顔でモンブランを食べる和音と俺の分のプリンを食べる七緒がいた。


「あ、先輩。邪魔してます。しかし、このプリン激うまですね!」


「ああ、うまいだろうよ。一個六百円もするんだからな」


 俺は七緒の後ろに行って、握りこぶしで頭をぐりぐりする。


「痛い、痛いですよ。何をするんですか」


「それはこっちのセリフだよ! いきなり来て、何俺のプリン食べてんだよ」


 立ち上がって、抗議の声をあげる七緒に俺はそう言い返す。


 風呂上がりの楽しみを奪われた恨み、晴らさずにおくべきか。


「ちっさ、先輩の股間並みの小ささですね」


「何だと、見たことあんのか?」


 俺のは平均ぐらいはあるはずだ、たぶん。


「七緒、はしたないですよ。兄さんもそこまで怒らなくても」


「そのプリンは、和音に半分あげるつもりだったんだよ」


 今和音が食べてるモンブランとプリンで和音が悩んでいたので俺はプリンにしたのだ。


「ふぇ? 兄さん、まさか食べさし合いっこを!?」


「いや、そんなつもりはないけど。ほら、今日の取材のお礼にさ」


「なるほど~。確かに、独り占めは良くないですね! ほら、アーンですよ、先輩」


 七緒がプリンをスプーンですくって、俺の口にねじ込んできた。


「んご!? 美味い!」


 凄い濃厚な卵の味と苦めのカラメルが絶妙なハーモニーだ。


「ですよね! ほら、もう一口」


 俺は差し出されたスプーンをまた口に入れる。


 あまりの美味しさに、怒りが消し飛ぶ。


 和音が俺達の様子に何故か怒った様に目を吊り上げて、睨んできた。


「どうしたんだ和音?」


「に、兄さん。モンブランも美味しいですよ? 一口どうですか?」


「いや、いいよ。和音が全部食べな」


 和音の優しさは嬉しいけど、楽しみを奪うつもりはない。


 俺は差し出されているスプーンからまたプリンを食べる。


「なんか、これは母性に目覚めそうです~」


 七緒は何故かテンションをあげていた。


「……はむ。確かに美味しいですね」


 俺の前に差し出されたプリンを和音は横から奪う。


 そんなに食べたかったのか?


「後は、二人で食べてくれていいぞ! 俺は原稿を書いてくるから、お休み」


「あ、兄さん。お休みなさい。頑張ってください」


「ファイト~です。朝ごはんは任せてくださいね!」


 二人の声援を背中に自室に向かう。


 今の俺なら絶対に良い物が出来上がる予感がしていた。



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