第二十一話

「本当にいいのか?」


「私だって、子供じゃないんですから自分のことくらい自分でできますよ」


 七緒からの呼び出しを受けた俺は恩を返す時だと思って行くといったがどうにも和音が心配で、当日になって改めて聞いたがどうにも機嫌が悪い。


「まぁ、そうだよな……。でも何かあったら電話しろよ? すぐ帰るから」


「もう、いいから出って下さい」


 背中を押されて、玄関に追いやられてしまう。


 ここまで一緒にいたくないとか、やっぱり嫌われてるよな。


 せっかく仲が良くなったような気がしてたけど、どうやら俺の勘違いのようだ。


「じゃぁ、行ってくる」


「お兄ちゃんのバカ……」


 ドアが閉まる瞬間、何かを言われたような気がしたが聞き取れなかった。


 ・・・・・・・・・・


「いらっしゃいです先輩。今日からお願いします」


 綾瀬に行くとエプロン姿の七緒が出迎えてくれた。


「ああ、よろしく。着替えてくるな」


 お客さんがすでに数名来ているので軽く挨拶して、奥に着替えに向かう。


 手早く身支度を済ませフロアーに出でて、状況確認をしようと店に視線を巡らせる。


 午前中だからか客入りは少ないが、他の社員さんの姿もない。


 どうやら七緒と二人で店を回さなくちゃいけないようだ。


「あ、先輩。着替え終わりましたね。早速で申し訳ないですが、パンの準備をお願いします」


 七緒がそう指示くれたので、厨房に入って準備を始める。


 サンドウィッチ用のやつだな……。


「どれくらい用意するんだ?」


「三百人前お願いします。あ、レタスも水につけておいてください」


「え? 冗談だろ?」


「いえ、いつもそれくらい売れるので」


「ところで他のバイトや社員さんは?」


 少しひよってそう聞いてみる。


「美咲さんは腰痛で休み、七海さんは妊娠でお休み。そして、他のバイトは何故か今日は姿がないのであります」


 厨房に入ってきた七緒が敬礼をして、そう教えてくれた。


 これって、ピンチじゃないのか?


「分かった。任せろ」


 そういって、商店街のパン屋から届いた食パンをひたすら切っていく。


 もちろんレタスも忘れずに水にさらす。


「よし、私も頑張るぞ」


 七緒も気合を入れ直したようで、こぶしを上にあげる。


 そこからは七緒の予想どうりで、サンドウィッチは用意していた分をすべて売り切り午前の山場を何とか乗り越えた。


 客足がまばらになったところで交代でお昼を取り、午後の部に移行していく。


「なぁ、本当にいいのか?」


「何をいまさらためらっているんですか? 激しく動かしてくださいよ」


 七緒はどこか期待したような眼で、俺が動くのを待っている。


「う、思ったよりきついな……。油断してるともれてしまいそうだ」


「ふふ、先輩かわいらしい。初めてなんですか?」


 どこか挑発するような声で聞いてきた。


「当り前だろ? でも、七緒と一緒で安心だ」


「あ、あ、先輩。激しすぎるよ~」


「わ、悪い。こうだな」


 激しくしすぎたと反省しながら、動きを安定させていく。


「そう、そこ! その動きなら大丈夫です」


 コツを掴んでリズミカルに動かして、あふれないように気をつける。


 少しでも油断してしまうと“大きなフライパンからケチャップライスがこぼれそうになってしまう”。


 お客さんが少ないタイミングで、注文が入ったオムライスを任せてもらったのだ。


 普段は初春さんが厨房を指揮しているので、俺はフライパンを使ったことはない。


 最初は七緒が作ろうとしたのだが、俺がお願いして今に至る。


「何とか様になったかな?」


「はい。油断は大敵ですが、これなら問題なさそうですね」


 七緒は感心したように褒めてくれた。


 パラパラに仕上がったケチャップライスを皿に盛りつけて、タイミングを見ながら七緒が作っていた卵を上に置く。


 仕上げに卵にナイフをいれたら、ふあとろなオムライスの完成だ。


「完璧ですね! これからお父さんの代わりにフライパン使いますか?」


「いや、それはまだ無理かな。このフライパン重すぎだ。もっと鍛えないと」


 俺は笑いながらそう言って、お客さんに料理を運ぶ。


「ふふ、先輩ファイトです。これから何度かすることになるので覚悟してくださいね」


 厨房に戻ると七緒はそう言って、銃を撃つ仕草をしてきた。


「ああ、この店のために頑張るよ」


 そう言葉にして改めて覚悟を決める。


 今日から三日間は漫画家ではなく綾瀬の従業員として、全力を尽くすのだ。


 ・・・・・・・・・・


 初日の業務を終えて、七緒の家でお風呂をいただいているのだが落ち着かない。


 人の家の風呂って、初めてだな。


 疲れた体はすごく癒されているのだが、心が落ち着かないので手早く済ませてお風呂を出る。


 タオルで髪を拭きなが、リビングに顔を出す。


「あ、先輩。早かったですね!」


「ああ、お風呂ありがとな」


 仕事の後なのに家事をテキパキとこなす七緒は凄なと感心する。


「いえいえ、猛晩御飯できますので座って待っていてください」


「あ、何か手伝う事は?」


 そう言いながらテーブルを見ると、もう準備万端といった感じだ。


「ふふ、お茶を出しますので座ってください」


 可笑しそうに笑って、椅子を引いてくれる。


 椅子に座って、なんとなく七緒を見ると店のロゴ入りエプロンとは違うエプロンをしていることに気が付いた。


 フリフリ付きのピンク色で、ハートマークをあしらった女の子らしいデザインだ。


「なんか変な感じだな……」


「どうしたです?」


 俺のつぶやきに七緒が不思議そうに聞いてきた。


「いや、これまで俺が七緒の家に泊まったことはなかったなって」


 七緒が泊まりに来ることはあったが、和音や俺がこの家に泊まったことは一度もない。


「ふふ、先輩。女の子の家にお泊りって、何気に凄いことなんですよ?」


 七緒はチータラがのったパスタを置いて、俺の向かいに座る。


「そうなのか? ま、女子ってか妹みたいな感じだけどな」


 美味しそうにパスタを食べ始めた七緒にそう返す。


「な、先輩その言葉は何気に傷つくですよ」


「え、そうなのか? 悪い、なれなれしかったか?」


「先輩は本当に天然ジゴロですね」


「どういう意味だ?」


「漫画家なのにそんなことも知らないんですか?」


 煽るような口調で言われる。


「いや、意味は分かっているぞ? けど俺の何処にそんな要素があるんだ?」


「はぁ、本当に先輩はだめだめです。乙女心が分かってないです」


「なぁ、七緒。それが分かればもっと和音の事も分かるのか?」


 今朝の和音の様子といい、もっと気遣いができれば分かるものなのか?


「真っ先に出る名前が妹って、どんだけシスコンなんですか?」


 パスタを巻き巻きして、それを俺の方につきだしながら不服そうにそう言ってくる。


「シスコンじゃないぞ!? でもまぁ、アイツの気持ちをもっと分かるようになりたいんだよ」


「その心は?」


 つきだしたフォークを引っ込めて、自分の口に運んで咀嚼してから、大喜利の司会者のようなことを聞いてきた。


「昨日、好きなやつでもできたのかって聞いたら怒られたんだよ。そういう地雷をもっと分かるようになりたいんだ」


「……」


 七緒は無言で食べる速度を上げる。


「おい、何で無言になるんだよ」


「あ、いや、明日も早いので~。先輩も早く寝たほうが良いですよ?」


「いや、ここは何かコメントをくれよ! ところで俺はリビングで寝たらいいのか?」


 どこで寝るのか聞いてなかったなとそう聞く。


「え、一緒に寝ないんですか?」


 キョトンとした顔で言われる。


「マジトーンやめろ。寝るわけないだろ?」


「え? だって妹みたいなんですよね? 妹と寝るくらい大丈夫ですよね?」


 立ち上がり、煽るような口調で言われてしまう。


「よし、そこまで言うなら寝てやろうじゃないか」


 こうして勢いのままに、妙な約束をしてしまうのだった。





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