第十九話

「昨日、会長が家に来てたけど何をしていたんだ?」


 朝食を食べながら向かいに座る和音にそう聞いてみる。


 因みに朝食は昨日の残りのカレーにサラダを用意した簡単仕様だ。


「内緒です。そう言えば、昨日は会長とご飯を食べたんですか?」


 何かを探るように、ちらちら俺の様子を窺いながら聞いてくる。


「ああ、食べたぞ。会長と話してて思ったんだけど、意外と冗談とかいう人なんだな」


「そうですね」


「それにこのカレーを作ってくれたんだけど、美味しいだろ? 料理も勉強もできて凄いよな」


「どうせ私は、料理ができませんよ」


 どうにも機嫌が悪そうだ。


「どうした? 会長となんかあったのか?」


「何もありません。私、今日は日直なのでもう出ます」


 和音は自分の食器を流しに置いて、リビングから出て行ってしまう。


 それとなく普段の和音の事を聞きたかったんだが、無理そうだな。


 今日は俺も早く家を出て、綾瀬に寄っていこうかな?


 俺はそう考えて、朝食を食べ進めていく。


 ・・・・・・・・・・


「あれ、先輩。朝からどうしたんですか? 珍しいですね~」


 綾瀬に入るとすぐに七緒が俺を見つけて、話しかけてきた。


「少し話がしたくってな、一緒に登校しないか?」


 会長の事を何だか和音は話したくなさそうだったし、七緒なら何か聞いてないかとここまで来てしまったのだ。


「全然オッケーですよ! 少し待ってくださいね」


「ああ、悪いな」


 俺はコーヒーを注文して、飲みながら待つことにする。


「お待たせしました」


 丁度飲み終わろうかというタイミングで、七緒が制服姿で戻ってきた。


「じゃぁ、行こうか」


「はい」


 綾瀬を後に二人で学校に向かう。


 二人で登校するのはこれが初めてだ。


「今日は急に来て悪かったな」


「いえいえ、先輩はいつでもウエルカムですよ~」


 うれしそうにニコニコとそう言ってくれた。


「何だよそれ。今日は和音の事が聞きたくて来たんだ」


「和音の事ですか? 何かありましたか?」


 不思議そうに俺の顔を見てくる。


「実はさ、俺って和音の普段の様子を知らないんだよ。普段学校でどういう立ち位置なのかとか聞きたくってな」


「先輩、キモいです。過保護すぎて、犯罪者になってはダメですよ?」


 ニコニコと酷いことを言ってきたうえ、憐みの視線でそう言われてしまう。


「ならねーよ。なんか昨日、家に会長を呼んでたんだよ。それで普段の生徒会以外の様子も気になってな」


 会長と言ったところで、七緒が立ち止まった。


 気にせず歩きながら、質問した理由を言いきる。


「会長って、あの会長ですよね? 目力だけで人を殺せそうな」


 その言葉に俺も立ち止まって――


「どういう印象だそれ?」


 振り返ってそう聞く。


「いや、一年生の間で氷の嬢王ってあだ名なんです。あのクールな細い目で見られたら、なんか謝ってしまいそうって話もあります」


 再び歩き出して、笑いながら教えてくれる。


「そうなんだな。たしかに、クールな印象はあるな」


「ですです。まぁ、そんな会長がいる生徒会に和音がはいったときは驚きましたよ」


「それはそうだな。俺は和音が自発的に人と関わる場所にはいったのが嬉しくって覚えてるよ」


「初めて会った時は、私も苦労しましたからね~」


 よく考えてみれば、和音と七緒が仲がいいのも凄いことだと思い直す。


「そう言えば、どうやって和音と仲良くなったんだ?」


「それは、乙女の秘密です」


 昨日にも同じことを言われた気がするな。


 その後も取り留めのない雑談をしていたら、学校についてしまった。


 やっぱり直接和音に聞くしかないのかな。


 ・・・・・・・・・・


 何事もなく授業を終えて、バイトもないので足早に帰宅し和音の帰りを待つことにする。


 今日の晩御飯は和音の好きなオムライスだ。


 晩御飯の下ごしらえを終えてもまだ帰ってこない。


 何時だと思って時計を確認すると、十九時をまわっていた。


 テーブルに置いていたスマホを手に取って、和音に電話をかける。


 つながらない。


 心配だ……。


 事故とかじゃないよな?


 居てもたってもいられなくって、学校に行ってみることにきめて走って向かう。


 生徒会の仕事だといいけどな。


 私服のまま来た俺は、先生に見つからないように気をつけながら門を抜ける。


 ちらほらと運動部らしき生徒達が帰っていくのが見えてきた。


 校舎の中は普段と違って、とても静かだ。


 靴を脱いで来客用のスリッパを借りて、校舎の中を進んでいく。


 自分の足音が妙に響いて、先生に見つからないか冷や冷やしてしまう。


「ダメですよ……。ここで脱ぐなんて」


「いいじゃない、誰も来ないわよ」


 目的の生徒会室のあるフロアーに着くと、奥の方から女子生徒の微かな声が聞こえてきた。


「うぅ、兄さんに見られたらもう終わりです」


 生徒会室の前に行くとまた声が聞こえる。


 どうやら、生徒会室の中で何かが行われているようだ。


「大丈夫よ、私が楽しむだけだから」


「どうしてこんな目にあってるんだろ、私」


 よく聞くと声を出しているのは和音だと分かった。


 いじめじゃないかと心配になって、ノックをしないでドアを開けて中に入る。


「和音、大丈夫……。か?」


 勢いよく入って、目の前に飛び込んできた和音の姿に困惑した声を出してしまう。


「に、兄さん……」


「あらあら」


 一眼レフカメラを構えたまま、視線を俺に向ける会長と、魔法少女風の衣装を半脱ぎした和音が涙目で俺を見てきたのだ。


「え、えっと?」


「いやー!」


 和音が悲鳴とともに、手に持っていたステッキを俺に投げつけてくる。


「痛っ」


 見事にそれを顔面に食らってしまう。


「見ないで! こんな私を見ないでー」


 泣き叫び、取り乱す和音の言葉に従って、一度生徒会室から出ていく。


 十分ほどしてから会長が「入ってきて大丈夫よ」と、言ってくれたので、中に入る。


「……。下さい」


「和音? どうした?」


 和音が何かを言ったような気がしたの聞き直す。


 因みに服装は制服に着替えていた。


「忘れてください! 今見たこと全部」


 和音は早口でそう言ってきた。


 その言葉に先ほどの姿が脳裏に浮かぶ。


「ふふ、思い出してるわね」


 会長がぼそりと言う。


「に、い、さ、ん?」


 どす黒いオーラを出して、和音が笑みを向けてくる。


「あー、何か見たっけな? 思い出せないや~」


 棒読みになりながらそう声に出す。


「それで、和樹君はどうして生徒会に来たのかしら?」


 笑いをこらえながら会長がそう聞いてくる。


「そうだ、和音が電話に出ないから心配で来たんだった」


 あまりの展開にどうしてきたのかすっかり忘れてしまっていた。


「え? 電話? あ、すみません。学校にいる間は電源を切ってるから」


 和音は驚いた後、申し訳なさそうにスマホを取り出してそう教えてくれる。


「いや、何事もないならいいんだけど……。会長と何をしていたんだ?」


 聞かないようにするか悩んだが、いいタイミングだと思って聞いてみることにした。


「それは……」


 和音は会長の方をちらちら見ながら、言っていいのか悩んだ様子だ。


「はぁ、もういいわよ和音。隠さなくても大丈夫」


 会長がそう言うと和音はうなずいて、俺の方に目線を向ける。


「会長に萌えを教えてもらっていたんです」


「え? 萌を? 会長に?」


 予想外の言葉に困惑してしまう。


「そういえばまだ自己紹介をしてなかったわね? 初めまして、オムライス先生。私、天月って名前で作家活動をしているの。よろしくね」


 困惑する俺に、楽しそうにそう自己紹介をしてくる。


「え、えー! 本当ですかそれ?」


「本当よ。信じられないなら私の代表作、異世界行ったけどナンパしかしませんのセリフを言おうかしら?」


「いや、そのタイトルを知っている時点で疑いませんよ。でも、あの会長が……」


 自分の中の会長像が完全に崩れて、言葉を失ってしまう。


「どの会長かしら? それとも、私がそういう作品を書いて話駄目なのかしら?」


 少しむっとした感じでそう言ってくる。


「いや、すみません。ただ意外だっただけで」


「そう、まぁ、いいわ。それよりも良かったわね? この秘密を知っているのは、貴方たち兄妹だけよ」


「どういうことですか?」


 何がいいことなのか分からないので聞く。


「だって、秘密にしてほしかったら言う事を聞けって、脅せるじゃない」


 身をくねらせながら、会長は楽しそうに言う。


「いや、言いませんよ」


「兄さん、不潔です」


「言わないって」


「本当に真面目ね、葉山君は」


 楽しそうに笑って、会長はそう声を出す。


「あの、会長。どうして初めて会った時から俺の事を知っていたんですか?」


 昨日から少し疑問に思っていたのだ。


 和音から聞いたとしても顔までは分からないのに、保健室であった時から俺の事を知っていたことが疑問だったのでそう聞いてみる。


「本当に覚えてないようね? 一年前に会ってるんだけど?」


「すみません。思い出せないです。どこで会いましたっけ?」


 素直に頭を下げて聞く。


「そうね、それは自分で思い出しなさい」


 会長はふふっと笑って、鞄を手に取ってドアの方に行ってしまう。


「え? 帰るんですか? 教えてくれないんですか?」


「乙女の秘密ってやつよ。それじゃ、遅くまでごめんなさいね、和音。また明日」


 会長はそう言って、生徒会室を出て行ってしまった。


 俺と和音だけがその場に取り残されてしまう。


「と、とりあえず帰ろうか? 和音」


「……」


 返事をしないで、和音は先に部屋から出ていく。


「どうしたんだ? 和音、待ってくれよ」


 その背中を慌てて、追いかける。


「本当に、兄さんはまったく」


 和音が何かぶつくさと言っているが、うまく聞き取れない。


 幸い学校を出るまで誰にも会わないですんだが、和音は口をきいてくれなかった。


 寝る前にどうにか会長と会った日の事を思い出そうとしたが、どうにも思い出せない。

 そのまま考えながらいつのまにか寝てしまうのだった。











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