第二話

 日曜日、俺はGG文庫を発行しているワンストップの本社に来ていた。


「あの、すみません。今日こちらで、文月さんと待ち合わせをしている……。葉山和樹はやまかずきというものなんですが」


 ロビーの受付で名前を伝えようとして、ペンネームと少し悩み本名を名乗る。


「和樹様ですね。少々お待ちください……。確認が取れました、右手エレベーターで三階会議室Àにお進みください」


 受付のお姉さんがにこやかに、場所を手で示してくれた。


「わかりました」


「あ、すみません。こちらをお持ちになってください」


 立ち去ろうとしたら、首に名札をかけてくれた。


「あの、これは?」


「お客様用のIDカードです。エレベーターに乗る際にかざしてください」


「分かりました」


 言われた通りに、ボタンの下のカードマークにかざすとボタンが光る。


 初めて見るエレベーターのシステムに、少しワクワクした。


 ものの数秒で目的の階についてしまったので、名残惜しくも遅くなると駄目なので降りる。


 降りたフロアーは廊下のような横長の道があり、等間隔に部屋が用意されていた。


 ドアにつけられた札を確認しながら教えられた会議室の前に行き、二回ノックする。


「どうぞ」


 少しして、中から文月さんの声がした。


「失礼します」


「初めまして、葉山さん。本日はお越しいただきありがとうございます」


 栗色のショートヘアの髪型でスーツをビシッと着こなした若い女性が、眼鏡の位置を直して、立ち上がって頭を下げてきた。


「こ、こちらこそお呼びいただきありがとうございます」


 緊張で声が上ずってしまう。


「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ? とってたべませんから、どうぞこちらにおかけください」


「え? あ、はい」


 不思議そうに見たのがいけなかったのか咳ばらいをして、早く座るように言われてしまった。


 そこからは契約の話や賞金の説明をしてくれて、「ここからが本日お越しいただいた最も大切なお話です」っと、俺の目を見てそう言ってきたので少し緊張する。


「何でしょうか?」


「漫画に興味はありますか?」


「はい、よく読みますが……。どういうことでしょうか?」


 質問の意図がつかめずに、そう聞き返す。


「実はこの会社で新たに漫画雑誌を出す企画が出ていまして、そこで葉山さんにラブコメを書いてもらいたいんです」


「あの、すみません。絵はあまりかけないんです」


 俺の美術の成績は三、つまり平均。漫画の絵なんて、全く描く自信はない。


「あ、そうじゃないんです。シナリオを書いてほしいんです」


「シナリオ?」


「はい。性格には漫画原作者になっていただき、絵は別の方が書きます」


「なるほど……。因みに絵は誰が担当するんですか?」


「その、ネットで活動している方で、こちらの方も漫画は初挑戦で言いずらいのですが葉山ソラ先生という将来有望なイラストレーターさんです」


 文月さん少し申し訳なさそうに、視線を少し下げて教えてくれた。


 その名前に俺は前のめりになって、声を高くして聞く。


「葉山ソラって、鬱憤爆発って動画でイラストを上げてる葉山ソラですか?」


「知っていたんですか? 最近話題になってはいますが、まだ動画意外には活動されていない先生ですよ? もしかして、ファンなんですか?」


 俺が興奮していることに驚いてそう聞いていた。


「はい、すごく好きで、この間の生配信もアーカイブでですが見てます」


 GG文庫からの電話の次の日に動画を見返して、近々商業デビューすると言っていたので楽しみにはしていたが、まさかこの事だったなんて。


「それで話を戻しますがどうでしょう? シナリオをやってくださいますか?」


 答えは決まっていた。


「もちろんやらせてください」


 俺は深々と頭を下げる。


「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」


 俺の様子にクスッと笑って、文月さんも頭を下げてきた。


 こうして、俺はワンストップで漫画原作者として活動することになった。


 ・・・・・・・・・・


 次の日、俺はバイト先の洋食綾瀬へとやって来た。


「いらっしゃいませ~。て、先輩じゃないですか! 今日はシフトの日じゃないですよね?」


 店に入ると営業スマイルで出迎えた七緒が俺の顔を見るなり、おもちゃを見つけた子供のような顔で側までよってくる。


「ああ、今日は大切な話があって来たんだけど――」


 そう言いながら店内の様子に言葉を止めた。


 夕食の時間には少し早いくらいの時間なのに、二十席ある店内はカウンターの数席を残して埋まっている。


「とりあえず、ホールを手伝うな」


「ありがとうございます、先輩。では、着替えてきてください」


 俺は厨房を通って七緒のお父さんに挨拶をして、カッターシャツにスラックスの格好に着替えた後、蝶ネクタイを締めてフロアーに出ていく。


「あ、丁度いい所に。先輩、これ一番テーブルにお願いします」


 フロアーに出たところで、七緒にハンバーグののった皿を渡された。


「おう!」


「先輩、レジ対応お願いします」


「ああ、任せてくれ」


「先輩、三番さんお冷と四番さん料理あがってます」


「了解。あ、いらっしゃいませ」


 怒涛の接客を続けること二時間ほどで、食材が底をつき最後のお客さんが退店する。


「お疲れ様、七緒、和樹君。もう店閉めるから休んでいて、お茶を出すわね」


 最後の皿を片付ていると、七緒の母親のむすびさんが声をかけてきた。


「ありがとうございます」


「ああ、ママ、お茶は私が出すから休んでて」


 七緒が早口で結さんに言う。


「ふふ、そう? じゃぁ、おじゃま虫は行きますね? 初春はつはるさん、奥で休みましょうか」


 七緒に笑いかけよく分からないことを言って、厨房で火の戸締りをしていた初春さんと居住スペースに入っていった。


「おじゃま虫って、どういうことだ?」


「さぁ? 鈍感な先輩には見えないものなんじゃないですかね」


 七緒はそう返事をして、お茶の準備を始める。


 俺は「着替えてくるな」といって、私服に着替えてからカウンター席に座った。


「なぁ、俺……」


 厨房でお茶を入れる七緒に声をかけようとしたところで――


「できましたよ、先輩」


 声がかぶってしまう。


「ありがとう」


「いえいえ、こちらこそお手伝いどうもです。で、先輩。話って何ですか?」


「実は俺な……」


 隣に座った七緒の顔を見つめる。


「なんですか? 先輩? そんな真剣な顔をして……」


 何時もより真剣な俺の顔に、七緒はからかうことなく、どことなく照れたような感じで俺を見返してきた。


「実は……。ここのバイトを数を減らしたいんだ」


 そう言ったところで居住スペースのドアが開いて、七緒の両親が倒れ出てくる。


「ふぇ? ママ、パパ?」


「あらあら、ごめんなさいね」


「……」


「あ、えっと。今、時間いいですか?」


 元々七緒の両親にも時間があるタイミングで言わなくてはならなかったので、ここで話すことにした。


「バイトの事か?」


 黙ったままだった初春さんが結さんを立たせながら、そう聞いてくる。


「はい」


「結、七緒と奥に行っててくれ」


「はい。行くわよ、七緒」


「え~、私も聞きたい~」


「いいから下がりなさい」


 初春さんが少し怒った声を出す。


「ほら、七緒。男同士の話があるのよ」


「……うん」


 結さんに背中を押されながら、七緒は奥へと入っていった。


「すまないな。さ、話をしようか?」


「いえ、こちらこそお疲れのところをありがとうございます」


 二人の姿が見えなくなったところで初春さんは俺にそう言って、隣の席に座る。


「バイトを減らしたいと聞こえたがどうしたんだ? 成績でも落ちたのか?」


 初春さんは七緒を通して俺が小説を書いていることを知っているので、その辺の説明はいらない。


「実は応募した小説が受かってデビューすることになったんです。それで、申し訳ないんですが、ここに来る回数減らすことに……」


 色々とお世話になっているので凄く申し訳ない気持ちになって、最後の方が言葉にならないまま頭を下げる。


「なんだと? それはめでたいじゃないか! おめでとう、和樹君」


 自分勝手で呆れられるかと思ってたので、その言葉にキョトンとした顔を向けてしまう。


「怒らないんですか?」


「どうしてだい?」


 渋い声で不思議そうに聞き返してきた。


「バイトも無理を言ってさせてもらっているのに、自分勝手に減らすんですよ?」


「何を言ってるんだい? バイトも、丁度社員の人が抜けたばかりで困っていたから雇ったんだよ? それに和樹君は子供なんだから、少しくらい我がままを言ってもいいんじゃないかな?」


 初春さんの言葉に自然と涙があふれだしてしまう。


「……ありがとうございます」


「お父さん、お茶を持って……。って、先輩が泣いてる。お父さん何したの?」


 お茶を運んできた七緒が、俺の顔を見て初春さんに詰め寄る。


「何もしてないぞ? なぁ、和樹君」


 七緒の剣幕に初春さんは、俺に助けを求めてきた。


「はい。嬉しくって泣いてただけだぞ、七緒」


「ほんとです? 先輩、泣きたいなら胸を貸しますよ?」


 俺の言葉に何時もの口調に戻って、胸を顔に近づけてくる。


「ゴホンッ。七緒はしたないぞ」


「そうでした、こういうのは二人きりの時ですね?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて、七緒が同意を求めてきた。


「和樹君、七緒と二人の時はそんなことをしているのかな?」


 初春さんははりつけた笑みを浮かべて、凄い圧の感じる声で聞いてくる。


「してないです! ってか、七緒冗談はやめろ」


「すみません先輩。先輩のおろおろしてる姿を見ているのが、気持ちいいもので」


「嫌な趣味だな」


 何時しか涙も止まり、何時もの調子に戻ってきていた。


「いつもの調子に戻りましたね? 先輩。で、どうしてバイトの数を減らすんですか?」


 俺の調子が戻ったところで、七緒が笑いながら聞いてくる。


 なんだかんだ言っても、良いやつなんだよな。
















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