第一話
「やばいな、間に合うか?」
俺は秋葉原からの帰りの電車の中で、スマホで時計を確認し声を漏らす。
妹の
今の時間が十七時、走って帰れば間に合うかどうかぐらいだ。
何を焦っているかといえば、和音が帰るまでに帰宅して、今買ったゲームを隠さなくてはいけない。
というのも和音はこういうものを嫌い、俺のコレクションのフィギュアを捨てたこともあったからだ。
それから俺はこそこそと、ばれないように買い物をしている。
家の最寄り駅から歩く事十五分、俺の住むマンションが見えてきた。
玄関を開けても人の気配はなく、物音もない。
因みに俺は和音と、このマンションで二人暮らしをしている。
両親が二年前に海外勤務になって高校受験を控えた俺が反発し、このマンションで暮らすことになったのだ。
和音も日本に残ると言った時は驚いたが、その後色々あって少しずつ話すことが無くなっていた和音とまた話すようになったのを憶えている。
「ただいま……」
靴を脱ぎながら癖でそう言いながら、手探りで廊下の明かりのスイッチを探す。
「うぁっ」
目の前に鈍い光がはしり、変な声を出してしりもちをついてしまう。
「兄さん……。遅かったですね?」
和音の声が聞こえて、廊下の明かりがつけられる。
先ほどの光が見えた場所を見ると、包丁が突き刺さっていた。
「ああ、た、ただいま。……。取り敢えず手を洗ってきます」
俺はそう言って、何事もなかったかのように洗面所に足を向ける。
「兄さん、今が何時か分かっています?」
「十八時です……」
スマホをポケットから出して、そう返事を返す。
「今日はバイトもないはずですよね? 何をしていたんですか?」
胆が冷えるような低い声に観念した素振りで、鞄から格ゲーを取り出して和音に手渡した。
もちろんこれはダミーで、本命は鞄の底に隠している。
「買い物だよ。前に、
七緒というのは和音の同級生で、ミドルショートヘアーで和音と同い年とは思えないくらいに発育がよく目のやり場に少し困ってしまう女の子だ。
そんな俺をからかうのが楽しいらしく、バイト先の七緒の両親が経営している
二人暮らしを始めた時によく食べに行った縁もあって、料理の勉強を兼ねて、バイトをさせてもらっているのだ。
「そうですか……。他にはないですか?」
「い、いや、何にもないぞ!?」
何かを期待しているような、様子を窺っている声に声が上ずってしまう。
「? 何か怪しいですね?」
距離を詰めて、目をのぞき込んでくる。
「そんなことないぞ? さぁ、ご飯の支度をするからもういいだろ?」
「……。うん、わかった。ありがと兄さん」
和音はそう言って、二階に上がっていった。
その後ろ姿がどこかがっかりしているようにみえる。
「どうしたんだ? とにかく夕飯を作らないと遅くなるな」
俺は手を洗って、急いで部屋着に着替えて、夕飯の支度にとりかかっていく。
今夜の夕食は和音の好きなオムライスを作ってあげた。
・・・・・・・・・・
夕食の片付けをして、シャワーを浴びた後、自室のパソコンの前に座り動画配信サイトをつける。
自分の部屋はわりとシンプルで、パソコンデスク、テレビ、ベッド、後は着替えをいれる小さめのタンスが置かれていた。
今日買ったゲームや怒られそうなものはすべて、ベッド下の収納に隠してる。
ないとは思うが和音が入って来て視界に入れば、捨てられそうだからだ。
「お、今日は生配信か」
動画のサムネをクリックして、動画を再生する。
「え、えっと。今日は重大発表がありまして、生放送にさせてもらってます」
丁度始まったばかりか……。
この配信者さんは、フリー音源やオリジナルのピアノ演奏に合わせて、自身で書いたイラストを見せる動画を上げてる人なのだ。
そのため、今日初めて声を聴いて驚いた。
男の人だと思ってたけど、女性の声で話しているのだ。
ボイスチェンジャーとかじゃなさそうだな。
なんでかな? 和音の声に似ている気がする。
どうにも声が和音にそっくりで気になるが、イラストが表示されていて声のみの配信のため、姿は見えない。
「まぁ、似ているだけだろ」
俺はそう声を漏らして、配信に耳を傾ける。
二次元を嫌いな和音が、ちょいエロイラストを描くなんてありえないしな。
テーブルに置きっぱなしにしていたスマホが震えたので、画面に視線を向ける。
電話のアイコンが表示されていて、知らない番号からの着信を表示していた。
通話ボタンを押して、動画の音量を下げる。
「はい、もしもし」
「夜分に失礼します。
礼儀正しい落ち着いた声の女性だ。
「はい、あってます。どちら様でしょうか?」
「私、株式会社ワンストップで編集を担当している
「……」
その言葉に声が詰まってしまう。
確かに俺はその大賞に応募していたけど、まさか受かるなんて……。
「もしもし……。電波が悪いのかしら?」
俺が黙っていると、困惑したような声が聞こえてきた。
「あ、大丈夫です。すみません、聞こえてます」
「ふふ、慌てなくても大丈夫ですよ」
「すみません」
文月さんの言葉に恥ずかしくなる。
「今週末に打ち合わせをしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、もちろん」
詳細な日程を決めて、通話を終えた。
パソコンに視線を向けると画面が暗くなっている。
配信が終わったようだ。
パソコンの電源を落として、ベッドにダイブする。
「ヒャッハー!」
枕に顔をうずめて、奇声を上げてしまう。
その後に、和音に怒られたことは言うまでもない。
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