34/グラフォ

 どこまでも続くように思えた森ではあったが、どうやらきちんと終わりはあったらしい。だんだんと木の感覚が広くなり、太陽が真上に見えた頃、その集落は姿を現した。

 木造の門がぽつんと建っているのが見えるが、周囲にヒト影はない。門は開け放たれており、中へと続く道が見えていた。


「ここがカントレッジ。森の奥にある、寂れた集落さ」


 メルリヌスさんは何の躊躇いもなく、門の中へと進んでいく。烏兎と二人でその後ろを追いかけて、集落の中へと入っていった。

 内部は思っていたよりも広かったが、たしかにこれは街とは言えない。質素な木造建築がぽつりぽつりと点在しており、ムメイの街やフレウンの街で見たよりも少ない数のヒトビトが各々何か作業をしていた。掃除をしていたり、薪を割ったり、畑を耕したり。

 寂れた、活気のない穏やかな集落。それが、パッと見たこのカントレッジの印象だった。

 真っ直ぐに続く道を歩きながら、集落の様子を観察する。ヒトビトは、ダレもわたしたちに興味はないようだった。


「ニンゲンたちは、やっぱり少し人間とは違いますね」


 ぽつりと、後ろで烏兎が呟く。


「人間って。その、メルリヌスさんも時々その言葉を口にするけれど、ニンゲンと人間って何が違うの?」


 わずかに振り返って訊ねると、またしても烏兎は眉間に皺を寄せる。おそらくは、メルリヌスさんの説明不足に頭を悩ませているのだろう。


「メルリヌス」

「分かってる。分かってるとも。きちんと説明するから、怒らないでおくれ」


 烏兎の一言で、メルリヌスさんは歩く速度を緩めてわたしの隣にやってきた。


「じゃあ、次は人間とニンゲンの違いについてざっと説明をしよう。といっても、大きな違いはないんだけどね」

「どう違うんですか?」


 訊ねると、メルリヌスさんは人差し指を立てて説明を始めた。


「まずニンゲン。これはこのステラに住む種族だね。外見についても内面についても、特に説明の必要はないだろう。で、人間についてだ。こちらは外の世界に住む種族で、姿形はニンゲンとは変わらない。もちろん、生き方もね」

「じゃあ、同じじゃないんですか?」


 いいや、とメルリヌスさんは首を横に振る。


「違うとも。二つは全く同じ存在ではあるけど、それでもやっぱり違うんだ。構成物質とか、その成り立ちがね。ま、そこはあんまり詳しく説明しても仕方がない。あと説明するべきは、ニンゲンの方が人間よりも後に生まれた、ということくらいかな」

「同じような存在なのに?」

「ああ。言っちゃ悪いけど、ニンゲンは人間の模倣品でしかない。ま、外とここの時間の流れの違い上、後から生まれたニンゲンの方が人間たちよりも発展しているんだけどね」


 そうなんですね、ととりあえず頷く。詳しい話はよく分からないが、とりあえず外の世界にいるのが人間。このステラに住んでいるのがニンゲン。先に生まれたのが人間。後から生まれたのがニンゲン。けれど外の世界とステラとでは時間の流れが違うので、ニンゲンの方が人間よりも成長している、ということらしい。

 メルリヌスさんはニンゲンは人間の模倣品でしかないと言う。それはつまり、ニンゲンは偽物のようなもの、という意味だろうか。

 色々と気になることはあるが、それはどういうことなのだろう。ニンゲンが人間の模倣品だと言うのなら、では、そのニンゲンたちが住むステラは一体——。


「っと、目的地が見えたよ」


 メルリヌスさんの言葉に顔を上げる。目の前には、どこか暗い雰囲気を纏った教会のような建物が見えていた。

 教会の前には、ヒトリのニンゲンの姿がある。


「…………」


 黒い髪に赤い瞳の少年が、腕を組んでこちらを睨みつけるようにして立っていた。少年はわたしたちが近づくと、ますます視線を鋭くしていく。

 メルリヌスさんが片手を上げてやあ、と声をかけると、少年は大きくため息を吐いた。


「やあ、じゃない。また来たのか。いや、また来るとは思っていたが」


 眉間に皺を寄せながら、少年はわたしたちを一人ずつ順番に眺めていく。メルリヌスさんに対しては不機嫌そうな顔を向け、わたしに対しては少しだけ驚いたような表情を見せ、そして烏兎に対しては思い切り眉をひそめていた。


「……物騒だな」

「烏兎のことかい。彼女はボクの部下であり同僚さ。なに。そんなに警戒する必要はないよ」

「嘘をつくな。この中で一番の危険人物であろうが。まあいい。それよりも」


 赤い瞳が、一度は通り過ぎたわたしを捉える。


「その娘が救世主だな。ああ、言わずとも俺には分かる」


 少年は一歩前へと踏み出すと、わたしに向けて手を差し出した。


「俺の名はグラフォ。カントレッジの教会を管理するモノ。見た目から分かるとは思うが、前代の救世主カルミアと同じ魔法使いだ」

「モルガーナです。よろしくお願いします」


 手を取り、握手をする。

 グラフォと名乗った少年は、わたしの顔からなかなか目を離そうとはしなかった。


「あの、グラフォ。わたしの顔に何かついてる?」


 いや、と首を振ってグラフォは手を離した。


「なに。昔見た女に顔がよく似ていただけだ。それよりモルガーナ。俺はこれでも長く生きている。年上は敬うべきだと思わないか?」


 グラフォではなくグラフォさんと呼べ、ということだろうか。


「ええと、グラフォさん」


 よろしい、と大袈裟に頷いて、グラフォさんはわたしたちに背を向けた。


「用事があるのはモルガーナだけだろう。メルリヌス、それからそこの娘。お前たちはここで待っていろ」

「おや。前回来た時もそうだったけど、ボクをこの教会には入れてくれないんだね」


 当然だろう、とグラフォさんは不機嫌そうな声を出す。


「お前たちはこの世界の存在ではないのだろう。俺はお前たちを信用はできぬし、その必要もないはずだ。特にメルリヌス。お前は気に食わん」

「そんなに嫌われるようなことしたかなあ」

「は。惚けたことを。モルガーナ、着いてこい。お前にはいくつか話がある」


 そう言うと、グラフォさんはカツカツと教会の中へと入ってしまった。

 不安に思いながらメルリヌスさんたちの様子を伺うと、メルリヌスさんはさして気にした様子もなく、ニコニコといつも通りの胡散臭い笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、ボクたちはここで待っているよ。封印は残り一つ。任せたよ、モルガーナ」

「……はい」


 ここまで来て、封印を解かないという選択肢はない。後戻りなんて、あの教会が襲われた時点でできなくなってしまったのだから。

 頷いて、テイルと共に教会へと足を踏み入れた。

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