13/カルミア2
結局、わたしはほぼ毎日のようにカルミアのもとへと通った。
カルミアはいつも、ヒトリで魔法の練習をしていた。治癒魔法。戦闘魔法。強化。修復。結界。基礎魔法は完璧。持って生まれた性質は並みの魔法使いよりも多い。カルミアは、魔法使いとしての才能に満ち溢れていた。
時折それに助言をしながら、わたしはその様子を見守り続ける。たまに、どうでもいいような雑談に付き合いながら。
教会に監禁されていたカルミアは、外の世界の様子について聞きたがった。教会の外に出られないからといって、外の世界への興味がなくなることはなかったらしい。
わたしは自分が知っていた外の情報を、惜しむことなくカノジョに与えた。話し相手がいなかったのは、わたしも同じだったのだ。
魔物について。魔人について。
危険なものについて語ると、カノジョは怖いなあと呟きながらも戦闘魔法に力を入れた。教会には基本的には寄り付かないというのに、それでもみんなを守るためにと頑張っていた。
食べ物について。服装や装飾品について。
楽しい話をすれば、カノジョは瞳をキラキラと輝かせて話の続きをねだった。実際に目にしたり手にする必要はないのかと問えば、憧れるけどね、と少しだけ寂しそうな表情を見せた。
主教について。星教について。
外の世界を信じる様子はなかったが、予言には思うところがあるようだった。当然か。自分をこの教会に閉じ込める原因となったものなのだから。けれども宗教にはそれほど興味がないのか、ふうん、とつまらなそうに遠くを眺めていた。
フレウンについて。他の街について。
街の様子はどこも変わらないが、カントレッジの話をした時には興味深そうにしていた。なんでも、住むのならそんな森の奥。ヒトリでのんびりと暮らしたい、と。隠居生活への憧れでもあるのだろうか。
カルミアと話していると、時々神父らしきニンゲンが様子を見に来た。そうしてわたしに嫌そうな顔を向けては、カルミアにあまりわたしと仲良くしないようにと告げて去って行った。
教会の外について話しているうちに、どうやらカルミアの中での外の世界への憧れは抑えきれないくらいに膨らんでしまったらしい。
ある日カルミアは、神父さまに話をしてつけてくる、と突然立ち上がって教会の中へと消えていった。不安に思いつつしばらく待っていると、ドン、と大きな音があたりに響き渡った。何事かと思っていると、自身の魔道具である木の杖を片手にカルミアが戻ってきた。なにやら、照れ臭そうな表情を浮かべて。
「えへへ。神父さま、殴っちゃった」
……やりすぎだろ。
けれどもそのおかげか、カルミアはフレウンの街の中であれば自由に活動していいという許しを貰えたらしい。
まだカノジョが十歳になったばかりの頃だったか。
それからのカノジョは、それはもうまさしく救世主さまと呼ばれるに相応しい働きをした。お腹が空いているニンゲンを見つければ食事を与え、何かが壊れれば速やかに修理をし、怪我をしたヒトがいれば治癒魔法をかけてそれを治す。
ヒトビトがカノジョを持ち上げるようになるのに、そう時間はかからなかった。
街のヒトビトを助けながら、カノジョはしっかりと街の様子を見て回っていた。変わらない街並み、どこかいつも元気のないヒトビト。それに、カノジョは違和感を持った。平和なはずであるのに、なぜヒトビトはこんな顔をしているのだろうか、と。
「きっとね、未来が見えないんだと思うんだ」
日課の魔法の練習をしながら、カルミアは自分の考えをまとめていた。
「毎日が平和なのはいいことなんだ、きっと。でも、何も変わらないのは駄目なんだよ。建物が変わらないだけじゃなくて、今日も明日も明後日も、みんなの暮らしが変わることがないの。貧しくなることはないけど、これ以上豊かになることもない。世界が成長しない、って言うのかな。今ってきっと、そういう感じなんだと思う」
わたしは黙って、カルミアの話を聞く。
「だからきっと、何かが変わればみんなはもっと幸福になれる。今が幸福じゃないわけじゃないと思うけど、でも変わらない毎日はやっぱりつまらないよ。何をどうすればいいかは分からないけど、きっと今のままじゃ駄目なんだ」
「…………じゃあ、どうするんだ?」
うん、と頷いて、カルミアはにっこりと笑顔を作った。
「アステールとお話しすることにする」
「——は?」
思わぬ発言にぽかんと口を開ける。
カルミアは決めたことだから、とすらすらと言葉を続けた。
「だって、今世界がこうなってるのは王様であるアステールのせいでしょ? 現状を改善したいなら、まずは話し合ってみないと。もちろん、ステラに住むみんなの話も聞くけどね」
そう言うと、カルミアは教会へと入っていく。
何を言ったものか、どうしたものかと迷っていると、教会の中からは怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。怒鳴り声はしばらく続き、そうして最後にはドン、といつか聞いたような音がした。
まさか、と思ってしばらく待っていると、カルミアが戻ってきた。手には木の杖を持ち、そして、肩からはボロボロのかばんを下げて。
「おい。まさかお前」
「うん。そういうわけで、今日から旅に出ることにしました!」
「いや、旅って。そんな身なりでか⁈ そりゃ結界を張れるから寝床の用意はできるし、戦闘魔法を利用すれば狩りだってできるだろうが。だからって、お前、そんな急に」
混乱していると、カルミアはにやりとした笑みを浮かべる。
「なあに、テイル。もしかして心配してくれてるの?」
「当たり前だろう! あのなあ、いきなり旅に出るとかアステールに会いに行くとか、お前、馬鹿なのか⁈」
「馬鹿じゃないもん。ずっと前から考えてたことだし。それにもう教会にはいられないよ。神父さまと喧嘩しちゃったし、思いっきり殴っちゃったし」
ペロリと舌を出すカルミアに、反省している様子も旅に出ることを止める様子もない。まあ、止めても無駄な性格であることは、長年一緒にいて分かっていた。
「……分かったよ。旅に出てみればいいさ。それで何ができるのか、何が変わるのかは知らないけど、それでもやりたいことがあるならやるべきだろうし」
ため息を吐きながら口にすると、カルミアは満面の笑みを浮かべた。
「えへへ。ありがとう、テイル。うん。なのでしばらくお別れになるのです。……だって、テイルは着いてきてくれないんでしょ?」
どこか寂しげな表情を浮かべて、カルミアはわたしに問いかける。もちろんこれからもカルミアの様子は確認するつもりではあったが、四六時中一緒に過ごす気はなかった。
「ああ、そうだな。けど、たまには会いに行くから安心しろ」
「! うん、うん! それじゃあ行ってくるね、テイル」
明るい笑顔をうかべて、そうしてカルミアは教会から旅立って行った。
カノジョが十五才の頃だった。
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