Light

月代杏

0/観測

 瞼を閉じれば、それだけで外の様子を観測することができた。

 街を歩くヒトビトは今日もどこか暗い。変わらない毎日を過ごしているせいだろうか。それは平和の印であり、また、未来が行き詰まっている証拠でもある。

 風景は災害が起きなければ何年も姿を変えることなく、ああそれは、他の奴らからすればつまらないと言われてしまいそうだ。

 バチリと、かすかに身体に痺れが走る。

 反応を探って視界を切り替えると、この世界にいないはずの女がそこにはいた。

 若葉色の髪の毛を靡かせながら、女は軽い足取りで街中を歩く。


「なるほどなるほど。うん、これは面白くない」


 周囲を見渡しながら、女はどこか演技をしているような口調で呟いた。予想通りの感想に、おもわず笑ってしまう。

 けれどもそのつまらない世界は、わたしにとって大事だったものなのだ。だから、まあ、少しは苛立つ。挨拶もなしに侵入しておいて、開口一番それか、と。


「どうせ視てるんだろう。それなら、さっさと救世主のありかでも教えておくれよ」


 呑気に言いながら、女は空を見上げて——翡翠の瞳がわたしを見つめる。いや、実際には女はただ空を見上げているだけだ。にも関わらず、その瞳はしっかりと女を観測するわたしの視線を受け止めている。

 本当に気に食わない。

 ま、いいけどね。そう呟いて、女はキョロキョロとあたりを見渡す。


「いいさ。自分で探すとも」


 だから、と女は立ち止まる。


「だから、そこで大人しく待っているといい。大人しく見ていればいいさ。だって、キミには何も変えられないのだから」



 星の内側に、その場所はあった。

 見渡す限りの砂、砂、砂。広がるのはどこまでも続く砂漠と分厚い雲に覆われた暗い空。

 からりとした、けれどもどこか息苦しいその空間が、烏兎うとの領域であった。

 何もない風景の中に、ぽつりと空へ伸びる白い塔が建てられている。内部には上へと続く螺旋階段があり、それを上っていくとやがて一つの小部屋にたどり着く。

 蔦に覆われた扉の向こうに、烏兎はいた。

 塔にいる間は何をするでもなく、何を言うこともなく。日々、ぼんやりと映像を見て暮らしていた。

 星の表面に広がる外の世界を見て回る同僚。その目を通した映像が、小部屋の壁には四六時中映し出されていたのだ。

 烏兎の役割ははかいであった。

 ある時は不要になった世界を滅ぼし、またある時は星に害を与える存在を殺した。烏兎にとって世界とは、いずれ消え去るものであった。

 仕事に出れば破壊を命じられ、仕事のない時には自身の領域にある塔に幽閉され。外の世界の様子が壁に映し出されるようになったのは、同僚がそんな烏兎を憐れんだからか。本心は分からないが、つまりは、余計なお節介であった。

 外に出ては塔に閉じ込められ、そうしていずれ消すことになるであろう光景を見せられる。何年、何十年、何百年とそれは続いた。

 その間、実際に外の世界で長い時間を過ごす、破壊する目的以外で外に出る機会は一度もなかった。

 そんな日々は、突然終わる。

 正確には、今度も結局はその世界を消去するためではあるのだけれど、それでも烏兎に初めて実際に外の世界に……正確には違うのだが……触れる機会がやってきた。

 コツリコツリと、二つの足音が螺旋階段を上ってくる。烏兎は足音が近づいてくることに気がつくと、今度は何を消去するのだろうか、と次の仕事に向けて頭を働かせ始める。世界か人か、それとも化け物か。何にせよ、自分は与えられた役目を果たすだけだ。だって自分は、ただの破壊装置なのだから。

 そうして、小部屋の前で足音が止まる。

 しばらく待っていると、やけに華やかな声と共に扉が開け放たれた。


「やあやあ、烏兎。仕事の時間だよ」


 ゆっくりと顔を出入り口に向ける。

 そこには、見慣れた胡散臭い女と、初めて見る、空色の瞳を持った少女の姿があった。 

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