付与術師は聖剣を作りたい……。

@Alphared

第1話 出会いはいつでもテンプレで……

ドォォォォォーーーーン!

 大きな爆音と共に地面が揺れる。


「ミリア今の内だ、逃げるぞ!」

 男が座り込んでいる女の手を取り、引き起こす。


 まだ少女と言っても過言ではない、あどけなさの残る顔立ち、肌は透き通るように白く、何と言っても目を引くのが、銀色に煌めく長い髪と、そこから見え隠れする少し長目の尖った耳だろう。

 この特徴的な耳を持つ種族は一つだけ……そう、少女はエルフ族だった。  


「アル、一体何したのよっ!耳がキーンってするんですけどぉ。」

 ミリアと呼ばれたエルフの少女が、男の手を借りながら起き上がりつつ、文句を言う。

「うるさい、後だ、後。それとも、ここにとどまって、あのオークどもに、あんなことやこんなことされたいのか?」

 それなら遠慮なく置いていくぞ、とアルフレッドが言う。

「そんなわけないでしょうが!」

「だったら急げよ……っとその前に。」

 アルフレッドは懐から幾つかの小石を出して辺りにばら撒く。

「これで良し……、行くぞ!」

 アルフレッドが駆け出す。

「待ってよっ!」

 ミリアが慌てて追いかける。


 背後からはオークたちが迫ってくる足音がする。

「チッ!もうきやがったか。」

 アルフレッドはその場に身を隠し背後の様子を窺う。

 そして、先程ばら撒いた小石の辺りにオークが来るタイミングを計る。


「今だ!……『ピットフォール!』」

 アルフレッドが、あらかじめ設定していたキーワードを唱えると、先程ばら撒いた小石が光り、その場の地面が陥没する。

 突然足元がなくなったオークたちは、成す術もなく穴の中へと落ちていく。

 また、後方から来ていたオークたちも、急に止まる事は出来ずに、次々と穴の中へ落ちていく。


「よし、これで時間が稼げる。」

 魔法がしっかりと発動した事を見届け、アルフレッドとミリアは、一目散にその場から逃げ出したのだった。

 

「……で、さっきの大きな音は何なのよ?」

 オークの群が、はるか遠くに見えなくなったところまで移動したアルフレッドとミリアは、一息つこうと、川縁に座り込む。

 そしてようやく息が整ったところでミリアが発した言葉がそれだった。


「何って……エクスプロージョン?」

「はぁ?」

 聞き間違いだろうか?

 ミリアはもう一度聞き直す。

「エクスプロージョン?」

「そう、エクスプロージョン。」

 アルフレッドは、コイツ今更何を言ってるんだ?と言うような顔でそう告げる。


 ミリアはこいつマジか?と、アルフレッドの顔をまじまじと見つめ、そして大きく息を吸い込むと、思いっきり怒鳴りつける。

「アンタバカなの?バカでしょ!オーク如きにエクスプロージョンなんて使ったら、粉々に吹っ飛んで討伐部位も肉も取れないじゃないのっ!

 それに、エクスプロージョンは大きい宝石じゃないとエンチャントできないって言ってたよね?一体どれだけの宝石を使ったのよっ!」

 一気にまくし立てたミリアがゼイゼイと息を切らす。


「……水飲むか?」

 息を切らしているミリアに、アルフレッドは水の入った革袋を差し出す。

「飲むわよっ!」

 ミリアはひったくる様にして革袋を取ると、ゴクゴクと一気に飲み干す。

 しかし、飲み干したはずの革袋の中には、じわじわと水が溜まり出している……『枯れない水袋』と言うマジックアイテムだ。


 これも、目の前にいるとぼけた男……アルフレッドの自作アイテムだ。

 なんでも革袋の内側にコーティングした素材に『クリエイトウォーター』の魔法を付与(エンチャント)してあるらしい。

 本人は「只のどこにでもいる付与術師(エンチャンター)だよ」と言っているが、ただのどこにでも居る付与術師エンチャンターにコレほどの魔導具が作れるはずがない。


この水が無限に湧き出すアイテムは、旅をするものであれば、誰もが欲しがる垂涎のアイテムであり、これだけの魔力が込められていれば、国宝級と言っても差し支えのないものだ。


そんなのを片手間に作ってしまう人が、只者であるはずもないのだが、それなりに長い付き合いになっているミリアには、「訳アリ」の付与術師という事に気付いている。

 まぁ、本人が話してくれるまでは気づかない振りをしておこうと思っているミリアは、中々気遣いの出来る女だ、と自分では思っていた。



「仕方が無かったんだよ……あいつらキモいし……。」

 怖気がする、とぶるぶる身体を震わせるアルフレッド。

 先程襲われかけた事を思い出しているのだろう。


 アルフレッドとミリアは一応冒険者だ。

 一応と言うのは、アルフレッドにはある目的があり、その目的を果たすために情報や素材、お金を稼ぐために冒険者をやっているだけで、本業は付与術師だと言い張るからだ。

 しかし、それらの事情も含めて、やっていることは冒険者そのものだと言うことに気づいていない……或いは気付かないフリをしているだけなのかも知れないが。


 そして、今回二人は「オーク討伐」の依頼を受けて、この森まで来たのだが、一頭を倒したところで、奥からわらわらと湧いて出てきたのを見て、撤退する事にした。


 2~3頭しか生息していないって言う情報だったじゃないか!と文句を言っても、現実には50頭以上の群。

 しかもすべての個体が筋骨隆々、ムキムキの筋肉を見せつける様にして迫ってくるのだ……アルフレッドに対して。

 


「オークと言えば、女騎士を襲うのが定番だろ!」と、アルフレッドは誰にとも無く叫んでみるが、ミリアに目もくれずアルフレッド目掛けて襲い掛かってくるのだから、現実を直視しなければならない。


「おい、ミリア、その無い胸を曝け出して、オークたちの気を引いてくれよっ!」 

 オーク達から逃げ出しながら、ミリアにそう声をかけるアルフレッド。

「無くないよっ!エルフにしてはある方だって皆に羨ましがられてるんだからねっ!」

 そう言って、同じように逃げつつも、胸を張るミリア。

 確かに、エルフにしては肉感的ではあるが、それでもヒューマン種の同年代に比べれば、ミリアの胸はつつましやかと言わざるを得ない。

「はぁ……。」

「なんですかっ、その溜息は!喧嘩売ってるんですね、いいですよ、買いますよっ!」

 急に立ち止まって、アルフレッドに掴みかかってくるミリアだが……。

「オークにつかまるぞ?」

 アルフレッドは一言いい残して、ミリアの横を駆け抜けていく。

「えっ、あっ、ちょっと待ってよぉ!」

 追いかけてくるオークの群を目の当たりにして、慌てて走り出すミリア。



「くそっ、これでも喰らえっ!」

 オークたちの群れが迫りくる中、アルフレッドは逃げながらも懐から何かを取り出して、群に向けて投げつける。

「ちょ、ちょっと、急に止まらないでよっ!」

 アルフレッドが投げるために立ち止まったため、バランスを崩して倒れ込むミリア。

 その直後に大音響と地響きが轟き、冒頭のシーンへとつながるわけなのだが……。



「あの時使った宝石はAランク相当のエメラルドだな……また補充しないと。」

 アルフレッドの呟きにミリアの耳がピクッと動く。


「……今、Aランクって言いましたか?」

 ミリアの声が冷たく響く。

 そのこめかみがピクピクと動き青筋が立っているのが遠目にもはっきりとわかる。


「……Aランクの宝石が一体いくらすると思ってるんですかっ!大体さっきも言いましたけど、討伐部位も取れないんじゃ、依頼失敗ですよ、どうするんですか!」

 赤字です!今夜のご飯が食べれないです!と、騒ぎ立てるミリア。


「仕方がないだろ、他に手持ちが無かったんだから。」

 そう言いながら落ちている石を拾うアルフレッド。

「はぁ……。」

「暇ならお前も石を拾うのを手伝うか、薬草でも摘んで来いよ。」

 ため息をつくミリアに、そう告げるアルフレッド。

 お金が無いなら、稼ぐしかないじゃないか。

 そう言うアルフレッドに対して、更に溜息をつくミリアだった。



「で、その小石をどうするんですか?」

 集めた小石をアルフレッドに渡しながらミリアが訊ねる。

「売るんだよ……『エンチャント!』」

 ミリアにそう答えると、手にした小石に魔法を付与していく。

「……売れるんですか?確か、その小石くらいだと初級の魔法しか付与できないんですよね?」

「それなりに需要はあるんだよ。火属性を付与したのを懐に入れておけば暖かいし、水属性の『クリエイトウォーター』を付与すればコップ一杯分の水は確保できるしな。」


 疑わしそうな目を向けるミリアにアルフレッドが応え、ほらっと、エンチャントしたばかりの小石を投げてよこす。

「わわっ……っと。……確かに暖かいですね。これなら売れますね……今が冬なら。」

 ミリアは空を仰ぎ見る。

 ぎらつく太陽が、今日も暖かな……というには少し暑い日差しを降り注いでいる。


「まぁ、色々できるってことだよ。」 

 アルフレッドはミリアに分からないように、小石に「エア・ブロー」のエンチャントを施していく。


 これが本命なのだ。


 エアブローは意図した方向にそよ風を起こす風の魔法だ。

 軽い布を翻させる程度のそよ風だが、これを道端に置き、その傍をご婦人が通りかかれば……。

 こういうのを欲しがる輩は街には一杯いるのだよ、とミリアに分からないようにほくそ笑む。


「はぁ……まぁ今夜の宿代ぐらいになればいいですがね。」

 どうでもいいか、と疲れたようにミリアが言う。

「それなんだが、今夜は野宿だぞ。」

「えっ、何でっ!」

 ミリアが驚いて大声を上げるがアルフレッドは取り合わない。

「文句はオーク達に言ってくれ。」


 ここから街へ戻る為には、来た道を戻る必要がある。

 しかし、今戻ると、あのオーク達の生き残りと鉢合わせになるのだ。

 避けるためには、この森を大きく迂回するか、森を抜けた先にある別の街へ向かうしかない。どちらにしても移動手段が徒歩の二人では、1日で街に着くのは不可能だった。


「ぐぬぬ……オークめぇ。アルっ、エクスプロージョンを付与した宝石もうないのっ?今から殲滅に行くわよっ!」

「無理言うなって。さっき使ったのが最後だよ。」


アルフレッドがそういうと、ミリアは「そんな……」と、その場に崩れ落ちる。


「うぅ……野宿ですかぁ……。」

「別に初めてってわけでもあるまいし、何をいまさら……。」

「それでも恥ずかしいのですよっ!」

 真っ赤になってモジモジしだすミリア。

 そんなミリアの様子を見てアルフレッドに悪戯心が沸き上がる。

「いつも可愛いよ、ミリア。今夜も期待してるぜ。」

 ミリアの耳元に口を寄せ、そんなことを囁く。

 途端にボッっと、火を噴くかのように真っ赤になるミリア。

「言わないでぇー!」

 そのままどこかに駆け出していく……まぁ、しばらくすれば戻ってくるだろう。


「そんなに恥ずかしがることじゃないと思うけどな。」

 アルフレッドは、苦笑しながらそう呟いた。


 ミリアは寝相が悪く、朝には、とてもじゃないが人様には見せられない姿になっている事が多々ある。

 更に寝惚ける癖があり、野宿の場合、いつの間にかアルフレッドの横で寝ていることもある。

 しかも、アルフレッドのことを抱き枕か何かと勘違いしているのか、思いっ切り抱き着いてくるので性質が悪い。


 アルフレッドも当初は困惑していたが、最近では気にしないようにしている……まぁ、慎ましやかとは言え、それなりに膨らみのある胸を押し付けられた状態で隣に寝ていられると、間違いを起こしそうになるのだけが問題ではあるが。


 アルフレッドは苦笑しながらも、ミリアが戻って来るまでの間、小石を拾ってはエンチャントをかけていくのだった。


  ◇


「アルっ、大変だよ!あっちで誰かが襲われているの。」

 ミリアが叫びながら慌てて戻ってくる。

 今回は戻ってくるのが早いなと思っていたが、その言葉を聞いてすぐ跳ね起きる。

「ミリア、助けに向かうぞ!案内を頼む。」

「こっちだよ!」

 先導するミリアの後を追いかけるアルフレッド。


 旅する者にとって、何者かに襲われるということは日常茶飯事ではあるが、だからと言ってスルーするのは人として間違っている。

 それに、誰が誰に襲われているか分からないが、助ければ謝礼がもらえる。

 最悪間に合わなければ、襲った相手を退治して、上前を撥ねる事も出来るが、余り人聞きが良くないので、出来るだけ間に合うように急ぐ。 


「あそこだよ、ほらっ!」

 ミリアが立ち止まり、前方を指し示す。

 いきなり飛び出すなんてことはしない、まずは情報を集めるのだ。

 ミリアもそれがわかっているので、この場所で停止している。


「今回は急いだほうがいいみたい……護衛が次々とやられてるよ。」

「だな。」

 相手は野盗だろうか?

 20人程を相手に、護衛の数は3人。

 本来はもっといたのだろうが、たぶんやられてしまったのだろう。

 今も護衛一人に対し、3~4人の野盗が相手をしている。

 見るからに劣勢だ。


 助けに入るにもタイミングと言うものがある。

 護衛が優勢な場合、助けに入ってもそれほど感謝されることはない。

 むしろ「助けなんか必要なかったのに、邪魔しやがって」と、邪魔者扱いされることもある。


 なので、護衛が劣勢の時に、間一髪と言う所で助けに入るのが理想だが、余りモタモタしていると、辿り着いた時には手遅れと言う場合もあるので、そのあたりの見極めが重要になる。


 そして今回は護衛がほぼ全滅状態で、何人かが、馬車の方へ向かっている状況なので余裕はないと言える。


「ミリア、頼む。」

 アルフレッドはミリアにそう言い残すと、馬車の方へ向かって走り出す。

「はい、はい、任せてよね……『光陰の矢』!」

 ミリアの放つ矢が光に包まれ、一瞬のうちに、馬車に一番近付いていた野盗の背中に突き刺さる。


「続けていっくよぉ……『アローレイン』!」

 野盗たちに無数の矢が雨のように降りかかる。

 何故かアルフレッドや護衛を避けているのが不思議な光景だが、「そういうもの」として捉えているのか誰も気にした様子はない。


「伏せろぉっ!」

 アルフレッドの声が響き渡る。

 護衛達は訓練されているのか、アルフレッドの言葉に反射的に伏せるが、野盗たちはキョロキョロと辺りを見回しているだけだった。


 『ボムっ!』


 アルフレッドが小石を投げ、キーワードを唱える。

 小石はその場で爆発し、周りにいた野盗たちを吹き飛ばすが、護衛達は伏せていたため爆風に巻き込まれずに済んでいる。


 アルフレッドが同じようにして次々と野盗を吹き飛ばし、態勢が乱れた野盗を、立ち直った護衛達が次々とトドメを刺し、ミリアが来た時にはその場に立っている野盗は一人もいなかった。


「アル、馬車の人たちは?」

「無事みたいだぞ。」

 アルフレッドはそう言って馬車の方へ向かう。


「アル危ないっ!」

 ミリアの言葉に、アルフレッドはしゃがみ込む。

 先程までアルフレッドの首があった所を剣が通り過ぎていく。


 今までどこに居たのだろうか?

疑問に思いながらも、アルフレッドはそのまま転がり、相手から距離を取って立ち上がる。


「いい勘してるねぇ、しかしアンタも運が無いよ。この俺様に出会った自分の不幸を呪いな。」

 男の剣が右へ、左へと縦横無尽に斬り付ける。

 自分で言うだけあって中々の腕前だ。


 しかし、アルフレッドはその剣捌きを見ても顔色一つ変えない。

 紙一重で躱しつつ、笑みを浮かべる余裕さえある。


「何笑ってやがる!」

 男の振るう剣のスピードが上がる。


「いや、な、勝ち誇っている奴がハメられたと知った時ってどんな顔をするのかなぁって思ってな。」

 アルフレッドはそう言いながら、今までより大きく後方へ飛び退る。


間合いを空ける為だろうか?


男の頭にはそんな考えがよぎるが、だからといってなんの問題もあるわけがなく、男は間合いを詰めるべく前に出る。


 着地した時、アルフレッドの手には一振りの剣が握られていた。

「この剣は中々の業物でな。俺がこれを手にした以上、お前に勝ち目はない。諦めて降参しなよ。」

 アルフレッドが挑発するように男に言う。


「剣を持てば勝てるってか?甘いんだよっ!」

 男は慎重に詰めていた間合いを、斬りかかるために一気に詰めるべく、さらに大きく前へ踏み出す。


 『ピットフォール』


 男が地面に足をついた途端、その足元に大きな穴が開き、その中へ飲み込まれていく。

「誰がまともに斬り合うかよ。……『ボムっ』」

 アルフレッドは男が落ちた穴に小石を投げ込み、設定してあるキーワードを唱える。


 小石を中心に小さな爆発が起こり、穴の周りの土壁を崩していく。

 やがて崩壊が収まると、そこには首だけ出した男の姿があった。


 穴が崩れたため埋まってしまったのだ。たまたま首だけ出ていたのが幸いし、生き埋めにはならずに済んだようだが、この体勢では自力で穴から出る事は出来そうにもない。


「くそっ、テメェ、汚ねぇぞ!ここから出しやがれっ。」

 男は息も絶え絶えとなりながらも、アルフレッドに悪態をつく。

「おー、まだそんな元気があるのか?すげえな。でも状況が分かっていないというのはいただけない。」


 アルフレッドは男の顔を踏みつける。

 ムギュっと何かが潰れるような音がしたが気にしない。

「まぁ、運があれば誰かが見つけて掘り出してくれるだろうさ。」

 アルフレッドはそう言いながら、懐から小瓶を取り出し、その蓋を開けると、中の液体を男に振りかける。


「グッ、この……。」

 散々文句を言っていた男だが、液体がかかると段々口数が少なくなり……そして気を失うように眠ってしまった。


「殺したのか?」

 護衛の生き残りがやってきて、アルフレッドに訊ねる。

「いや、睡眠のポーションを振りかけただけだよ。一応朝まで目が覚めないだろうけどな。」

「そうか……。」

 護衛の男はそれだけ言うと馬車に駆け寄り、中の人物に声をかけている。


 さぁ、ここからの交渉が本番だ、とアルフレッドは思う。

「結構身分が高そうですよ。……出来るだけ吹っかけてくださいね。」

 いつの間にか傍に来ていたミリアがそう囁く。

 言われるまでもない、とアルフレッドはミリアに頷く。

 やがて馬車から人影が下りてくるのが見える。


「助けていただいてありがとうございます。」

 馬車から降りてきたのは十二、三歳に見える女の子だった。



「助けていただいてありがとうございます。」

 馬車から降りて姿を現した少女が、頭を下げて礼を述べる。

 クリッとした瞳に、小ぶりの唇、その薄っすらとした赤味は彼女の白い肌と相まって絶妙なコントラストを醸し出している。


 腰まで伸びた金色の髪は緩くウェーブがかかっていて、全体の印象を柔らかく見せている。それがまた彼女を可愛らしく見せるのに一役買っていた。

 小柄な背丈は、同年代の子供たちに比べてもやや低めだろう、しかしその胸元は発育が良く、ミリアと同じぐらいには膨らんでいて、そのアンバランスさが何とも言えない危うさを演出している。


 ふと隣を見ると、ミリアも同じことを考えていたのか、自分の胸を見下ろして小さくため息を吐いていた。


 成長すれば、だれもが振り向く美女となる事だろう。

 それも、近寄りがたい美人、ではなく、愛嬌のある親しみやすい美少女と言う感じだ。


 そして、何より一際目を引くのが、彼女の瞳の色だ。

 右目は少し濃い目の紅色……クリムゾンレッドとでも言えばいいのだろうか?

 そして左目は、やや緑がかった水色……アクアグリーンと言うのが最も近い。

 いわゆる金銀妖眼ヘテロクロミアとか、オッドアイと呼ばれるものだ。

 そして、金銀妖眼を持つ人間の殆どは「魔眼持ち」と言われている。

 

「本来ならば御礼をすべき所なのですが、生憎と満足のいくものを持ち合わせておりません。ですので、誠に申し訳ないのですが、ミルトの街まで御一緒に来ていただけませんでしょうか?」

「馬車に乗せて行ってくれるの?だったらOKですよ!」

 少女の言葉にミリアが飛びつく。


「ちょっと待てっ。」

 アルフレッドがミリアの手を引っ張って端へと連れて行く。


「勝手に引き受けるなよ。いいか、あれは体よく俺達を護衛代わりにしようって腹だぞ。」

 可愛い顔をして中々強かな少女だと、アルフレッドは感じていた。


「でもこのままだと『タダ働き』になりますよ?」

「ウッ……。」

 ミリアの言葉に、アルフレッドは詰まる。


 彼には嫌いなものが数多くあるが、その中でも『タダ働き』はかなり上位に入る部類のものであった。


「タダ働き……俺が、タダ働き……。」

「だから、ねっ、あのお嬢さんについて行って御礼を貰いましょう。」

「しかし……いやな予感が……。」

「……アルの嫌な予感とタダ働きとどっちを選ぶんですか?」

「……わかったよ。ただ護衛代は別にもらうからな。」

 アルフレッドは渋々と頷く。


「じゃぁ、あのお嬢さんに言って来ますね。……やった、これで今夜は野宿しないで済むぞぉ。」

「それが本音かよっ!」


アルフレッドの叫びは、当然の如く無視されるのだった。


  ◇

 

 ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン……と馬車が揺れる。


「そう、アルフレッドさんとミリアルドさんとおっしゃるのですね。あなた方のお陰で命拾いしましたわ。改めてお礼を言わせてください。ありがとうございました。」

 少女はアリスと名乗り、何故襲われていたのか事情を話してくれる。


 アリスはミルトの街に住む貴族の娘との事だが、アリスの家……ロイド家は王家に連なる家系で、それなりの権力を持っている。

 そのため敵は多く、今回の事もその政敵が放った刺客ではないかと思っているそうだ。


 というか、現在のロイド家の当主は現国王の弟であり、公爵の位を持っている。

 つまりアリスは公姫リトル・プリンセスということになり、そんな姫様がわずかな護衛のみを伴って、治安があまりよくない街道をうろうろしていたら、公爵を失脚させようと企む者たちにとっては格好の餌になる。


 聞くところによると今までも、このように襲われたことは何度かあったそうだが、その都度優秀な護衛達が撃退していたのだという。


 というか、何度もこんな風に無防備にうろついているのか、このお姫様は。とアルフレッドは呆れ半分に話を聞いていた。


 今回も、本来であればあの程度の盗賊など物の数ではなかったそうなのだが、新たに雇った護衛の中に敵の刺客が紛れ込んでいたらしく、不覚を取ったと言う。

 

「そうだ、よろしければこの後も、私の護衛として雇われませんか?」

 グッドアイディア!と言わんばかりに目を輝かせて言うアリスだったが、アルフレッドの反応は冷たかった。


「ことわる。」


「即答ですかぁ?せめてもう少し考えてみませんかぁ?」

「そうですよ、アル。折角のお誘いなんだし。」

「お姉さまは話が分かりますねぇ。」

 ミリアに抱き着きひたすら甘えるアリス。

 ミリアも満更でもない顔でアリスを抱きかかえている……簡単に篭絡されてどうするんだよ。


「俺は隠し事をしたまま依頼を持ちかけてくる奴を信用しないことにしてるんだよ。」

「あら?いい女には秘密がつきものだと、お母様が言ってましたわ。そして、それらを丸ごと受け止める事が出来るのが殿方の甲斐性だとも。」

「言ってろ。」

 ニコニコしながら言うアリスに対し、憮然とした表情で返すアルフレッド。


「まぁ、今はいいですわ。でも諦めたわけではないですからね。」

「えぇー、依頼受けないんですか?アリスちゃんならきっと沢山お金くれますよ?」

「だったら、お前だけで引き受けたらどうだ?」

「ウッ……私を捨てるの?」

 涙目で見あげてくるミリア。


 拳を胸元に、少し上目遣いで、瞳をウルウルさせている辺り、一生懸命練習した事を思わせるが、まだまだ甘いな。


「64点。」

「ちぇー、採点辛いなぁ。」

 あっさりと演技をやめ、膨れっ面で横を向くミリア。


「クスクス……本当に楽しいお二人ですね。」

 アルフレッドとミリアのやり取りを笑いながら見ているアリス。

 姫様の笑い声を響かせながら、馬車はゆっくりとミルトの街へ向けて走るのだった。


  ◇


「では、こちらが謝礼と、ここまでの護衛代になりますわ。」

 アリスが革袋をアルフレッドとミリアの前にそれぞれ差し出してくる。


 馬車はミルトの街に着くと、そのまま街の中央から更に奥にあるロイド邸まで直行した。

 街の入口の門も、執事らしき男が何かを見せるだけで素通り出来た辺り、何者かがロイド家の名前を騙っているという事もなさそうだ。


 大きな屋敷に着くと、俺達は客間へと通され、アリスは館の奥へ引っ込んでいった。

 しばらく待つと、お嬢様に相応しいドレスに着替えたアリスが姿を現し、俺達の前に謝礼を差し出したのだった。


「わぁ、こんなにっ!ねぇ、アル、凄いよっ!」

 早速、と革袋の中身を改めていたミリアが、嬉声を上げる。

 革袋の中には、それぞれ銀貨が100枚づつ入っていた。  


 今の時代、月に銀貨10~12枚程あれば、平民の家族4人が贅沢をせず、慎ましやかに暮らしていける。

 俺とミリアの二人で銀貨200枚なら、この町で2年近くは暮らしていけそうな金額ではあるのだが……。


「アル、どうしたの?」

 難しい顔をして考え込んでいるアルフレッドに、声をかけるミリア。

「いや、護衛代にしては過分すぎるほどだが『ロイド家の姫様』の命の代金にしては安すぎるんじゃないかなと思っただけだよ。」

 アルフレッドはそう言いながら革袋をしまい込む。

 実際、銀貨100枚では、今日使ったアイテムや触媒の補充をすればあっという間になくなってしまう。

 1時間程度の護衛代としてみれば過剰すぎる金額ではあるが、命を助けた御礼、しかも現国王の姪の命を救った謝礼として考えたなら、少ないのではないか?と思うアルフレッドだった。


「アル様はご不満のようですわね?」

 そんなアルフレッドの心を見透かすかのようにアリスが微笑みながら声をかけてくる。


「いや、そんな事はないぞ?ただ、天下のロイド家の姫はご自分の価値が分かっておられないのではないか?と心配しているだけです。」

 しかし、アルフレッドは、そんな感じで飄々とアリスに応える。


「あら、アル様、それは過大評価というものですわ。私の価値など、銀貨50枚にも満たないものですわよ?」

 言外に、その報酬は多すぎると言ってのけるアリスに、アルフレッドもまた笑顔で応酬する。

「ご謙遜ばかりおっしゃる。過度の謙遜は美徳を通り越して醜悪になりますよ?聡明なる姫様であれば、価値観も磨かれていると愚考しますが?」

「アル様程のお方にそこまで言って頂けるのは、大変嬉しく存じ上げますわ。でも、買い被り過ぎですわ。私なんて所詮、世間知らずの小娘なんですのよ?」


 アルフレッドとアリスは、笑顔で会話を続けていたが、傍で見ているミリアが割込む余裕が無いほど、緊迫した空気が漂っていた。



「ゴホン、それより、お近づきのしるしに、今夜お食事をご一緒していただけませんか?」

 しばしの笑顔の応酬の後、話題を変える様にアリスが言う。


「はいはーい。ご一緒しますよぉ。アルもそれでいいよねっ!」

有無を言わせず、アリスに答えるミリア。


 アリスが告げた店の名前は、この辺りに詳しくないアルフレッド達でも、一度は耳にしたことのある高級レストランだったので、アルフレッドが答えるより早くミリアが受けてしまったのだった。


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